#8 part5
「それではただ今より、『対志村逃亡阻止用作戦会議』を始める!」
「あっはは、なんか仰々しくてウケる。で、志村さんが逃げないようにする方法ですよね」
「そうそう、まず大事なのが必要以上に追いかけまわさないこと。志村さんは小動物と同じくらい危機意識が高いから下手に刺激を与えるのはNGね」
「でも志村さんって目を合わせたらすぐに逸らすし、何か話そうと思ったらいつの間にか周りにいなくなってるし。それじゃあどうやって話せばいいんだって話になりますよね」
「誘い出す事自体は案外簡単なんですよ。あの人野手とは普通に仲がいいから、野手の誰かと結託すれば特定の場所に連れてくる事も可能っちゃ可能です。ただ会った瞬間に逃げに転ずるけど」
「そもそも気になってたけど、何で志村さんって移籍しなかったんだろ。確か数年前にFA権取ってたよね? 守備でそこまで怯えるくらいならさぁ、指名打者のある海洋リーグのチームに行くのも一つの手なんじゃね? ちょっと年俸は高くなるかもしれないけど、あの人レベルの選手なら引く手あまただろうに」
「うん、それは僕も思ったんだけど。守備からリズムを作っていくタイプの選手っているじゃん?」
「え、まさか……」
「そうなの。志村さんはそういうタイプなんだよ。……あんまり良くない意味で。ミスした後で取り返すように打つからタチが悪い」
実際、守備で好プレーをすると打撃でも良い結果を残せる選手というのは多い。テンションがハイになっていると言えばいいのか、その分丁度いい気分で打席に入ることができるからだ。そんな選手が多くいる一方で、逆のパターンも存在する。守備でミスをした後に打つ選手だ。こういう選手はあまり多くないが、結構厄介である。自分のミスを自分で取り返す、という気持ちで粘り強く戦うからだ。志村は後者の最たる例である。外野手は記録にならないミスも意外に多いが、後逸などでエラーがつくこともある。そもそも後ろに誰もいないポジションである外野手がボールを落としたり、逸らしたりするなというのは当たり前の話だが、その後の志村は怖い。エラーをした後の打率、何と4割。2割5分打てれば御の字、3割打てればいい選手と呼ばれるプロ野球の世界において、この数字は異質である。……そもそもあまり取り上げられないから意味がないのだが。
「あー、確かにエラーした後はよく打ってるような……? そういえば俺っちがプロ初先発で降板した後にホームランを打って気が」
「打ってた打ってた。投手に援護点をくれるっていう意味ではいい打者かもしれないけど、守備面のマイナスが多いんだよ。しかもエラーが付かないくらいのミスが。打球判断をミスったり前にチャージして後逸したり。だからまぁ、投手の防御率だけが上がっていくんだよね。ただ志村さんが打線にいる事へのプラスとマイナスを示し合わせた結果、プラスの方が勝っているわけなんだけど。その分投手からの信頼は低いというか、正直僕個人の意見として後ろを守ってほしくないというか……早いとこ守備固めをしてほしいというか……」
「黒鵜座パイセンは志村さんがこのチームに残留して正解だったと思うわけ?」
「おおう、中々ハードな事を言うなお前も。確かに守備はちょっとアレだけど、打撃面で言えばあの人より打てる日本人打者がいないからなぁ。外野手の李選手、一塁手のドゥリトル選手がまず結構打ってくれるわけだけど志村さんはその三番手だからね。足は遅いけど長打も結構打てるし、今のところは良かったというか残ってもらうしかなかったんじゃないかな。あと志村さん、このチームが好きだって言ってたし」
では志村の場合はどうだったのか。シーズン中にFA権の使い道を記者に質問された際には『今はまだシーズンを戦い抜くことに集中したい』と言葉を濁していた。そもそもシーズン中に『移籍したい』という選手は滅多にいないのだが。そしてシーズンを完走した後は、メディアに対して『少し考える時間が欲しい』と発言し、ネットでも『これは移籍か』と騒がれた。しかしオフシーズンとなって一か月後会見を開く。内容は『FA権を行使した上での残留』という結論だった。一度行使すると再びの取得まで数年がかかる。つまり彼は、ブルーバーズの選手として最後まで戦う事を決断したわけだ。その理由として彼が挙げたのはチームに対する愛情であった。
『やはりこのチームで、ブルーバーズで最後までやらせていただきたいと思っています。今までここでお世話になった分、今度はここで残せるものを残していきたいという考えです』
「へー、いい話じゃん。ひょっとして泣かせに来てる感じ?」
「僕が知るかよ……」
実のところ彼が残留を決めたのは、FAした選手の後を考えた際に移籍した選手の寿命が短いからという理由もあったらしいが、美談にしておきたいのでやめておく。
「それで呼び出すのは簡単なんすよね。後はどうするか……」
「真摯に向かえば普通に応えてくれると思いたいけどねぇ。あの人肝っ玉が小さいから」
「あっ、そんな事言ってたら志村さんがヒット打ちましたよ。ここで……代走ですね。武留選手が代走という事はもうこのまま守備固めに入るつもりなんですかね」
「よし、じゃあちょっと行ってくるわ」
「えっと、どこへ?」
決心したようにすっと黒鵜座が立ち上がる。不思議そうにそれを見つめる海原をよそに、黒鵜座はドヤ顔で語り出した。
「決まってんでしょ、迎えに行くんだよ。志村さんを」
「え、こっち来るの? 警戒してこないんじゃない?」
「その点は大丈夫、ヘイスタッフ!」
「はい、交代したら裏に向かう様に連絡しておきました!」
「抜かりなくて草」
「じゃあ行ってきまーす! 楽しみにしとけよ海原!」
「あんま期待できないけど、りょ」
手を振りながら黒鵜座がカメラ外へと歩いていく。少しした後、黒鵜座と志村の会話が聞こえてきた。
「いやだから僕ら投手は別に怒ってるわけじゃないですって」
「そんなはずはない! 毎回ミスばっかの僕に痛い目を合わせに来たんだろ!」
「あっ、ちょっ、志村さん! おいこら待て、ちょい! 志村ァァァァ!!」
「あはは、注意点全部忘れてら。じゃあ次回予告です。次回のゲストは……未定? 未定だそうです! それじゃ次回をお楽しみにー」
その後、テレビ局公式のSNSにある写真がアップされた。笑顔の海原と、若干汗をかいている黒鵜座、そして真ん中に引きつった笑顔の志村の3ショットである。ネット上では「#志村光真」と話題になったとか何とか。良かったね!
~以下あとがき~
志村の応援歌です。
コウマ コウマ コウマ 熱い志抱き
コウマ コウマ コウマ 頂掴み取れ
オイ! オイ! オイ! オイ! かっとばせー! し・む・ら!
オオオ…(以下繰り返し)
リズムが良くて歌いやすいことから他球団ファンにも結構好評で知名度は高い設定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます