急転窮地



「なっ、ななな何してるんですの貴方様は~~~!!!???!?」

「うおーっ、鼓膜が死ぬ!」


 柄にもなく宣戦布告とかしてみたら、控え室に戻った瞬間、レア先輩に締め上げられてしまった。


 拡声魔法を使ってないのに、使っていた時の俺よりデカい声で叫びながら、ガクンガクンと頭を揺さぶられてちょっと吐きそうである。


 至極妥当な行動ではあるので、気軽にやめて欲しいとも言えないのがしんどかった。


「何って言いますと、宣戦布告……?」

「そういうことでは無くてですわね……!?」


 ちょっとだけ言葉に詰まるレア先輩に、若干の申し訳なさは感じてしまうのだが、これはもう、俺の足が緊張でガタガタ言っていることからも、仕方のないことであったということを分かって欲しい。


 というのも、あまりにも"ボケが、嘗めてるのか"みたいなパーティになってしまったせいか、最早見向きすらされなくなってしまっていたからである。

 端的に言って、これでは士気もクソもあったものではない──ただでさえ、月ヶ瀬先輩や葛籠織は、気分によってステータスが乱高下するタイプの生徒なのだ。


 ここまで無関心を徹底されてしまうと、月ヶ瀬先輩は普通に責任を感じて落ち込むし、葛籠織はやる気をマイナスにまでぶち込む未来がありありと見えてしまったのだった。


 あと、普通に立華くんがガチで後悔した顔をし始めていた。これはヤバイ。

 実際、ゲーム上でこれはまま発生することでもあり、宣戦布告も提示される選択肢である。だからこそ、せめて好きか嫌いかの土俵に持ち込むべきだな、と判断したという訳だった。


 葛籠織や立華くんはともかく、月ヶ瀬先輩は今回、優勝する上で最も重要な生徒である。

 常に最高のパフォーマンスを発揮してくれなければ、勝てるものも勝てないというものであった。


 レア先輩もそうであるが、四年生組は劣勢であればあるほど、限界以上の力を発揮してくれる主人公タイプの人間が集まっているからな……。

 本当であれば、嘗め切られた状態で挑むのが理想的ではあったのだが……それで不調に陥られでもしたら、本末転倒である。


 実際、この学園の校風として(というか、世界観的として、と言うべきだろうが)強さは何よりも重視される項目だ。勝ちさえすればリカバリは効く。

 それに、ただでさえ、今回は珍しくネームドである『最強』と『最優』が出揃ったのだ。


 彼女らはどちらも、ヒロインでも無ければメインキャラでもないが、当然ネームドというだけあって、滅茶苦茶強いサブキャラだ。

 あるいは、レアキャラと言っても良いのかもしれないのだが──とにかく、各寮対抗戦で彼女らが出るのはかなり低い確率である。


 勝っても負けても経験値が美味しいし、関係を結んでおけば、場合によっては色々助けてくれる人気キャラ、という訳だ。

 無論、今回は負けるわけにはいかないのだけれども……。


 ここまで来た以上、勝つ以外に明るい未来は無いのであった。言い出しっぺが自分なだけに、胃がキリキリしてきたな……。


「あはは……まあ、勝てばよかろうって思考なのは分かるし、実際その通りなのもそうなんだけどね……」

「やり方が、いささか強引過ぎると言っているのですわ」

「むっ……」


 反論の余地が限りなくゼロだった。いやもう、本当にその通りですとしか言いようがない。

 何だか衝動的に動いてしまったのだが、それがゲームのように上手くいくとは限らない訳だしな……。


 いい加減、この辺の意識を切り離したい……と思いつつも、何だかんだ手放せない俺であった。

 いっそ、何も知らない本当の異世界に転生とかだったら、こんなに考えなくても済むのに、とか思う。


 まあ、それはそれで野垂れ死にとかしそうなものであるのだが。


「ああ、いえ、そう落ち込まないでくださいまし。何も、全否定する気はございませんのよ?」

「?」

「ん~とね~、レア先輩は~、ちょっと言葉が悪かったって言ってるんだよ~」


 ドーン☆と背中にのしかかってきた葛籠織が、楽し気に言う。

 こいつ、俺を童貞いじりしてきてからやたらと距離が近いの、マジで揶揄ってきてるって感じがしてクソ腹立つな……。


 才能が覚醒しまくる前に一回、分からせてやった方が良いかもしれないと強く思った。

 ただ、それはそれとして、言葉が悪いって何だろう、とは思う。

 うろ覚えだった台詞を、適当にそれっぽくアレンジしただけなんだけど……。


「……はぁ、あの宣戦布告では、赤の不死鳥寮チームぼくらにではなく、君個人にヘイトが向いてしまうだろう、ということを言っているんだ。そのくらいも分からないのか?」

「え? あっ、あー……なるほど! 確かに!」

「確かに! じゃない! というか、そこは意識したところじゃなかったのか!?」


 脊髄反射でもあんなことするな! 馬鹿か君は! と叫ぶ立華くんであった。

 他三人にもジトッ……とした目で見られてしまったので、シンプルに猛省してしまう。


 よくよく思い返してみなくても、大分図に乗った発言になっちゃったな、という自覚はあるからだ。

 まあ、ここまで怒られるとも思ってはいなかったんだけど……。


「た、大変申し訳ないと思っており、ですね……」

「ふふ、心にもないことは言っちゃダメだよ? 甘楽くん」

「手厳しすぎない? ちょっとくらいは思ってますよ」

「ちょっとだけなんだ! それはそれでドン引きだよ……」


 ドン引きされてしまった。

 葛籠織が爆笑して無ければ、更に空気は最悪になっていたことだろう。 

 諦めたように、レア先輩が息を吐く。


「まあ……ですが、ありがとうございます。良い喝にはなりましたわ。改めて、身が引き締まる思いにはなりましたもの──ですから、見ていてくださいましね。わたくしの勇姿を」


 レア先輩がそう言いながら、入場口へと向かう──時間だ。

 各寮対抗戦は三日に分けられていて、一日ごとに戦うフィールドだったり、形式が異なっている。


 そして初日の種目は、全く工夫の為されていないシンプルな会場での、いわゆる勝ち抜き戦だ。

 各寮チームから一人ずつ選出し、二人倒れた時点でその分は交代となり、倒れなければ延々と続投となる形の戦いである。


 ここの順番決めはかなり頭を悩ませたのであるのだが、彼女の要望もあり、一番目はレア先輩となった。

 まあ、レア先輩の為の戦いみたいなもんだしな。『最強』と『最優』も、大将で固定だし、まず初手で負けることは無いはずだ。


 この嘗められまくっている状況をレア先輩がひっくり返せれば、それこそ彼女の評価が丸ごと反転することにも繋がるだろう。


 優雅に歩いてくレア先輩に近づいて、一言かける。


「頑張ってくださいね、誰が何と言おうと、俺達は絶対にレア先輩の味方ですから」

「あ、あら、嬉しいこと言ってくださいますのね……ありがとうございます。全力を尽くさせていただきますわ」


 それでは、行って参りますわ~! 応援、よろしくお願いいたします~!! とレア先輩はド派手に入場していった。


 さて、ここからだ。

 ここからが勝負なんだ。


 ドキドキと心拍数が上がりまくっていくのを感じながら、俺はレア先輩と、相対する二人の生徒を────あ!!!??


 初手から『最強』と『最優』じゃん!??!!?!??

 

「え? ヤバ……え? どうすんだ、これ……」


 もう何か、レア先輩が奇跡でも起こして、どっちも叩きのめしてくんねぇかな、と俺は空を見上げるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る