お嬢様は無理難題と共に


「ふぅ~~ん、それでかんかんは、日鞠に相談の一つもなしに、承諾しちゃったんだ~? この浮気者め~!」

「ワードチョイスが最悪過ぎるだろ」


 最悪って言うか、そもそも浮気要素が存在していなかった。

 普通に周りから「うわ、サイテー……」みたいな目を向けられてしまうので、切実にやめて欲しいところである。


 校内でないとは言え、ここ、普通に近場の喫茶店だからさ……。

 変に噂が広まりでもしたら、今後の学園生活、最悪を通り越して終わりである。


 カラカラと、手元のジュースをストローでかき回しながら、葛籠織が頬を膨らませて俺を見た。


「信じてたのに~、こんなに早く裏切るなんて思わなかったな~」

「そういうこと言うのやめない? 何か悪いことした気分になってきちゃうだろ」

「これからは、浮気かんかんって呼ぶね~」

「誤解しか生まない蔑称やめろ! 大体、こういう場を設けてる時点で、俺の誠実さが現れてるようなものだろ……」

「むっ……」


 図星を突かれたように、葛籠織が俺をジッと見る。

 こうも真っ直ぐ見つめられると、素直に可愛いという感想しか出て来なくなってしまうので、やめて欲しかった。


 かといって、ここで目を逸らすのもな……。

 本当にやましいことをした気持ちになってしまうので、出来ればあっちが先に折れて欲しいな──と祈っていたら、葛籠織は心底不満げに息を吐いた。


「一旦、最後まで話は聞いてあげる~……処分はそれから、ね~」

「処分って何? 日常会話に出てきて許されるワードじゃないだろ」

「んも~、良いから早く~~」


 ペシペシと、脛に蹴りを入れて来る葛籠織だった。

 ギリギリ痛いくらいの力で蹴って来る辺り、才能が無駄遣いされていた。

 いやちょっとマジで痛いからやめようね。


 机の下で戦争を起こしながら、つい数時間前のことを思い起こす。

 あの赤髪のご令嬢が、縋るような瞳で見てきた時のことを。







「まず、端的に言わせてもらいますわ──わたくし、身体を狙われていますの」

「すげぇ自意識の高い台詞が飛び出てきたな」

「んぁっ、ち、違います! 別にそういう、肉欲的なアレではなく……!」

「魔法的な、あるいは魔術的な意味合いで、だよ。甘楽くん」

「でしょうね。流石に分かります」


 苦笑いしながら捕捉してきた月ヶ瀬先輩に、軽く返答しながら眉を顰める。


 月ヶ瀬先輩、レア先輩の事情を知っているのか……。

 原作では知らなかったはずなんだけど…やっぱり、マジでメインシナリオが壊れてきてるっぽいな。


 だからと言って、何もかもが変わるということもないだろうが、あまり……そう、いわゆる原作知識を信用しすぎるのは良くないな、と思う。


 まあ、そんなことを言ってしまえば、ゲームの世界であるという認識をしているのが、そもそもの間違いなのかもしれないのだが。

 ここはゲームだけれど、痛いくらい現実だ。


「誰に……というのは分からないんですよね、もちろん」

「いえ、それが分かるんですわよね。黒帝……ってご存知かしら?」

「は? いや、えっ、ちょ──タイム!」


 想像を遥かに超えた返答が飛んできてしまい、思わず手を前に出してしまった。

 いや、でもこれは────はぁ!?


 何でそこがもう分かってんだよ! と絶叫したいところを力づくでねじ伏せて、口元に手をやった。

 先程、知識を信用しすぎるのは良くないと、そう思ったばかりではあるのだが……これはちょっと、話が違う。


 黒帝の精神汚染は超一級だ。余程のことが無い限り、下手人が自分であることなんて対象に知られることは無い。

 それも、才能があるとはいえ、現時点では学生レベルでしかないレア先輩が対象なのである。


 有り得ないだろ、普通に考えて……。

 俺が思っていたより全然──本当に、想定を遥かに超えているレベルで話が変わってきていると、そう考えた方が良いのかもしれない。


 慎重に、なるべきだ。慎重すぎるくらいには。


「……もし、本当にそうなんだとしたら、俺達でどうこうできるレベルじゃなくないですか? それこそ、校長にでも伝えた方が確実だと思いますが」

「うん、そうだね。本当にその通りだと、わたしも思う──でも、そうできない理由くらい、甘楽くんなら分かってるんじゃない?」


 試すような目を向けて来る月ヶ瀬先輩に、思わず表情を歪ませてしまう──というのも、アルティス魔法魔術学園は、世界で一番安全な場所と言っても差し支えが無いからである。


