第5話

 しばらく道なりに進むと、前方に暗がりながらも、大きなリボンでまとめた薄桃色のお団子頭が見えた。ヒーラー幼女のユリの後ろ姿だ。目の前の壁を指差して何かを叫んでいる。

 近くには聖なる巫女のネロと、リッドも居た。

 ネロは遠い地で別行動をとっていたはずだが、おおかた昨夜のアヤトの行動を嗅ぎつけて世界の果てから飛んできたのだろう。なにせあのアヤト狂信者軍団の一員なのだから、それぐらいのこと朝飯前だろう。

 私が走る速さを緩めてゆっくりと歩み寄ると、ネロがギョッとこちらを振り返った。


「うわっテセラ、なんで生きてるの!?20人分の睡眠薬をお茶に仕込んでたのに!!」

「んなこたァどうでも良いんだよネロ…問題はそうじゃねェんだよォ…!!」

「お、落ち着けテセラ!口調が俺みてェになってっぞ!!!大丈夫だ、何もヤベェことにはなってねェから安心しろ!」

「うるさい黙れ!…アイツはどこだ!アヤトはどこだ!!アヤトを出せぇえ!!」

「落ち着けっつーの!大丈夫だ、さっきアヤトがそこの壁に触れた途端、いきなり壁が光り出して変な紋様が刻まれて、アヤトがそこに呑み込まれた以外何も起きてねェから!」

「起きてるじゃん!思いっきり起きてるじゃないの!」


 私はアヤトが消えたという壁に張り付くと、ばこばこ表面を叩き始めた。


「うおおおおお!出て来いアヤト!今すぐ出て来ーい!!!」

「ぎゃー!よせって、ヤメロって!テセラの馬鹿力で遺跡ごと壊れる!」

「壊してやる!」


 すぐさまリッドに引き剥がされるが、私は杖を構え、超分解魔法の詠唱の準備に入る。

 だが、詠唱の中途、壁も流石に危機を感じたのか、硬い表面を水面のように波打たせ、長い波紋を残して光を放ち始めた。


「これは……………」


 思わず私を抱えて退いたリッドの目前で、壁はひときわ強く波打った後、光の粒を吐き出し始めた。

 刹那、光粒の渦から人の手が突き出される。プハッと水面から顔を突き出すように、アヤトが中から現れた。


「な……………!?」

 呆然とする仲間をよそに、アヤトは壁から這い出すと、華麗に地面に降り立ってみせた。

 ーーーー隣には、知らない女を伴って。



 ………………このパーティ、抜けようかなぁ。






 突如として現れたアヤトに、真っ先に反応したのは巫女のネロだった。


「アッ、アヤト!?大丈夫だったの…じゃなくて、べっ、別に心配なんてしてないんだからねっ!」


 私がこの世で最も嫌悪するクソツンデレ言葉を吐いた後、ネロは慌てて彼に駆け寄った。

 そんな彼女の心配に、アヤトは片手を上げることで答える。


「ああ。悪かったなネロ、皆。心配かけた。なんかこの壁に触れた途端、吸い込まれちまってさ。どうやら勇者にだけ反応する遺物だったっぽい。それに…って、げっ!!テセラ!?なんでここに!おい!ユリとネロ、ちゃんと止めといてくれって約束しただろ!!」

「ごめん、アヤト。言われた通り息の根を止めようと思ったけど、全然ダメだったわ。ご覧の通りピンピンしてるわね」

 「うん…てへぺろ」


 しかしユリはすぐに目を瞬かせると、アヤトの隣立つ少女に興味を示した。


「ていうか…隣にいるのはなあに…?アヤトの新しいオンナ?」

「オンッ…おい、そういう言い方は寄せよ!」


 …あ゛?


 ユリの失言をリッドが慌ててたしなめるが、時すでに遅し。

 私はすでに臨時体制に入っていた。


 オ゛ンナァ゛?


 しかし少女はユリの言葉も意に介さず、少女はゆったりと首をかしげて見せる。

 それどころか今にも溶けてしまいそうなほど、蕩けきった微笑を浮かべて目を細めた。


「ふふ、そうです。私は彼の忠実なるしもべなのです。彼のどんなことでも受け入れる、下僕になってしまったのです」

「「「えっ」」」


 あぁ゛?


 少女の爆弾発言に、全員の目が見開かれる。


「はあ!?し、しもべってどういうことだよ!」

「そうよ!!一体どういうわけっ!?」


 驚いたリッドとネロに詰め寄られても、少女は笑顔を崩さず、逆にうっとりとした表情で、迷惑そうな顔をするアヤトにすり寄った。彼の手を握り、豊満に実った胸部に押し付ける。


「ええ、私、もう既にアヤト様にあんなことやこんなことをされてしまったのです。アヤト様には責任を取って私を娶っていただくことになりました」



「「「ええ~~~っ!!」」」」


 よし!この女、殺そう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る