取引-8

 レオナルドを除いた、たんぽぽ海賊団の仲間たちと共に、奏澄はメイズの待つ部屋へと向かった。オリヴィアは、話は終わったと既に城を出ている。

 兵士の案内で部屋に入ると、部屋にはメイズ、ハリソン、アンリ、ロッサが待機していた。

 メイズはまず最初に顔を見せた奏澄に安堵し、それから後ろにいる仲間たちを見て、そっと息を吐いた。態度には出さずとも、メイズも仲間の安否は心配だったのだろう。

 しかし奏澄の腰元に目をやると、眉根を寄せた。

 奏澄は今、悪魔殺しの神器を帯剣している。辛うじて短剣に分類される長さではあるものの、手に持っているわけにもいかないため、剣と一緒に白の剣帯を貸与されていた。

 それが何かをメイズが問う前に、ロッサが大声でマリーに声をかけた。


「おう、マリー! 良かった、元気そうだな!」


 言いながら、がばっとマリーにハグをする。


「ちょっと、暑苦しい」


 マリーは迷惑そうな顔をしているが、嫌悪は見えない。慣れているのだろうか。


「離れろ筋肉ダルマ!」


 代わりに、毛を逆立てるようにして怒ったのはライアーだった。ロッサを掴んで、マリーから無理やり引き剝がす。

 ライアーの筋力ではロッサは動かないだろうが、その動作に従ったのだろう、ロッサは大人しくマリーから離れた。


「なんだなんだ、嫉妬か」

「バ……ッカ、そうじゃ」

「安心しろ、お前にもしてやる!」


 ぎゅう、と力強くハグされて、ライアーは潰れた蛙のような悲鳴を上げた。


「マジで勘弁しろよ脳筋族めぇぇぇ!」


 ここはまだ敵地とも言える場所であり、一応緊迫した状況のはずなのだが、コントにも等しいやりとりに、奏澄は思わず破顔した。

 奏澄にとっては微笑ましいが、アンリにとっては頭の痛い光景のようだった。疲れたように目元を押さえて、奏澄に声をかける。


「あの馬鹿は放っておいていい。どうなったのか、説明をしてくれないか」

「す、すみません。ご説明しますね」


 奏澄は居住まいを正して、その場の全員に状況を説明した。

 セントラルが仲間たちをさらったのは奏澄をおびき出すためだったこと。仲間を解放する代わりに、悪魔を倒すという条件で取引をしたこと。奏澄が持つ剣は唯一悪魔を殺せる武器であり、奏澄にしか使えないこと。人質としてレオナルドが残ったこと。条件を達成すれば、白虎の仲間も助けられるかもしれないこと。

 悪魔が、黒弦海賊団の船長、フランツであること。


「悪魔……悪魔か。血を引いているという噂はあったが、まさか悪魔そのものだったとは。にわかには信じがたいな」


 眼鏡を押し上げたアンリが、メイズへと視線を向ける。


「お前は知っていたのか。自分のところの船長が、人間ではないと」

「いや。俺たちも他と変わらない。悪魔の所業などと言われちゃいたが、まさか本物が実在するなんて夢にも思わないからな」

「だろうな」


 嘆息したアンリは、頭痛をこらえるように顔を顰めた。


「しかも、倒せるのが君だけというのがまた……なんとも、物語じみている」

「頼りなくてすみません……」

「責めているわけじゃない。不甲斐ないだけだ。大の男がこれだけ雁首揃えて、年端もいかない……失礼、若い女性一人に任せなければならないということが」


 悔しそうなアンリに、奏澄は思わず笑みが零れた。

 この人は、責任感の強い人なのだろう。あまり海賊らしくないと感じていたが、白虎がレジスタンスから海賊となったように、彼もまた、何かを守るために海賊となったのかもしれない。


「一人ではありませんよ。私には、心強い味方がついていますから」


 仲間をふりかえると、皆が力強い笑みで応えてくれた。それに奏澄も更に笑みを深める。

 その様子を見て、アンリも表情を緩めるのだった。


「私は緑の海域を長く空けるわけにはいかない。君に同行することはできないが、何かあれば手を貸そう。青龍の者たちには、伝わるようにしておく」

「ありがとうございます、助かります」

「オレも! 朱雀もいつでも力になるからな。遠慮すんなよ」


 アンリとロッサから頼もしい言葉を貰い、奏澄はほっとして礼を述べた。




 説明が終わると全員で城を出て、預けていた武器を受け取り、アンリとロッサとはそこで別れた。アントーニオたちが働いていた食堂『ソリッソ』にはアンリが、マリーたちの『ドロール商会』にはロッサが、それぞれ業務の再開と仲間の無事を伝えてくれるとのことだった。

 その申し出をありがたく受け、たんぽぽ海賊団の仲間たちは、再びコバルト号へと乗り込み、航海へ乗り出すこととなった。


「みんな、ごめんなさい。やっと会えたばっかりなのに、なんか、また大変なことになっちゃったんですけど……。レオを取り戻すためにも、力を貸してほしい。よろしくお願いします!」


 かつてのように深く頭を下げた船長に、乗組員たちは苦笑した。


「なーに言ってんすか、船長」

「今更水臭いでしょ」

「俺ら『たんぽぽ海賊団』の仲間なんだから、遠慮なんかいらねぇよ!」


 これからの航海が困難であることは間違いない。それでも、こうして明るく笑ってくれる。

 彼らがいれば、大丈夫。


「たんぽぽ海賊団、出航!」

『応!』

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