第2話

 いいか、路地裏には絶対に入るな。とにかく入るな。死んでも入るな。

 そう、あれほど口酸っぱく忠告したのに、どうやらあのバカアヤトは破りやがったらしい。


「本当にありがとうございます!あの乱暴な男の人たちから助けていただいた上に、手当てまでしていただいて…」


 アヤトがついさっき路地裏に消えた、と店先の店主から話を聞いた私は、光の速さで飛んでいった。だが、やはり手遅れだったらしい。路地裏の入り口で聞こえてきた少女の声に、私は思わず頭を抱えた。


「いやいや、当然のことをしたまでさ。こんなか弱い少女を大の男が何人も寄ってたかって脅してたら、普通は助けるに決まっている」


 …遅かった。

 ああ様、遅かった…!また私が崇めているのは、邪神なのだが。


「そんな…ありがとうございます…ありがとう…ございます…!」

「な、何で泣いて…そうか。ごめんな、そりゃそうだよな。男に乱暴されかけてたなら、怖かったに決まってるだろ。悪かった、もっと早くに駆けつければ良かった」


 そっと壁に背をつけて路地裏の入り口を伺うと、案の定、絶世の美少女とアヤトが、向き合うようにして立っていた。

 美少女はふるふると首を振ると、目尻をこすりながら微笑んだ。

「いえ、違うんです。私、実は助けられるのが初めてで…今まで散々ひどい目にあわされてきたので、生まれて初めてこんなに人に優しくされて、心配もしていただいて…本当、どうやって感謝を示せばいいのかわからないんです」


 その綺麗な顔でどの境遇に生まれたらそんなことになるんだよ!おかしいだろ!

 …それにこのセリフも、もはや聞いたのは一回や二回どころじゃないのだ。今週ですでに五回も聞いたセリフだ。

 というのも、アヤトが路地裏に行くと、必ずと言っていいほど少女がチンピラに絡まれているのだ。

 で、アヤトが助けると100%仲間になりたいと言いだすと。

 そして少女達には鉄の四原則が存在する。それも助ける少女は種族関係なく総じて超美人・家無し・今まで人に優しくされたことがなかったの、一撃必殺3コンボ。4つめは後述する。

 たまに姉妹が助けられる時もあるが、内容は全て必ず同じだ。

 そして決まって彼女たちはアヤトに心底惚れ、生まれて初めて人に助けられた、あなたに一生ついて行くと言い出すのだから、なおさらタチが悪い。

 だからこそ、あれほど路地裏に行くなと言っていたのだ。

 無論、最初は「逆に自分が行かなければ誰が彼女達を助けるんだ」というアヤトに反対され、仕方なく彼が路地裏に行くのを黙認していた。

 だが路地裏に行くたびに連れて帰ってくる美少女たちを見て、次第に「アヤトが路地裏に行くから事件が起こるのでは無いか?」と思うようになってきた。

 事実、アヤトが行かなければなーんにも起きないのである。そう、なーんにも。

 …頼むからこれ以上、家も家族も愛も知らない哀れな美少女を増産しないでほしい。


「私、こんな見た目ですし、今までずっと醜いと蔑まれてきて、虐げられてきたんです。だから、あなたに助けていただいてもらって、すごく嬉しかった。ありがとうございます」

 そう言って頬に手を当てて小首を傾げ、悲しそうに微笑んだ少女に、アヤトは慌てて手を振った。

「えっ、そんな事ないですよ!?あなた、普通に、というかめちゃくちゃ綺麗ですよ!!」

「えっ…?そんな…ふふ、今の、嘘でしょう?私、そんなこと信じません。今まで、この顔のせいで虐められてきたんですから」

「いや、本当ですって!正直言って今まで見てきた中でもダントツで可愛いですよ!?逆にあなたを醜いとか言ってた人たち、見る目なさすぎでしょう!!」

「えっ………!?」


 うそ、と少女が感極まって口元を手で覆う気配がわかった。


 落 ち た 。


「アヤトォオ………………」

「ヒイッ!?」


 私がドスを効かせた声で囁くと、どうやらアヤトにも聞こえたらしい。

 アヤトはビクリと肩を跳ねると、おそるおそる私の方を振り返った。私と目が合う。


「アヤトォオ………………」

「い、居たのかテセラ」

「アヤトォオ………………」

「や、やめてくれ!そんな声で呼ばないでくれ!」

「裏切ったなアヤトォオ………………」

「わーっ!!だからごめんって!!」

「?誰ですその人」


 首を傾げた美少女に、アヤトはピンと背筋を伸ばして私を紹介した。


「…俺の仲間だよ。テセラって言うんだ」

「ふーん、仲間なんですか」


 途端に顔をしかめた嫌そうな顔をする美少女に、私は分かりきっていたことだと肩をすくめてみせた。

 やっぱりなあ、と。

 …鉄の四原則第4条。

 なぜか私は、助けた少女達に嫌われる。

 アヤトに惚れる惚れない以前に、なぜかアヤトが助けた少女たちは、私を異常なほどに嫌悪する。そこに理由があろうとなかろうと関係ない。これもアヤトの呪いだろうか。ああ忌々しい。

