無自覚ギャルの逆光源氏計画

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第1話

 夕方、近所の公園。


「あの! 僕と一緒にお祭を見て回りませんか!?」

 マンションのお隣さんのガキんちょが、いっちょまえな台詞を吐いた。


 その初々しさは一部の人には非常に魅力的に見えるに違いない。

 同世代であればこう言われて悪い気はしないだろう。


 まあ、それなりに遊んでるアタシがアタシ好みに仕込んだのだ。

 悪くなるはずもない。

 


「ど、どうですか?」

「んー、まあそんなもんじゃない」

「……グッときます?」


 小学生の癖に面白い質問をし始めたので、アタシはケラケラ笑った。

 スカートをひらつかせながらブランコから飛び降り、ガキんちょの小さな頭を撫でる。


「クるクる。もっとタイミングを見計らって全力出せば効果は抜群っしょ」


 軽く聞こえるかもしれないが、からかっているわけじゃない。少なくともその辺のチャラ男よりもこの子の方がイケてるし。


 友達からの連絡待ちしてる間。そんなわずかな時間の暇潰しとしては子供の相手も悪くない。

 周りの大人はアタシを毛嫌いしてっけど、この子は違うしね。


 純粋なんだろうなーと思う。

 変に汚れてないというか……偏見がないって感じ。

 まあ、一見不良なアタシも子供に懐かれて悪い気はしない。


「タイミングをみはからって……全力?」

「そそ。あ、ごめん。ちょっと連絡きたからタンマね」


 ケータイのメッセージを確認すると、まさかのドタキャンだった。

 仲の良いグループで行こうとしていた祭りは、メンバーが集まらなかったらしい。


「あーあ、つまんないの」


 割と本気で楽しみにしていたので、浴衣なんて用意していたんだけど。無駄になってしまったか。


「おともだちからですか?」

「うん。みんなで遊びに行こうとしてたけど、なくなっちゃった」


「それは……残念ですね」

「んー、まあブルーだよね。それで、なんだっけ? ああ、タイミングの話か」


「はい!」

「そうだねぇ。たとえば、相手が弱ってる時が狙い目だよ」


「よ、よわってるとき? そ、それってひきょーじゃ……」

「いやいや、ひきょーに聞こえっかもしれないけどさ。弱ってる相手に声をかけるのはなーんも悪くないっしょ。元気出させてあげたいじゃん」

「そ、そっか。そうですね」


「そうそう。落ち込んでたり、残念そうにしてたり、泣いてたりとか? そんな時に優しく誘われたりなんかしたらイチコロっしょ。並んで花火観るとかエモいね」

「いち……えも……?」

「あー、えーと……要はうまくいくってこと!」


 小学生相手では普段通りの言葉では伝わらない事もある。

 その度に噛み砕くのはけっこー大変だ。


「えっと、ひきょーっぽくてもよわってるときに全力でいけばうまくいく。それで合ってますか?」

「そうそう、いいじゃん飲みこみ早いねキミは。将来いい男になれるよ」

「ほんとですか!? やったあ!」


 なんだこの子の反応、めっちゃ可愛い。

 適当言ってたけどほんとに将来いい男になるかもね。


「うんうん。さて、それじゃあ暑さに耐えるのもキツクなってきたしそろそろ帰ろっか。送ってってあげるよ」

「いえ、むしろ僕が送ってあげます!」

「おー、男の子だねー? それじゃあお願いしちゃおうかな」


 くふふ、ういヤツよのぉ。


 ものの数分の距離だが先導するガキんちょの姿勢は、なんとも立派なものである。そのままやけに緊張気味な彼のエスコートを楽しみつつ、あまり会話もせずにマンションに着いた。

 もちろんトラブルなんて起きるわけもなく、夏の蒸し暑さに汗をかいた程度である。



 しかし、トラブルはむしろココからだった。


「あの、その……お姉さん!」

「ん?」

「僕と一緒にお祭を見て回りませんか!?」


 しばしアタシは固まった。


「えーと……ああ! 練習の再確認?」

「ち、違います。全力でさそってます、本気です!」

「…………マジで?」

「マジです」


 このパターンは予想外だった。


「な、なんで?」

「お姉さんと一緒に行きたいからです!」


 無垢すぎるガキんちょが眩しすぎる。

 そしてアタシは動揺しすぎ。いやだってこんなストレートに誘われた事なんて一度もなかったし。しかも相手は非常に年下……。


「グッとくるってさっき言ってくれました。たいみんぐも、いまだったと思います。お姉さん、さっきお友達と一緒に行けなくて残念だって言ってましたしっ」

「う、うぅ……」


 な、なんでアタシは圧されているんだろうか。

 そりゃたしかに言葉はアタシのオススメだし、褒めたのもアタシだし、タイミングも説明して……つうかこの子バッチリ掴んでるわ、やばみがヤバイ。


「ちょ、ちょっと考えさせ――」

「わかりました! じゃあ、夏祭りの日の夕方くらいに会場の入口で待ってます。大丈夫なら来てください! 僕、待ってますから!」


 矢継ぎ早に告げて、ガキんちょはピューーと風のようにドアの向こうへ消えた。

 返事を待たない強引なせっかちくん。いや、アレは単に恥ずかしがってたのか……。


「あーー……恥ずかしいのはアタシだっての」


 まさか年下も悪くないなんて思わされるなんて、こんなの恥ずかしい以外のなんだというのか。



 あっという間に夏祭り当日。

 そこにはバッチリ浴衣を着こんだアタシがいた。


 視線の先には会場入り口の鳥居。

 飾られた提灯の灯りに照らされたその下では、作務衣姿のガキんちょがそわそわしている。


 ええい、ままよ。

 ここまできたんだから、子供相手に逃げるなアタシ。


 一発気合を入れて、大人の余裕を見せるかのように。

 アタシは一歩また一歩とガキんちょに歩み寄っていく。


 なんでそんなことしてるのかって?

 しょうがないじゃん。グッときちゃったんだから、さ。


 このあと、アタシは先日仕込んだとおりのデートをすることになるわけなんだけど……。

 それに気づくのはもう少し先の話だった。

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