ファンタジーにお嬢様はつきもの
お察しの通り、レア・ヴァナルガンド・リスタリアは、黒帝と同じ血筋にある、一章におけるボスである。
黒帝を輩出したせいで、没落に没落を重ねまくったリスタリア家の長女であり、学園内でもまあまあ疎まれている元お嬢様。
とはいえ、元より優秀な家柄でもあり、黒帝の肉体に選ばれただけあって、その身に秘める才能はメインヒロイン級である。
更に言うならば、先天的に《炎熱》の魔術属性を保有する魔術師でもある──まあ、要するに、めちゃくちゃ炎の扱いが上手い人、と思っておけば問題ない。
そんな彼女であるが、俺達が入学した時点ではまだ、黒帝に乗っ取られてはいない──というのもこの女、死ぬほどメンタルが強靭であり、入学時からかけられている黒帝からの干渉を、意識的か無意識的にか、跳ね除け続けているのである。
一言でまとめてしまうと、どうしてもその凄さが伝わらないのだが、これはもうマジで凄い。
何せ黒帝の得意魔術は精神汚染系であり、全盛期は千を超える人間を操ったほどなのである。
魂だけとなり、弱体化してはいるものの、本来であれば子供一人くらいチョロいもんなはずであるのに……。
故にこそ、作中最強の精神を持っているのは彼女であると、ファンの間では共通の認識を持たれていた。
まあ、結局屈してしまったからこそ、一章が成り立つのだが、そこはもう仕方が無いと言えるだろう──と、ここまで言えば分かるだろうが、レア・ヴァナルガンド・リスタリアという女性は、本当の本当にただの被害者である。
彼女個人に、一切の落ち度はない。けれど、一度黒帝に憑依されてしまえば、もう殺すしか手段は無いのであった。
彼女の魂は黒帝によって押し込められてしまっており、完全に黒帝に乗っ取られていたのだから、仕方あるまい。
開発陣の癖なのか知らないが、完全憑依されてもその直後であれば、まだ本人の意識が残っており、対話できるあたり趣味が最悪なんだよな……。
なにせ、どの選択肢を選び、どれだけ良い流れになったとしても、最終的には無残にも黒帝に乗っ取られるのである。
俺と同じ、絶死の運命にあるキャラクター、という訳だ。
最後は20ターンほど耐久すると助けに来てくれる校長が、1ターンで彼女を消し飛ばして終了である。
これまたスチルが用意されているので、後味も最悪なのだ。
両腕を消し飛ばされ、胸に大きく穴を空けた彼女は、死ぬ直前に黒帝が逃げたために意識を取り戻し、光の無い瞳で薄っすらと微笑むのである。
ごめんなさい、ありがとう──とでも言うように。
初見で進めていると、あまりの絡みの多さに「あぁ、これ最終的にヒロイン枠になるやつだな、分かる分かる」と思わされるだけに、トラウマになる人が多いシーンである。
そんな彼女が、
「日之守甘楽様……と仰いましたわね? お初にお目にかかります、わたくしはレア・ヴァナルガンド・リスタリア。以後、よろしくお願いいたしますわ~!」
あ、是非とも"レア"とお呼びくださいまし? と。
鼓膜をぶち破る気かお前みたいな声量で、元気良く高らかに言うものだから、
「うっ、うぅ……」
「ちょっ、甘楽くん!?」
「あ、あらあらあらあら!? どうなさいましたの!? わ、わたくし、何かしてしまいましたかしら~!?」
俺は思わず泣いてしまった。
レア・ヴァナルガンド・リスタリア。
ふわふわとした美しい紅の長髪に、翡翠色の瞳を持つ少女は。
俺の、前世での推しである。
「いやはや、お騒がせしてしまいました。腹とか切って詫びた方が良いですかね?」
「詫び方が物騒だ!?」
「考え方が数百年前の人間過ぎますわよ!?」
杖を取り出したところ、ガチだと思われたのか滅茶苦茶抑え込まれる俺であった。
……ダメだな。
あまりにも意味不明かつ、夢みたいな空間を一瞬で形成されてしまい、感情が迷子になってしまった。
冷静にいこう。冷静に。
俺はお茶を一口すすり、静かに深呼吸した。
「それで、今日は何の用でここに?」
「うわっ、急に冷静になった」
「これはこれで不気味ですわね……」
揃って変なものを見る目を向けて来る二人だった。
普通に腹立つなこれ……と拳を握りつつ、妙だなとも思う。
こんな序盤から、レアが関わって来るものなのか……?