 少女は私を一瞥したあと、急に何かを思いついたらしく、笑顔になってアヤトに飛びついた。


「なら!私も仲間にしていただけますよね、アヤト様?その方も」


 その方もってどういうことだよ。

 美少女の豊満な胸がアヤトの胸板に当たる。どう見ても狙ってますね、はい。あーあ。


「わ、ちょっと…!ちょっと胸が…!」


 アヤトは顔を真っ赤にして美少女を引き剥がそうとしたが、美少女はクスリと笑むと、さらに彼の胸に押し付けた。


「私、パプリカって言います!どうやらアヤト様…私、あなたに惚れてしまったみたいなんです。私を助けて下さったあなた様のためならば…私、なんでもできますわ!」


 そう言ってお野菜の名前をした女は唇に曲げた人差し指を添え、頰を赤らめて上目遣いにアヤトを見上げる。


「えっ、そうは言われても…ごめんな。テセラにこれ以上仲間は増やすなって言われてるし。お、俺は別に良いんだけどな」

 良くねーよ。嘘つくな。そうやって変に言葉尻を足すから、変なのを吸い寄せるんだろうが。

「だけどこの子、多分アヤトの為なら喜んで命差し出しそうだけど」

「えっ、そうなのか?」


 ピーマンみたいな名前をした少女はきょとん、と大きな目を瞬きさせたが、好機と見たのかすぐににっこりと微笑んだ。


「ええ、あなた様のためならこの命など安いものです!」

「ならダメだ」

「えええ……っ!」


 少女はうるうると目を潤ませると、狙っているのかと疑うほどの最高の角度でアヤトを見つめた。


「何故ですか、どうしてなんですか!私、あなた様のためならなんだって致します!あんなことそんなことでも…精一杯やらせていただきますの!!」

「そ、そんなこと言われても…ねえ?」


 助けるを求める目でアヤトに振り替えられ、私は小さくうなずいた。


「無理」

「そんなぁ〜!!ねっ、アヤト様!なんでもしますからあ!」

「えー、でも俺たち勇者一行だし、ほら、危険じゃないか。せっかく助けた命、俺らなんかのために脅かしたくないな。君の力を借りるわけにはいかないんだ」


 その通り。

 はっきり言う。この女、間違いなく役に立たない働かない。

 絶対に外れない私の勘が、如実にそう告げている。


「大丈夫ですよお!あなた様と一緒に居たいんですう!」


 少女は上目遣いにアヤトの方にすり寄った。しかし苦笑しながらするアヤトに、何を言っても彼は立ち止まってくれないと、少女なりに察したらしい。少女はかなりの強硬手段に出た。


「嫌です!貴方じゃないと駄目なんです!私、もうあなたがいないと生きていけない体になってしまったんですー!!」


 少女は恥も羞恥も醜聞も捨てて地べたに這いずり、アヤトの左足にすがりついた。


「どわ!?おい、なにを…」

「お願いです、行かないでください、捨てないでください〜!!せっかく私を認めて愛してもらえる方に出会えたんです!こんなところで終わらせたくない!私とアヤト様の世界は、運命はここから始まるんですー!!」


 足元にしがみつく少女を振り払う訳にもいかず、アヤトは困り果てたようにテセラを振り返った。


「なあテセラ」

「ダメです」

「…流石に見捨てたらかわいそうだろ」

「それ今週だけでも5回聞いたんだけど」

「う…そうだけどさあ。テセラ。まあ、あと一人くらい大丈夫だろ」

「それも今週で5回目なんだけど」

「そこをなんとかさ!かわいそうじゃんか」

「それも5回繰り返してる」

「あと一人くらい!それくらい余裕はあるだろ?」


 だからこれでもう通算78人目だぞ!!路地裏だけもで何人仲間にする気なの!?

 なに、コイツは路地裏軍団でも作る気なのか、お前のせいで家計が本当にヤバいんだよ!!

 第一、お前の連れてきた女の子97%が絶賛無職で働いてくれてないんだよ!!だからそれのせいで家計簿ヤバいんだよ!!


 しかし、嘘泣きをし続ける少女と、捨てられた子犬のように幻の耳を垂れ下げるアヤトに見つめられて、私はしぶしぶと頷きざるを得なかった。


 …だから路地裏に行かせたくなかったんだ。

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