いざ彼の地へ-2

 翌朝。パラ―ルト島の港は騒がしかった。

 たんぽぽ海賊団、玄武海賊団の両船が出航のために準備をしており、慌ただしく人が行き交っていた。


「んじゃ、メイズは預かるぜ」

「はい。くれぐれも、よろしくお願いします」

「わかってるって」


 頭を下げた奏澄に、キッドは苦笑した。メイズは不貞腐れたような顔をしている。


「おいメイズ、いいのか」

「どうせすぐ会うだろ。そう遠い場所じゃない」


 目を瞬かせたキッドは、奏澄を見ながらメイズを指さした。奏澄はごまかすように空笑いするしかない。

 奏澄は今後玄武の乗組員と暫く同乗することになる。事情のわかっているたんぽぽ海賊団の面々とは異なり、玄武の男衆は奏澄の存在に浮足立つ可能性がある。そのため、メイズは『牽制』しておきたかったようなのだが、その手段に奏澄が異を唱えた。


 ――だって、痕とか残されたらみんなにも見えるし。


 そんな独占欲丸出しみたいな。いい大人のやることじゃない。指輪をしているのだから、それでいいじゃないか。

 しかし拗ねてしまったメイズを見ていると、なんだか可哀そうなことをしてしまったようにも思える。それに、誰も態度には出さないが、万が一奇襲に失敗した場合には、誰かが欠ける――つまり、これが今生の別れになる可能性が、無いとは言えない。そういう旅立ちだ。勿論、そんなことは起こらないと信じてはいるが。

 少し考えて、奏澄はメイズに近寄った。


「何だ」


 むすりと見下ろしてくる彼の服を引っ張って、首に手を回すようにすると、意図を察したメイズが少し屈む。目一杯背伸びをして、奏澄は触れるだけのキスをした。


「行ってらっしゃい」


 小さく言って、はにかんだ。

 人前でキスしてみせるだけでも、奏澄にとっては大ごとだ。けれど、これでも多少はメイズの望む『牽制』にはなるだろう、と思っていると。

 後ろ頭に手が回って、腰を引き寄せられて。


「~~~~っ!?」


 ばしばしと背中を叩くのを意にも介さず、深く口づけられる。囃し立てるような指笛の音が聞こえて、奏澄の顔が羞恥で染まる。


「……行ってくる」


 さんざん好きにしたメイズは機嫌を直したようで、笑みを一つ零すと奏澄を解放した。

 唖然とする奏澄を置き去りに、そのままブルー・ノーツ号へと向かう。


「苦労するよなぁ、カスミも」


 労うように肩を叩いて、キッドも自分の船へと乗り込んだ。

 釈然としない思いを抱えながらも、奏澄もコバルト号へと乗り込む。


 言いたいことは、次会った時だ。




*~*~*




 ブルー・ノーツ号とコバルト号は、別々の航路を進んだ。玄武は途中の島で、更に人員を入れ替えたり、連絡を飛ばしたりしながら進むらしい。

 コバルト号はメイズがいないものの、玄武から借りた乗組員は戦力として申し分なく、時折ある襲撃にも何ら苦戦することは無かった。島に降りる時は、奏澄の側には必ずラコットか舎弟たちが付いた。彼らは肉弾戦を最も得意としているので、遠慮なく投げ飛ばしはするが相手を殺すことはなく、却って奏澄を安心させた。


 船はどんどん北へと進み、寒さが厳しくなり。そして。


「……あ、雪」


 ちらりと舞ったものに手を伸ばして、奏澄はコバルト号の船首近くで白い息を吐いた。


 ――本当に、雪が降るんだ。


 半信半疑だったが、この寒さとなれば、雪も降るか。手のひらの上であっという間に溶けたそれに、奏澄は目を細めた。


 ――できれば、メイズと見たかったな。


 観光ではないのだから、そんなことを言っている場合ではないのだけれど。初めての感覚を、メイズと共有したかった。

 空を見上げれば、灰色の雲が覆っている。まだ昼間だというのに、なんだか気分も沈んで、奏澄は顔を曇らせた。


「カスミ。そんなとこいると風邪ひくぜ。中入ったら?」

「ライアー」


 後ろから声をかけられ、振り返ると見慣れた航海士の姿があった。


「雪が降ってるってことは、もう黒の海域?」

「うん、もう入ったね」

「この船、雪平気かな」

「んー、積もるほど降ってきたら危ないけど、このくらいならまだ」

「そっか」


 目線を落とした奏澄に、ライアーが遠慮がちに声をかけた。


「メイズさんが心配?」

「……ん、ちょっとね」


 メイズが強いことは知っている。玄武も信頼できる。けれど。

 奏澄は、悪魔と会ったことが無い。悪魔の強さを知らない。そして、彼らでは悪魔にとどめを刺せないのだという。それで、勝機はあるのだろうか。

 だからといって、奏澄が向こうにいたとしても、足手まといにしかならないだろうが。


「だーいじょうぶだって!」


 安心させるように、ライアーが軽く奏澄の背中を叩いた。


「今までメイズさん、一回も負けたことないだろ。玄武もついてるんだし。信じててやんなって」

「……うん、そうだね」


 奏澄は努めて明るく笑った。馬鹿だ。ここで暗い顔をしたところで、事態は何一つ変わらない。奏澄が落ち込めば、仲間たちも引きずられる。せめて、明るく。


 奏澄は意識して背筋を伸ばし、ライアーと共に船内へと戻った。


 次にメイズに会う時は。悪魔に、とどめを刺す時だ。

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