第13話

 村では、それはそれはのどかな風景が広がっていた。

 子供たちが楽しそうに鬼ごっこをして駆け回り、村の隅では大人たちが集まって酪農や開墾に従事していた。が、私たちの姿に気づき、旅のものだと察したのか、仰々しくお辞儀をする。

 とにかく、平和な光景だった。束の間の喧騒と忙しさを忘れて、こう言った風景に身を馴染ませるのも悪くないかもしれない。

 私はユリにお金を渡して使いに走らせ、アルバートと一緒にアヤトをジーッと見つめる監視役に徹することにした。アヤトはチラッとこちらを何か言いたげに見やったが、無視することで両断する。

 残念ながらこの間ミニゴブリンを追いかけて出て行って、デストロイゴーレムとかいうバケモンの軍団を私たちの元に連れ帰って来たアヤトの暴挙を、私はまだ忘れていない。

 別に、その時のことを根に持っているわけではない。その後、別にアヤトの大嫌いなしいたけを枕に仕込みまくったりもしていないし、アヤトの名前を書いた藁人形を、トンカチでカンカン打ったりもしていない。本当である。

 と、その時だった。


「ーーーーそこの者、只者ではあるまいな」


 不意に響いた、のどかな空気に似つかわしくないほどの、緊迫漂う厳粛な声に、ハッとアヤトは身を硬くする。

 それが自分以外の人間に掛けられたものだという考えはないらしい。自意識過剰か。

 声の聞こえた方向を肩越しに振り返ると、背後に一人の老いた男が立っていた。

 T字に形取られた杖をつき、曲げた腰に手をやりながら、いかにもな雰囲気を醸し出す老人。老人は杖で地面を一突きし、コホン、と不穏めいた咳払いをしたのち、こう切り出した。


「その佇まい、雰囲気、神の御劔。間違いない。ーーーお主、勇者であろう」


 邂逅早々、見事にアヤトの内なる力を言い当てた老公に、面々の頰に緊張が走る。

 神の御劔なんてご大層なものではなく、ただ単にかつての持ち主が罪無き人を殺しまくって呪われまくった魔剣なのだが、そこは言及しなくて良いだろう。

 双方の間に流れるただならぬ空気に、自然と皆老人に向き直った。隙あらば老人を焼き殺そうと杖を構えていた私も、こくりと生唾を呑み身構えた。


「ーーーーそこでまことに心苦しいのだが、勇者様を見込んでお頼みしたいことがある」


 おーっと、そういう流れだったかー。てっきり老人が化け物化して襲い掛かってくるかと思ったぞー。


「勇者を見込んで、か…いかにも不穏な響きであるな。何か、勇者で無ければと出来ぬことがある、ということであろうか」


 アルバートの問いに、老人は頷くと、「実は………」と暗い顔で言葉を紡いだ。

 どうせ最近、穏やかだったはずのモンスターが凶暴になって数増えた!とかだろう。


「最近、穏やかであったはずのモンスターが凶暴化して数も増えてきているのだ」


 でしょうね。


「これも何かの前兆かもしれん。そこで、君たちにここの町外れにあるほこらを調べて来て欲しいのだ。どうかこの村を守ってくれな」

「どうしてモンスターの凶暴化がほこらに起因してるとわかったんですか?」


 私が間髪入れずに突っ込むと、老人はエッという顔をした。目に見えて慌てだし、わたわたと左右に手を振った。


「じっ、実はのう…二ヶ月ほど前からほこらから嫌な魔力が出ている気がしてな。その頃からじゃ、魔物が凶暴に成りだしたのは。だが、村の人は誰も信じてくれなくてのう…」


 この人はその二ヶ月間何してたんだ?まさか家でビール片手に競馬見てたとかじゃ無いだろうな?


「いやいやいや、そこまで分かってるんなら自分で行けば良いじゃないですか」


 容赦なく切り返せば、老人はまたエッという顔をする。


「ええっ…」

「まあまあ少々落ち着くのだ。ここはひとつ、老人の話を聞こ」

「邪魔だ退けモブバート」

「エッ」


 仲裁に入ってきたアルバートを押しのけて、私は老人に身を乗り出した。

 ここで言わなければいつ言うのか。

 さっきからずっと気掛かりになっていたことがあるのだ。


「自分で行くのがめんどくさいからって、偶然通りかかった勇者一行をパシらないでくれます?その間の期間は何してたんですか?パチンコ打ってたんじゃないですか?何よりもその腰にぶら下げてるのはなんですか、賞金稼ぎで生計立ててるんじゃないですか?それについてはどうなんですか、おかしくないですか?」


 そう言って私が老人の腰に携えられた剣を指差すと、その場にいた全員が黙り込んだ。


「…………………」


 長い長い沈黙が流れる。仕方なく私が適当に話を紡ごうとした矢先、


「ウゥッ!」


 …突然老人は胸を押さえて地面に倒れた。


「あ痛たたた、持病の心不全が!!ウゥッ、くっ、苦しいっ!」


 はっ???


「だっ、大丈夫ですかお爺さん!?」


 アヤトが慌てて近づくと、老人は片方の手を力なく彼に伸ばし、その肩を掴んだ。


「わ、わしはもうダメじゃ…ここで終わるんじゃぁ…」


 震える声を吐き出し、わざとらしい咳をするご老人に、アヤトは悲痛な叫びを上げた。


「しっかりしてくださいお爺さーーん!!…なんて事だ…仕方ない、俺たちが代わりに行きます!!」

「わかった…後のことは…頼んだぞ…」


 なんでやねん!!

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