第4話
封印の解けた遺跡を通り抜け、かつて絶対に壊れないと謳われたくせに木っ端微塵にされたドアをかいくぐり、強力な罠も全て壊されて破壊の限りを尽くされた道を光の速さで走りながら、私はアヤトをどうやってしばこうか考えていた。ちなみにユリとリッドは裏切った。許さん。
全員あとで私の殺人料理を食わせてやる。
遺跡内はあちこちがアヤトの手によって手ずから壊されているものの、神殿の内部は長年放置されたにもかかわらずコケ一つ生えてはいなかった。およそ神秘の力とやらで守られていたためだろう。それもいまや機能を放擲しているが。どうだって良い。
問題は、それがアヤトによって破られたということだ。
前回はそれのせいで、水郷都市リナードの地下深くで8000年の眠りについていたという、あの伝説の邪神の部下、黒龍デスザダークネススーパーの封印が解け、大惨事になりかけたというのに。
いや、むしろ、それが放たれた時点で、惨事どころではないのだが。
あのときは本当に酷かった。
それこそ、今までの中で一番最悪だった、と断言しても過言では無いくらいの大惨事だった。
勇者の末裔である光の司祭が、龍の再臨に世界は終わったと発狂した程だ。
邪神とは、様々な生き物や種族が共存する中で、歴史上最も悪辣だとされる全宇宙最悪の生き物だ。
かつて、一万年以上敵対していたはずの、不倶戴天の種族である女神族と魔族すら、その存在に怖気付いて共謀させたという、破壊の権化である。
残された書物によると、邪神がひとたび森を歩けば、聖域は汚され、息吹は止まり、大地は死に絶え、水は濁り、あらゆる生命は死に絶えたとされる。
それもたった一歩、足を踏み入れただけで。
邪神の纏う瘴気により、死地と化すのだという。
そんな邪神の両翼を担う幹部だったのが、デスザダークネスとかいう、聞いてるこっちが恥ずかしくなるダッサい名前の龍。本人はオオウケすると思ってつけたのだろうが、今でも滑りまくっている。
生きる災害と謳われ、世界中を煉獄の炎で焼き尽くしたと言われる邪悪の化身、デスなんちゃら。
80000年前、一度は邪神とともに世界を滅亡へと追いやりかけたという、災厄たる悪の現身。
で、それが長い眠りから覚め、その邪悪に満ちた力をなんら劣らせることなく、再びこの地に舞い降りたわけで。
これが災害と及ばずに、なんと言いたらしめようか。
触れるもの全て煤塵にする漆黒の炎、魔力も物理攻撃もひたすら弾く、頑健で凶悪な皮膚、残酷で姑息かつ狡猾な黒龍の知恵、龍と共に復活した七人の闇の使徒。
その力はあまりに強大で、世界で一番聖なる場所と崇められた聖域リナードを、一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図へと変えた。
無論、街はおろか世界を襲ったかつて無い危機に、私たちは命がけで交戦した。
だが黒龍の力はあまりに凄まじく、アヤトの反則パワーを以ってしても、幾度も絶命の窮地に瀕した。
何度三途の川の向こうで、亡くなったばーちゃんが「こっちくんな!」と手を振る光景が見えたか分からない。
そうであるからこそ、黒龍を倒せたのはほぼ豪運であると言わざるを得なかった。
泣く泣く掴んだ辛勝は、女神と天使と妖精と悪魔と魔神とありとあらゆるものの力を借り、数と他人の力に物を言わせまくり、数で押しまくって集団リンチのフルボッコにしたものだ。
ちなみにアヤトの力で消滅させられていく、黒龍の死に際のセリフは「これが数と若さの力か…」だった。流石に哀れすぎる。
しかし黒龍が倒され、その後は場に安寧の地がもたらされるかと思いきや、闇の使徒が倒された後の都市は、それはそれは悲惨な有り様だった。
様々な力を種族に構わず使いまくったせいで、まがまがしい紫の雲がかかり五光が差し込み花が咲き乱れ蝶が舞い鳥が飛翔し、水は淀むという素晴らしくカオスなことになり、かつて理想郷と謳われた水郷都市は実質的に人の住めない地獄となった。
それでも、人々はアヤトに感謝した。世界を、命を救った勇者であると。
…しかし私は考えた。なぜ、自分はこんな目にあったのかを。此度は身も心も休める慰安旅行であるはずだったのに、なぜ世界滅亡の危機に相見える、立ち会っていたのかを。
ふっと思考を巡らせて、すぐに、気づいた。
簡単なことだ。
…アヤトが聖剣エクスカリバーを引き抜かなければよかったのだ。
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