第五章 黒の海域

いざ彼の地へ-1

 メイズの話を聞いて。それでやはり、彼に対する感情がどう変わったわけでもない。強いて言うなら、より強固に彼を手放さないと誓ったくらいだ。

 とにもかくにも、約束は果たした。奏澄は再び、メイズを伴い昨日と同じ酒場に向かった。僅か一日で現れた二人に不審な顔をすることもなく、キッドは二人と向き合った。


「メイズから、過去の事情は聞きました。その上で、あなた方との共闘は問題ないと判断しました。もしメイズが玄武を裏切るような行動を取った時は、私を好きにしていただいて構いません」

「まーた嬢ちゃんはそういうやり方を……いやまぁ、そこはそう簡単に直らねぇか」


 呆れたように言って、キッドは頭をかいた。そしてメイズに視線を移す。


「メイズ。嬢ちゃんは、なんだな?」


 その問いに、メイズは僅かに目を瞠った。奏澄の方は、首を傾げるばかりだ。メイズのことを信頼できるかどうかという話じゃなかったのか。何故奏澄のことを、メイズに訊くのか。


「大丈夫だ。ついている」

「そうか」


 短いそのやり取りが、奏澄にはさっぱりわからなかった。仲間外れにされた気がして、眉を寄せる。


「拗ねるな拗ねるな」


 からからと笑うキッドは、相変わらず奏澄を子ども扱いしているようだ。それに、奏澄はますます脹れて見せた。

 子どもっぽいその仕草に目を細めた後、キッドは一度俯いて、次に顔を上げた時には、玄武の船長の顔をしていた。


「わかった。黒弦を討つための共闘、玄武が請け負う。よろしく頼む、


 力強く呼ばれた名前に、奏澄は身が引き締まる思いだった。


「こちらこそ。よろしくお願いします」


 固く握手を交わして。たんぽぽ海賊団と玄武海賊団の同盟は成った。




 場所が広いため、ブルー・ノーツ号の上甲板に両船の乗組員は集まっていた。


「黒弦の居場所は検討がついている」


 キッドが地図を広げて、それをライアーが覗き込む。


「今の時期なら、ニューラマード島に停泊しているはずだ。すぐ近くの島にギルドがあって、そこへの定期便を襲うために張っている。ニューラマードの役人は黒弦と癒着していて、島に逃げ込まれるとギルドは追及できない」

「そりゃまたこすい手を」

「なかなかどうして、悪知恵が働くんだよなぁ。船長はどちらかと言うと、面倒くさがって力押しするタイプだったんだが。ブレインに仕込まれたのか、余計なことを覚えてくれやがった」


 棘のある言い方に、メイズが視線を逸らした。明言はしていないが、要するに副船長だったメイズがその余計な知恵とやらを付けた、と言いたいのだろう。


「ま、余計なしがらみがあんのは役人連中だけだ。オレたちはいざとなればどうとでも動けるが……できるだけぎりぎりまで黒弦には気づかれたくないな」


 考えるように宙を見て、よし、とキッドは頷いた。


「二手に分かれよう。本隊はオレたちの船、ブルー・ノーツ号。なるべく隠密に近づいて、黒弦の船に奇襲をかける。分隊は、コバルト号。オレたちが黒弦を叩いた後で、カスミにとどめだけ頼む。いざとなったらそっちの方が小回りもきくし、自由に動けるようにしておいてもらいたい。あとは玄武の傘下にも声をかけて、周辺に控えておいてもらう。どう動くにせよ、数はいた方がいいからな」


 キッドの提案に、特に異は無いと奏澄は頷いた。


「わかりました。では、ニューラマード島までは、玄武と私たちは別々に行動するということですね」

「んにゃ、違う違う」

「え?」


 手を振るキッドに、奏澄はきょとん、とした。


「本隊の方に主戦力を集める。だから、メイズはこっちに貰う。代わりに、そっちに玄武の乗組員をいくらかやるから」

「え!?」


 これにはメイズも、いや、たんぽぽ海賊団の面々は全員驚愕した。メイズ一人を向こうにやるとは。


「そ、それって、人質」

「人聞きの悪ぃこと言うな! ただの戦力の問題だ! 元黒弦の人間がいた方が奇襲はしやすいだろ」

「でも、一人だけなんてそんな、いじめたりとか」

「だったら他の戦闘員も寄越すか? そっちはそんなにいないだろ。あんまり手薄にしない方がいいんじゃねぇか」


 キッドの言う通りだ。玄武の乗組員を貸すと言っても、たんぽぽ海賊団の戦闘員を渡すのではただの交換だ。それに、自船の戦闘員が減るということは、慣れた仲間が減るということ。コバルト号に戦闘員を残すのは、奏澄の護衛が主たる目的だろう。側に付くなら、慣れた人間の方が良い。

 とどめを刺せるのは奏澄だけ。女王クイーンが倒されたらチェックだ。


「俺が了承してないんだが」


 不機嫌を隠しもしないメイズに、キッドは不満そうに眉を上げた。


「お前に決定権無いだろ」

「ある。だいたい、あんた話聞いてたのか」

「なんのだ?」

「ついている、と言っただろう」

「言ったなぁ。でも聞いただけで、別にオレがそれを気にしてやる道理はねぇなぁ」


 メイズは険のある視線をキッドに投げた。受けたキッドは飄々とした態度を崩さない。


「たまにはちょっと離れてみるのもいいもんだぜ」


 その言葉の意味を図りかねたのか、メイズは眉間の皺を深くしただけだった。

 奏澄は二人の顔を見比べながらも、おそるおそるメイズに声をかける。


「一人にするのは心配だけど、確かにキッドさんの言う通りだと思う。悪いんだけど、向こうに協力してあげてくれないかな?」

「だが、お前は」

「私は大丈夫。ラコットさんたちだっているんだし」


 同意を求めるように、少し離れた位置にいるラコットに視線をやると、話はなんとなく聞こえていたのか、任せろというように腕を上げた。


「ね」


 安心させるように微笑んだ奏澄に、メイズはむっつりと黙った後、長く息を吐いた。


「わかった」

「ありがとう」

「ただ今夜は覚えておけよ」

「そういうのはヤダ」


 離れがたいのは奏澄も同じだが、交換条件のように言われるのは嫌だ。そもそも昨日あれだけしたのだから、もうそれで充分じゃないだろうか。

 笑顔で切り捨てた奏澄に、キッドが堪えきれなかったのか吹き出した。


「いや、なるほどな。案外うまいこと手綱を握ってんだな」


 くつくつと笑いを零すキッドを、メイズが苛立たし気に睨んだ。


「んじゃ、出発は明日の朝にしよう。こっちも用意を済ませておく。メイズ、別れを惜しむのはいいが、カスミが起きられる程度にしておけよ」


 キッドの軽口にメイズは答えず、代わりに今度は照れたような顔で奏澄が睨んだ。

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