 何せあの、悪名高い黒帝を打ち倒した校長がいる上に、その校長が直々に、守護魔法を学園とその周辺にかけているのだ。


 物理的にも、精神的にも、一切の邪悪なるもの遮断する、究極の庇護下にあるという訳だ──まあ、当然ながらその内側に、うじゃうじゃと敵が入り込んできているので、あまり意味を為していない設定なのだけれども……。


 魔王はまだしも、黒帝とか滅茶苦茶身近なところにいるわけだしな。

 とはいえ、それが全く機能していないという訳ではなく、むしろ長い年月をかけて、じっくりゆっくり少しずつ、守護魔法内に侵入してきたやつらのせいで、俺達の学園生活は滅茶苦茶にされるという話ではある。


 ゲーム的に見ると、落ち度が無い訳ではないが、言及するほどでもないのが、このアルティス魔法魔術学園の校長先生なのだ。

 だから、まあ、何だ。要するに、「ここは絶対に安全な場所である」というのが、全員の共通認識なのである。


 あと普通に考えて、まさか学園の地下に黒帝が潜んでいるとか、分かるはずがない──魂になっているとかサラッと言っているが、そんなもん前代未聞の特異的な技術に決まっているのだ。

 校長どころか、仲の良い教員 (そんなものがいればだが)に伝えたとしても、笑い飛ばされて終了だろう。


 そして、何よりも問題なのが──


「……っ」


 ──を訴えているのが、レア・ヴァナルガンド・リスタリアである、ということだ。

 黒帝という、魔法使いの汚点そのものではないものの、しかし密接な関係にある人間。


 更に言うならば、黒帝を生み出してしまった代償を、今なお払い続けている家の娘──故に当然、彼女の発言に信頼性はあまり無い。


 いや、いいや。

 リスタリアという、かつての名家に信頼がもう、存在しない。


 校長への信頼と、黒帝を生み出した家の女への信頼……といった風に比べてみれば、誰だって前者を取るという話だ。

 レアと黒帝は全く別の人間なんだけどな。


 そういう風に、軽く割り切れるほど『百鬼夜行』は、生温い事件ではなかった──当時を知っている魔法使いは、大体トラウマになっていると言えば、その凄惨さが少しは伝わるだろうか。


 黒帝と戦う時、教員全員にデバフがかかったくらいには、ガチのトラウマになっているのである。


 だから、レア・ヴァナルガンド・リスタリアは、誰にも頼ることができない。

 だから、レア・ヴァナルガンド・リスタリアは、四年という年月の果てに精神が弱りきり、そこを付けこまれた。


 いや、まあ、何か今、月ヶ瀬先輩に絶賛頼ってんだけど……。

 しかも相手が黒帝だってこと、分かってんだけど……。


 前者は「まあそういうこともあるか」と納得できなくはないのだが、後者が本当に意味不明だった。

 マジで何?


「あぁ、そこはですわね、日之守様のお陰なんですわよ?」

「なんて?」

「だから、日之守様と空城様の戦いのお陰で、わたくしは相手が黒帝であるということが、分かったと言っているのです」

「は???」


 ビックリするくらい意味が分からなかった。

 何がどうなったらそこが繋がるんだよ。

 風が吹いたら桶屋が儲かるみたいな話?


「んー、そこはちょっと、説明が難しいんだけど……」

「……まあ、端的に言わせていただきますと、わたくし、今年に入ってから数回乗っ取られているんですわ」

「はぁ」


 でしょうね、と思う。

 そうでないと、竜型魔獣を召喚するなんてできっこない。


「無論、数秒程度ではございますが──日之守様は、憑依の際に極稀に発生する、同調現象というものをご存知でしょうか?」

「同調……?」


 何か設定集で見た覚えがあるな、と真っ先に思った。

 それからじわじわと、甘楽おれの記憶と擦り合わされるように、一文が引き出されていく。


 同調現象──即ちそれは、憑依先と憑依元が、全く同じかつ、強い感情を共有して場合にのみ起こる、


 魂が、あるいは存在そのものが重なり、互いを共有し合ってしまうんだとか。

 滅多に無いし、特に本筋には関わって来ない、プチ設定みたいなものであったはずだが……。


「えっ、いや……えぇ? 嘘でしょう?」

「これがまた、屈辱的なのですが、本当でございまして……いや、でもですわね、これこそが日之守様のせいなんですわよ?」

「と、言いますと……?」

「甘楽くんの決闘、わたしとレアちゃんの二人で見てたんだ。それで、その時にちょうど、レアちゃんに黒帝からの干渉があったの。つまり──」

「──つまり、


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