【完結】その魔女に気をつけて 〜見通す魔女の運命診断〜

オトカヨル

第1話

 ビルとビルの隙間、昼でもうっすらと暗い路地に隠れるように置かれている『見通す魔女の運命診断』と書かれた小さな看板。

 その大袈裟おおげさな名前の診断の結果として、私はひとしきりそれっぽい前向きな言葉を並べたて『あなたには輝く未来が続いています』と締めくくると、そこまで静かに聞いていた少女は机の上に置いてる料金表を脇に退けた。


「ねえ、あるんでしょ?」

 つるんと艶めく少女の赤い唇がそんな言葉を零す。


 小さな机越しに向かい合い、私は演出の為に被ったフードの間から目を覗かせて瞬く。

「なにがですか?」

 この辺りではあまり見ない制服をきっちりと着たその少女は、私の答えを聞いて、明るいブラウンの髪が影を落とす整った顔を拗ねたようにちょっと歪める。


 対して私はどうかといえば、そばかすの目立つ頬にかさついた肌、黒めがちな切長の目が涼しげと言えなくも無いが、他のパーツとのバランスが少々悪い。長い黒髪も手入れが行き届いておらず、着ている服に至っては魔女っぽさが少しは出るかなと古着屋で買ってきた、薄っぺらな黒い魔女衣装。多分、ハロウィンのコスプレにでも使った後のものだろう。


 方や美少女、方や低クオリティコスプレ魔女。


 そんな意味の無い比較に落ち込みかけている私の前で、少女は言葉を続けた。

「何がって、裏メニュー」

 少女は私の目を真っ直ぐに見てブラウスの襟元に手をかけボタンを外した。露わになる白い首元。そこにはまるで掴まれたような指の跡が赤黒く残っていた。

「触ってみてもいいですか?」

 頷いたのを確認してから私はそっと手を伸ばした。触れた肌はひたりと冷たくて、でも体温だけじゃ無い何かがじんじんと指先に伝わる。

「呪われてますね」

 遠回しに伝えても仕方ないのでさっぱり言い切り、私は机の端に避けられていたメニュー表をくるりと裏返した。料金表の1番下にある、料金だけでメニュー名が空白の部分を指で示す。


「確かにそれなら裏メニューですね。対応できるかお約束はできないですが、まずは一時間五千円でお話し聞く所からで……」

「話を聞くなら、わたしの家でじゃ、ダメ?」

「家に?」

「相談もしたいけど、今日は親が帰ってこないから一人じゃ怖くて……。明日の朝まで居てもらって五万ならどう?」

 私は即座にこう答えた。

「どこまででも着いていきます!」

 と。



◇◇◇



 私は、手早く机と看板を片付けると被っていた衣装を脱ぎ、ハイネックのニットソーとデニムというラフな格好になる。

 そうして少女と一緒にまだ新車の匂いが残るタクシーに乗り込んだ。


「名前は?」

 車内で少女に問われ、私は慌てて手にしていたスマホを置いて、バッグから名刺入れを引っ張り出す。

「サリと申します」

「『あなたの運命、必ず見通します』って、すごい強気」

 それは、肩書きも無いのでキャッチコピーっぽく名前の横に添えた一文。

「嫌いじゃ無い」

 少女は名刺を手に小さく笑う。そんな風に言ってもらえるとなんだか嬉しくなる。

「わたしは、ミク」

「よろしくお願いします、ミクさん」

 真面目な顔で頭を下げる私に、ミクは楽しそうに笑った。




 タクシーが二人を降ろして走り去る。

 目の前にそびえ立つ壁に、思わず、はーっと声が出た。

「タワマンってやつですね」

 どちらかというと、マンションというよりホテルに見える上品な外観。

「着いて来て」

 内部もホテルっぽい、ワイン色の絨毯じゅうたんが敷かれた内廊下タイプ。プライバシーを守る為か南と北に分けて数機あるエレベーターの内の一つに乗り込み、ミクは最上階のボタンを押した。

「部屋はここ」

 ミクはエレベーターから出ると、真正面の扉を示す。

 「親はどっちも出張が多くて、明日の夜まで戻らないんだ」

 と言うと扉を開けて私を振り返る。家の中はまだ真っ暗で、その暗闇を背負って私を招くミクの姿には何処か現実味がない。

 和風ホラーの幕開けみたいだと思いながら、

「お邪魔します!」

 私は元気に声をかけて、家へと足を踏み入れた。


 入ってみれば先ほどまでの不穏なイメージはどこへやら、開放的な室内と質の良いインテリアが印象的なおしゃれ空間。

「そこのソファーに座ってて」

 部屋を見回している私に、冷蔵庫を開けながらミクが声をかけてくれる。

 ボトルを2本手にしてこちらへやって来ると、片方を私に差し出した。お礼を言って受け取る。

「夕飯は冷凍でもいい?」

「好き嫌いないので、なんでも大丈夫です」

「家政婦さんが作り置き、冷凍してくれてるから」

 ああ、そういう冷凍。

 市販の冷凍食品を想像していた私は、ミクが冷凍庫から次々フードコンテナを取り出す様子に目を丸くした。

 温めて盛り付けただけで、ちょっとしたレストランのようなメニューがずらり。ミクに促されるまま私は席に着く。

「それじゃあ、遠慮なく」

 私はスープから手を付けることにした。続く綺麗に飾られた温野菜のサラダも美味しい。メインはワインベースのソースで煮込んだお肉。口に入れるとほろりと解ける柔らかさに驚く。

 二人では食べきれない量かもと思ったけど、気がつけば完食していた。

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