第4話

 すでに誰もいない学校。その体育館の奥にある用具倉庫は、普段から昼なお薄暗い。夜となった今は一層暗いが、目を凝らせば闇のその中で、人影が動くのが辛うじて見えた。


「ミクさんとのが切れて、落ち着かないんですか?」


 不意に投げられた声に、入り口から差し込む細い灯りに照らされて、人影がゆっくりと振り返る。

 灯りが暴いた影は人の形をしていなかった。ミクと同じ制服を着た少女のスカートから覗く下半身は、蛇そのもの。その顔にはびっしりと鱗が並んでいた。


『あんたが、私の子を?』

「はい、ミクさんの所の子も、ここの子も食べちゃいました」

 私は得意げに、人差し指と親指の間に捕らえた小蛇を見せる。入り口を見張っていた食べ残しだ。

「食べ応えがなくて残念です。ちゃんと呪い、込めました?」

『ふざけないで!』

 私の物言いに煽られて、蛇少女が蛇身を振るう。私を打ち据えようとした所をひらりかわして、あざける様に言う。

「はいはい、こっちですよ〜」

 蛇少女は二度、三度と蛇身を振るが、その尾は私を捕らえきれずに空を切る。

『じっとしてなさいよ!』

 再び飛びかかろうとして、蛇少女の動きが止まった。いつの間にか、その尾にはバレーのネットが絡みついていた。


「ほらー、周りをちゃんと見て動かないから」

『なによ! こんなのすぐに切れる……』

 尾を振り回し、網を切ろうと蛇少女が足掻く。ぶちぶちと音を立てて網が切れていくが、時間稼ぎは一瞬で良かった。

 私は声を上げる。

「今です、ミクさん!」

「うん!」

 ミクが飛び出してくる。網に絡め取られて動けない蛇少女のその顔に、ペットボトルから中身の液体をぶち撒ける。

 中身は私の血を混ぜた水。

 金属を擦り付けるような甲高い悲鳴が上がった。


「あ、やっぱり効きましたね」

 蛇少女は顔を押さえて呻き声を上げた。

『痛い、痛いじゃない、なにするのよ! もう、呪いは解いてあげない!』

 恫喝どうかつする蛇少女の顔が、少しずつ崩れている。

 その言葉に私は、ふふん、と鼻で笑って告げた。

「どうせ解く気なんかないでしょうに」

 蛇少女が痛みだけでない不快さに呻く。

「さて。まずはアナタの正体、見せてもらいましょうか」

 私は手にしていたスマートフォンのライトを点けて、濡れた顔を照らした。そこには蛇と少女が混ざり合った顔ではなく、普通の少女の顔があった。

「この顔、見覚えがありませんか?」

 ミクは恐々こわごわと覗き込み息を飲んだ。

「ユカ?」

 ミクが驚きで目を丸くし、今度はまじまじと顔を見て、え、と小さな声を落とした。

「同じクラスの……割と仲良いと思ってた子」

 裏サイトにミクの悪評を書き込んだ相手をあたった所、一人だけまだ被害に遭っていない子が居た。だから確信はしていた。

 この場所だって、ユカという子が使っている居場所共有アプリの情報から見つけたんだし。


『何よ!』

 顔だけは普通の少女なのに表情は酷く歪んでおり、そこから漏れる声もまた、耳を覆いたくなるほど歪んでいた。

『仲良いわけないじゃない! 私の彼氏をったくせに平気で話しかけてきて! 許さない!』

 私はミクの両耳をそっと掌で塞ぐ。びっくりしたように、私を見上げるミクに優しく笑って見せる。

「それは、あなたのカレシが一方的にミクさんを好きになって、あなたと別れたいからそんな言い訳したんですよ〜。ミクさんのスマートフォンには、『友達の彼氏だから考えられない』って告白を断ってるメッセージ、残ってましたからね」

『嘘よ!』

「本当ですよ、何に手を出してそんな姿になったのか……呪いに良いように使われてあなたも可哀想ではありますが、だからって呪いをかけた挙句に、それをミクさんが犯人であるように書き込んで他を誘導するのは、まあちょっと同情はできないですね」


『嘘よ……』

 そう力なく繰り返す少女に、私は一歩ずつ近づく。

 私はそこで言葉を切って少女の頬に触れる。触れた所から、チリッと焼け付くような感触がして、私は思わずふふ、っと笑う。

「さて、このまま放っておけば、元の姿に戻れなくなりますからね。私がちゃんと助けてあげます」

 優しくそう言っているのに、私の言葉に少女が暴れ出す。

『何をするつもりよ!?』

「ちょっとを」

 私の言葉に、目の前の少女も後ろのミクも息を飲む。私は尚も暴れる少女の前で腰を折り、顎に手をかけ、優しくさとすように言う。

「ほら、痛くありませんから大人しくして?」

 それからゆっくりと顔を寄せる。

「では、いただきます」

『な、何するの?! ヤメテ!』

 静止の声を無視して私は強引に唇を重ねる。視界の端で、ミクが呆れた顔をしているのが見えた。


 ゆっくりゆっくりと少女の体から抵抗する力が抜け、それにつれて少女の脚は異形の蛇から人のそれへと変わっていく……。

 私はそろそろ十分かなと、顔を離した。


「焼けるような喉越し、舌を刺す苦味と酸味、やっぱり呪いは採れたてが一番ですね」

 ぺろりと唇を舐め、私はにっこりと笑う。

「ごちそうさまでした」

 後には、少女が白目を剥いてへたり込んでいた。

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