#7 part2
「うちの実家、トマト農家なんすよ」
「どうした藪から棒に。え、何怖い話?」
「まぁ話は最後まで聞いてください。それで家でよくトマトを食べる習慣があったんです。サラダとかピザとかスパゲッティのソースとか」
ヘタの取れたトマトを軽く上に放り投げながら左津陸は話を続ける。ちょっと待て、どこからトマト持ってきた。ブルペンの冷蔵庫にそんなものあったっけ?
「うん、まぁ農家ならではの悩みってやつですかね? 僕はそうじゃないので知りませんが」
「母親が料理好きだったおかげで、結構バリエーションには困らなかったんですよ。他にはチキンのトマト煮なんてものもありました」
「この時間帯にその話はきつい。お腹空いてくるじゃん。なんだよ殺人鬼モードの次は飯テロモードか?」
「そうやって育ってきたからトマトは好きなんですけど。一つだけ苦手なトマト料理? がありましてね。トマトジュースが飲めないんです。あのドロッとした濃厚すぎる感覚がどうにもダメで。本当にあれだけは勘弁してほしいんですよね」
「うん。……これ結局何の話?」
「あ、そうですね。そろそろ結論にいかないと。その影響で、赤い液体を見ると少し胸やけがするようになりまして。だからなのか、血がダメなんですよね」
「え、そこに繋がるの!? というかトマトジュースの影響強すぎでしょ! 普通逆だっつの! 何でトマトジュース嫌いが血が苦手に繋がるんだよ!」
吸血鬼は血を吸えない時にトマトジュースを飲んで気を紛らわすという。なんかこの場合は吸血鬼の逆バージョンみたいで嫌だ。サイコキラーへの道が遠すぎるというか、これもう無理では? まぁ本来目指すようなものでもないんだろうけれど。
「ところで何でトマト持ってんの?」
「何でって、そりゃあ食べるためですよ」
そう言って左津陸はトマトにかぶりついた。果汁が飛び散らない分、食べ方には慣れているようだ。赤い果肉が露わになる。そもそもトマトを丸かじりするか普通。そのワイルドさをもっと違う所で活かせたらな。
「いやそれは分かるけど何でわざわざトマト? そもそもそんなもの冷蔵庫にあったっけ?」
「俺が持ってきました。うん、やっぱ冷やした生のトマトは美味いっすね」
「犯人お前かよ……はい、というわけでそろそろ本題に戻ってまいりましょうか。えーここから先は視聴者の方から寄せられたコメントを拾っていく時間です。ここからはテンポよく、なおかつハイテンションで行きましょう。じゃあほら、真心。殺人鬼サイコキラーモード」
「ん、んん……ヒャーッハ、ゲホッゴホッ!」
高笑いをしようとしたところで、左津陸が思いっきりむせこんだ。あーあー、無理するからなんて言いながら黒鵜座がその背中をさすってやる。
「ほれみたことか。トマトなんて食べるから」
「ゴッホ、トマトの事を悪く言うのは許さないっすよ!」
「……お前もうトマト仮面とか名乗ったらいいんじゃないかな、いっそのこと」
「中々いい響きっすねゴーギャンッ」
「え、大丈夫? ってか途中からふざけてるでしょ」
「タバコを初めて吸った時の事を思い出すっすね」
「……吸うのが悪いとは言わないけど、選手寿命縮むぞ」
「あ、そこに関しては大丈夫っす。一回しか吸った事無いっすからモッネッ!」
伏せた顔を上げてけろりとした顔でOKサインを出す左津陸。うん、何も大丈夫じゃないんだけどね。っていうかもうわざとでしょ。
「えー何か腑に落ちませんが、進めましょう。まず一つ目のコメントから。『お二人の好きな寿司ネタは?』、僕はやっぱりサバの押し寿司ですかね。あの独特な味が好きなんですよね。真心は?」
「……ごほん、ヒャハハ。……タコっすかねぇ! あのプリプリ感は他に無いぜ! それにタコの血は青いからな! わざわざ赤い血を見なくて済むってもんだ!」
「あ、もう血が苦手なの隠さないのね。はい次、『オフの趣味は何をしていますか?』。僕は自分の奪三振集の動画を編集してにやにやしています。自分で言うのもなんですけど、結構インドアですね」
「俺様はさっきも言ったが映画鑑賞だ! やっぱり一番はアクション系の映画だな! 見ててスカッとするというか、気持ちがいいよな! あ、もちろんスプラッター系も見るぞ! あれに出てくる殺人鬼は中々秀逸なデザインしてるからな!」
「はい次、これ真心一人に向けた質問ですね。『サイドスローに転向したきっかけを教えてください』ですってよ」
「ヒャッハッハッハ! 確かに疑問に思うだろうよ! それはな……三振に打ち取った瞬間の絵面が芸術的だからだ。こっちに対して跪くように膝を落とすあの姿、絵画にして飾りたいくらいだ! っていうのもまぁ事実なんですけど、昔っからスライダーは得意な球だったんですよね。高校時代にそれを最大限に活かすために転向を打診されてからずっとこの投げ方ですね。社会人になってからもこれが一番しっくりくるというか、三振も取りやすいし丁度いいんですよね」
こう投げるんですよ、と軽く左津陸が自分のフォームを再現する。ファンにとっては見慣れた光景かもしれない。腕を横から振るそのフォームは確かに左対策として有効だ。
「じゃあ最後の質問行きます。『二人の理想的な引退の仕方を教えてください』とのことです。うーん、これは難しいですね。余力を残したまま潔く引退するか、それとも苦しみながらもがいて最後までやりきるか。どちらもいい引き際ではあると思うんですけど、やっぱり理想は余力を残して引退することでしょうか。まぁそっちの方が格好いい感じしますね僕個人としては。あと胴上げはマストです。一生に一度でいいから胴上げされる側になりたいですね。はい、次は真心な」
「ふむ……人生とはキャンバスだ。最後の一筆をどう華々しく、そして美しく散るかが一番重要になる」
「あれ、これ野球人生の話だよね。ガチの人生の話じゃないよね!?」
「とはいえ俺、あ、いや俺様?」
「もうキャラがブレブレじゃねーか。もう好きな方でいいよ」
「じゃあ俺で行かせてもらいます。俺はそこまで自分が優れた選手ではないことは分かってるっす。恐らく最後に胴上げされるような選手ではない事はよくよく理解してます。だから……いや、だからこそ短くとも太く線を引いていたい。それで誰か一人でも多く自分の事を覚えていてくれればいい。俺はいつでもこの登板が最後になってもいいように準備してるっす」
「お、おお……思ったよりまともな返答が返ってきてびっくりした。そんな卑下しなくてもいいのに」
「この先大きな怪我をするかもしれませんから。まぁそのためにもルールに違反しない限り色んな手を使いますけどね」
「……あれ、もしかして実はサイコパスだったりする? えーではここでCMです」
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