#9 part1

「はい皆さんごきげんよう! メインパーソナリティーの黒鵜座一です! 本日もやってまいりましたブルペン放送局! というわけで今回が第8……え、9回? 9回だそうです皆さん! まぁそんな細かい事は忘れて元気にやっていきましょう。さて今回のゲストは~? 今回のゲストは~?」




 耳を澄まして誰かの登場を待つ黒鵜座。ところが彼の問いに答えるものは誰もいない。後ろから仲次コーチが白けた目で見ているだけで、ブルペンにはキャッチャーと黒鵜座、そして仲次以外誰もいない。ドームの中だというのに冷たい風が吹いたような気がした。




「え~、はい。あの~投手陣の皆さんに声をかけてはみたんですけどね。今回は総スカンを食らいまして。今現在収録中なんですけど、誰もいません。もう一回言います。誰も! いません! んどうしてこうなった! リスナーの皆さんには申し訳ない気持ちでいっぱいでございます」




 黒鵜座が深々と頭を下げる。しかしそれも一瞬の内だった。ばっと頭を上げてカメラに顔を近づける。




「で・す・が! 安心してください皆さん! 転んだところでただでは起きないのがこの僕、黒鵜座一です! ブルーバーズのクローザーの力をそう舐めないで下さい。というわけで『パイが無いならケーキを食べればいいじゃない作戦』を決行して呼んできました! それでは登場していただきましょう、『外野の魔術師』武留たける選手です!」




「えっへっへ。ちょいちょいそう言われると何か照れますやん。どーも、外野手の武留ですー」




 明らかに表情を崩しながらブルペンのドアを開けたのは、黒髪の坊主頭でくりっとした瞳が特徴的な青年である。身長はそこそこ高いがプロ野球選手、というには線が細く見える。




「っていうのはほとんどリップサービスなんですけどねリスナーの皆さん」




「ちょいちょいちょい!! ちょお待ってーな黒鵜座先輩、いくら何でも梯子外すんが早すぎやろーが! もうちょっとくらい上の景色を楽しんでもええやないですか!」




「上の景色ってなんだよ」




「えー、ってなわけでね。やって参りましょうと思うんですけどね」




「漫才かよ。そもそも何で仕切ってんだお前」




「え!? この番組って面白い野球選手を発掘するためのものとちゃうんですか!?」




「うん、伝言ゲームでももうちょっと正確に伝わるぞ。誰から聞いたらそうなるんだ」




「八家さんですけど」




「あぁ~……」




 確かにあの人なら誤解を招く事を言いそうだ。彼の事だ、きっと「君の個性を出す場だからね、思うままに羽を伸ばすがいいさ。何、大丈夫。大抵の事は一君がフォローしてくれるから」的な事を言ったんだろう。人任せにしやがってあの人はもう……。




「しかぁし! 俺は諦めへんで! ここで笑いを取って球団の人気を上げるんや!」




「あれ、何か気合入ってる? いやぁ協力的なのは助かるわ。久しぶりにまともな奴が来てくれたおかげでこっちも自由にやれるっていうか」




「そんでもってサイン会でぎょうさんの行列作ってスターの仲間入りするんや!」




「ん?」




「トークショーでコアなファンか転売屋しか集まらないような思いはもう二度と……もう二度と……!」




「私怨混ざってるぞ。というか欲丸出しじゃん。いや別にいいんだけど」




「黒鵜座先輩みたいな目立つポジションの選手には分からへんでしょうけど、死活問題なんですよ俺たち若手にとっては!」




「あーはいはい悪かったよ」




「さてはまともに聞いてへんなこの人。まぁええですわ。それで何で俺をゲストに呼んだんですか。あ、答えなくて結構。当てて見せますわ。俺のお笑い精神にビビッと来たんでしょ! そうやろ!?」




 ドヤ顔で黒鵜座を指差す武留。その姿はさながら名探偵のよう。失礼、訂正しよう。迷・探偵のようであった。




「そういう事にしてもいいけど」




「ん~? なーんか引っかかる言い方ですなぁ。怒りはしないですからちゃんと言ってくださいよ」




「だって暇そうだったし」




 ぴくり、と一瞬だけ武留の肩が震えた。コメント欄には「あかんですよ!」とか「あ~地雷を踏み抜く音~」とか流れているが言ってしまったものは仕方ない。取り消すつもりもないのだけれど。




「あー、はい。なるほど。俺がまだ準レギュラーとして立場が微妙って言いたいわけやな!」




「理解力が高くて何より。話しやすくて助かるわ~。はっはっは」




「……ぷっ、あっはっはっは!」




「「あっはっはっは!!」」




 実に和やかな空間である。見るがいい、黒鵜座も武留も満面の笑みを浮かべている。これ以上に素晴らしい景色があるだろうか、いやない。コメント上では「何この空間怖い」「不気味」という声が上がっているが、全く何を見ているのやら。




「はっはっは。っすー(息を吸い込む音)……っって笑えるわけあるかいアホンダラァァァァ!!」




「あっ、スイッチ入った。一応これラジオで聞いている人いるから音量に気を付けようね、いやもう遅いか」




「笑ってられんのも今のうちだけやからな! その内俺はビッグになる! そうなったらこうはいかへんですからね!」




「そういうのは練習で僕からヒットを一本くらい打ってから言いなよ。それはそれとして今更ですが武留選手の説明に参りましょう。知らない人もいるかもしれないですからね」




「だーかーらー! 一言! 余計やねん黒鵜座先輩は!」




 ぷんすこと怒る武留をガン無視して黒鵜座は話を続ける。




「えー武留選手はですね。高校時代には主に投手として、いや時々外野も守ってたのかな? まぁいいや、投手として活躍されまして。一時期二刀流とかで話題になってましたね。球が速い事が有名で、今でも球速は速いんだよね確か」




「最速は153km/hや!」




「わざわざ覚えてるあたり自慢に思ってそう」




「!?」




「入団する時は二刀流をやるのか? と噂になったんですが結局外野手一本で絞るという事で解決しまして。それからは順調に二軍でステップアップを積み、3年目くらいからちょくちょく一軍の試合にも出場するようになりました」




「お、ええ話もやればできるやないですか! もー最初からそう言えばいいのに! 黒鵜座先輩のいけず!」




「まぁ打撃成績はてんでダメなんですけどね」




「落とされた! 上げて落とされた今!」




「そして4年目となった昨シーズンは自己最多の63試合に出場。主に代走や守備固めなどスーパーサブとしての地位を確立した感じです。ウチには志村さんという守備の重りがいるから運がいいですね。武器は……身体能力の高さですね。何より肩が強い。今シーズンもまだ序盤ながら1回、いや2回くらい捕殺(投げてアウトにする事)を記録してますし」




「そらもう俺の肩は天下一品よ。俺の送球を見たファンが驚きのあまり顎が外れるくらい」




「弱点は調子に乗りやすい所ですかね」




「ちょいちょーい! 一回褒めたらけなさんといかん理由でもあんのかい!」




「それではCM入りまーす」




「無視すなー!」

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