第2話

 さて、そろそろお仕事かなと構える私の横にミクがスマートフォン片手にちょこんと座る。

「まずは話をお聞きしたいなって」

 ミクは私にそう言われて膝の上で拳をきゅっと握る。

「今のところ実害はその痣だけですか? 痛みとかあります?」

「別に痛くない、時々声がするだけ」

「声ですか?」

「うん。時々、耳元で声がするの」

 そう言い、ミクは辛そうに眉根を寄せて俯いた。

「どんな声が?」

「許さない、って」

 顔を覗き込もうと私がソファーから腰を浮かせたところで、急にミクが胸を抑えて顔を上げた。

「ミクさん!」

 呼びかけた瞬間、ミクが顔を苦しげに歪める。

「ぁっ」

 微かな声のあと、喉を掻きむしろうとするのを、私は必死に押さえ込んだ。華奢きゃしゃなミクとは思えない力強さに驚く。

 掻きむしろうとしていたミクの首元には、さっきより鮮やかに指の痕が浮かび上がっていた。

 ミクの口元からヒューヒューと喘鳴ぜいめいが聞こえる。唇の色が一気に褪せてゆく。


「ごめんなさい! ミクさん」

 私はなおも暴れるミクの唇に唇を重ねた。キツく閉じているそこをこじ開け割り込み、舌を絡め、吸い上げる。


 暴れる力が段々と抜けていく。

 静かな室内に、ちゅ、くちゅ、と水音が響く。


 そうして、目的のソレを見つけて私はようやく顔を上げた。

 私は舌の先に捉えたソレを摘み上げて、満足げに笑う。

 「ふふ、居ましたね」

 その拍子に支えていた手を離してしまい、ずるりとミクがその場に座り込んだ。

「大丈夫ですか?」

 ソファーの上から身を乗り出してそう問うと、ミクは真っ赤な顔を両手で覆っていた。

「あれ? 気持ち良く無かったですか?」

「ちょっとだけ……じゃなくて!」

「冗談ですって、コレを引っ張り出してたんですよ」

 私は人差し指と親指で摘んだソレを、ミクの目の前にずいっと差し出す。掴まれているソレは、黒い小さな蛇の姿をしていた。


「え?! それ、わたしの中にいたの?」

 ミクの赤かった顔が一気に青褪める。

「これで『』の事は、しばらく心配しなくて大丈夫ですよ」

「……なんで、それ……」

「あ、その前にちょっと失礼します」


 私は指で摘み上げた小蛇こへびを持ち上げて、ひょいっと自分の口に放り込む。舌の上で転がしても満足行く味わいが得られず、私は肩を落とし、しぶしぶ飲み込んだ。

「うーん、やっぱり本体じゃないと、味がぼやっとしてますね」

「え、食べ……て……」

 ミクが、じり、と座ったままで後ずさる。

「ちょっとしたオヤツです。……あんまりおいしくは無かったですけど」

 首を傾げてそう返すと、絞り出すようにミクが問う。


「ねえ、サリって一体何者?」

「看板に偽り無しの、『見通す魔女』ですよー。……だから『首絞め魔』の事もお見通しなんです」

 こちらを信じていいのかという迷いを顔に浮かべたミクの前で、私はポケットから取り出したスマートフォンを見せつけるように振った。

「わたしのスマホ!」

「ミクさんの周りで、何人か首を絞められて倒れていた所を発見された生徒さんが居るんですね。学校から不審者注意のメールが来てました。被害者は表向きは、『急に首を絞められて気を失った、犯人は見ていない』と。でも裏では『呪いの首絞め魔』なんて名前で呼んでる」

 慌てて立ち上がったミクが取り返そうとこちらに迫るのを手で制し、私はスマートフォンの画面を指でつっと撫でて言う。

「……中、見たの?」

「見ましたよ。セキュリティが甘々です」

「見通す魔女なんて言って……そんなの占いでもなんでも無いじゃない」

「占いをします、とは一言も言ってないですからねえ」

 悪びれもせず返すと、自分の情報が詰まった端末が他人の手の中にあるのが落ち着かないのか、ミクはそわそわと目を泳がせる。


「裏サイトの情報だと、『呪いの首絞め魔』の被害者は、倒れる数日前から首に指で掴まれたような痕が浮かんできてるって書いてました。それがくっきり見えたと思ったら、誰も居ないのに首が絞められて倒れたって」

 だから『』だと。


「で、その『首絞め魔』によって倒れたって子。調べてみると、みんな学校の裏サイトであなたの悪い噂を流してた……だからか、みんなあなたが自分達を呪っていると信じ込んでいる様子でした。謝罪のメッセージも次々きてましたね」

 ミクは、私を睨みつけて来た。

「そんな事までいつの間に……。それで、わたしが『首絞め魔』だって言うの?」

「それは違いますね。だったらさっきミクさんが『呪い』で苦しい思いをした理由がわかりませんし」

 ミクの顔から険がとれ、今度は泣きそうな顔になった。

「そう、なの。わたしじゃない。わたしじゃ、ないのに……」

 声が震えている。私は腕を伸ばして丁度胸の高さにあるミクの顔を引き寄せた。ぎゅっと抱きしめると、じわっと胸元が濡れるのを感じる。

 しばらくそのままでいると、小さな声でミクが訥々とつとつと話を始めた。

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