無論、俺の知らないイベントが発生したばかりのことであるし、そもそも俺は立華くんではないのだから、そういうこともあるのだろうが……。
だからと言って、わざわざ
せめてこういうのは、立華くんにしろよ──とか考えていたら、レア先輩がお嬢様らしくペコリとお辞儀した。
「改めて、突然お邪魔してしまい、申し訳ありませんわ。ですが、わたくし、日之守様とは一度話したいと思っておりまして」
「はぁ……それは光栄ですけど、何で俺?」
「そうですわね、そこには海より深く山より高い理由があるのですが──」
「えっとね、レアちゃん、甘楽くんとお友達になりたいんだって」
「ちょっと、ひかり!?」
「ほら、レアちゃんも友達、わたししかいないし。ぼっち同士惹かれ合うところあっ──」
「ちょっとお黙りくださいましね!!?」
シャーッ! といった勢いで月ヶ瀬先輩に飛び掛かるレア先輩だった。
満面の笑みを浮かべている月ヶ瀬先輩に対し、レア先輩はかなりガチな顔つきである。
日頃からこういう感じなんだろうな、と微笑ましく見ていたら、レア先輩が滅茶苦茶息を切らして俺を見る。
「フーッ、フーッ……フシャーッ……」
「うおっ、息の切らし方が獣的すぎる」
「喧しいですわよ! ついでに今の一連の流れは忘れてくださいまし!」
「無理ですね」
無理だった。
何なら永久保存ものであり、何故録画しておかなかったのか、今になって悔いてるほどである。
美少女と美少女のじゃれ合いとか嫌いなやついないだろ。
コホン、と一息置いて、再びレア先輩は対面に座った。
「……」
「……?」
「…………」
「……あれ!? 仕切り直す感じじゃなかったんですか!?」
「うっさいですわね! 何か遅れて羞恥が出てきちゃったんですの! それに、こう……何か話の切り出し方が分からなかったんですわ! お察しくださいませ!」
頬を真っ赤にして叫ぶレア先輩は滅茶苦茶可愛かったが、それはそれとして、理由がかなり陰キャだった。
思わずシンパシーを感じてしまい、曖昧な笑みを浮かべてしまったほどである。
改めて「ほら、本題いきなよ」みたいな空気になると緊張しちゃうよね。分かる分かる。
「同情の目を向けるのはおやめくださいませ……はぁ、どうしてこうなったのかしら……」
「コミュ力の問題……でしょうね」
「あらあら、あんまり虐めるようであれば、わたくし、この場でギャン泣きして大暴れすることも辞さないですわよ?」
「プライドが無さすぎるだろ……」
かなりえげつない脅迫をしてくるレア先輩だった。
流石にそんなことされてしまったら、色々と収拾がつかなくなってしまうので、取り敢えず本題を促すことにした。
「えっ……と、そうですわね。ひかりの言った通り、お友達になりたいと思ったのは事実ですわ」
「ははぁ、それは俺も嬉しいですが」
ぼんやりとした返答を返せば、安心したように微笑むレア先輩だった。
ちょくちょく可愛くて困っちゃうな、なんて思えば「しかし」と、彼女は言う。
「その前に、言っておかなければならないことがありますの──いえ、いいえ。謝らなければならないこと、ですわね」
「謝る……?」
「ええ、はい……というのも、先日、
静かに、美しい所作で彼女は頭を下げる。
月ヶ瀬先輩が、難しそうな顔で俺達を見ていた。
「ごめんなさい。
震える声で、レア先輩はそう言った。
……。
…………!?
あ!? 自白すんの!? 今、この段階で!!?
つーか助けるって、なに……!?
本格的にメインシナリオがぶっ壊れている音を聞きながら、俺は心の中で絶叫した。
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