#7 part1
「えーっと、3日ぶりと言えばいいんですかね? 金曜日の夕方、つまりは仕事終わりにグイっとビールを飲みたくなる時間帯。そんな愛知ドームからこんばんは、司会の黒鵜座一です。はい、今回はそこまで言うことないんですよね、この番組と言えば最初の僕のマシンガントークが特徴らしいんですけど。うーん、あ、そうですね。皆さんそろそろ4月も中旬に至るころになりますが、仲間や友達などは出来ましたでしょうか。春と言えば新しいシーズンですよね。学生の方は一学年上がるか進学した感じでしょうし、就職した方もいると思います。つまりは新しい出会いの季節ですよね。まぁ社会人になればそんなものはないのかもしれませんが。何事もスタートが大事です。勢いつけすぎて転ばないようにだけは気を付けてくださいね。……はい、それではゲストの紹介に参りましょう。『なんちゃってサイコキラー系左殺し』、
「ヒャーッハッハッハ!! 待たせたなてめーら!! 左津陸タイムの始まりだぁ!」
高笑いとコテコテのセリフを吐きながら現れたのは、銀色と赤色が混じった髪をしたつり目の青年だ。銀髪は地毛だが、赤はヘアスプレーで染めているらしい。本人曰く「こうした方が返り血浴びたみたいで雰囲気出るじゃないですか?」との事である。それでこの前監督から叱られていたようだが。形から入る不良がいるように、彼もこうして形から入っているというわけである。
「……わっかりやすい反面教師が出てきてくれましたね。皆さん間違ってもこんな感じのデビューはやめておきましょう」
「おいおい辛気臭い顔してんじゃねーっすよ黒鵜座さん! これもファンサービスってやつでさぁ!」
「うるさい、派手、変なキャラ。2アウト2ストライクってとこかな。八家さんほどじゃないですけど、うちには変人が多いですね」
「何を言いますか! 今のプロ野球に必要なのはこういう尖った個性っつーやつだ。その点、俺様は違う! 俺様は人を狩るキラーだ、そんじょそこらのやつとはわけが違うんすよ!」
自分のキャラを保ちながらも敬語を使うあたり、左津陸はまともな部類と言える。年齢でいえば第一回ゲストの石清水禄郎と同年代にあたる彼は、社会人出身だ。まぁ彼にも色々あったのだろう、知らんけど。
「分かった分かった。とりあえず半径1メートル以内に近寄らないでもらえる?」
「えっ、ひどっ!? ……こ、殺してやるぞこの野郎!」
「迫力が足りない、もう一回」
「殺してやるー!」
「そんなんでサイコキラーやれると思ってんの? 見通しが甘いよ、もっと殺意をこめて」
「ぶ、ぶっ殺してやる!!」
「及第点だな」
辛口評価をつけながら、黒鵜座は視線を落とす。実は彼がこうなったのにも理由がある。というか何もなくてこうなるのならただのヤバい奴だ。
「心身ともに左キラーになるためには、もっとだ。もっとやべー奴を出さなくては……!」
そう、真面目過ぎるが故なのだ。その能力は確かなのだが、少しずれているところがあるのが左津陸の欠点だ。昨シーズン、監督から「お前は左キラーになれ」と言われて以降ずっとこんな感じである。多分キラーとは何かを突き詰めて考えていった結果がこの有様なのだろう。誰か指摘してやらなかったのか。というかまだ始まって数分しか経ってないのにキャラがもう崩れつつあるのはどうなのよ。
「お前さぁ、まぁ頑張ってるのは分かるけど努力の方向性を間違えてない? キラーって暗喩というかあくまでもそんな感じになれとは誰も言ってないからね?」
「いやそんな事は無いっすよ! いや、無いぜ! 悪い奴っぽく振る舞うために家で鏡を見ながら高笑いの練習十五分間ッ! 一週間に一回はスマホでサイコホラー映画の鑑賞ッ! まぁグロテスクなの自分ダメなんでほとんど音声しか聞いてないけど! とにもかくにも続けること1年間! こうして作り上げた結晶が今の俺様というわけだ!」
「途中で妥協してんじゃん」
「頑張ったんです! Aエイソンシリーズとか、殺人人形とかの映画も目を通しました! そして俺は、いや俺様は学んだッ! ピッチングは受け身ではダメだ、敵を倒すためには明確な殺意が必要であると!」
「やっぱずれてんだよなぁ……、えーそんな悲壮な決意を聞いたところで軽く彼の説明をしましょうか。左津陸選手はどのチームにもよくいる対左専用の左のサイドスロー投手です。前にどこかでストレートが高い割合を占めるのが普通と言いましたが、例外の二人目が彼です。投球の6割近くがスライダーです。後は左打者の内角にえぐりこむシュート回転のストレート。この二択ですね。え、球種が少ないって? リリーフって言うのは少なくても大きな武器を持ってるのが大事なんですよ。ね、真心」
「そんなところっす。あ、だぜ?」
「ではお便り紹介に参りましょうか。ペンネーム『岩倉使節団』さんから。『黒鵜座選手、左津陸選手こんばんは。僕は今年の春から高校生活がスタートしました。ところが中々友人が出来ません。このままではあっという間に僕の青春が終わってしまいます。なのでお二人には友人を増やす方法を教えていただきたいです』との事です。うーん、まぁ友達なんてものは心配しなくとも勝手に出来てくるものですし、あんまり深刻に考えない方がいいんじゃないですかね。無理に相手に合わせてお互いが辛い思いをする方がよっぽど損です。真心はそこのところどうなのよ」
「んっんん。あー、あー。……ヒャーハッハッハ!! そんなもん簡単だろうがよぉ!」
「あっ、殺人鬼サイコキラースイッチ入った」
チューニングをしたかと思えば左津陸が例の高笑いを上げる。こういう所の切り替え方というのは、もしかしたら見習うべきなのかもしれない。
「友人を作りたいだぁ!? だったらやる事は一つだ、趣味を大事に持っておくがいい! 同じ趣味を持ってる野郎ってのは必ず一人や二人以上はいるもんだ! 例えば映画! チェーンソーで人を真っ二つにするスプラッタ映画は好きかぁ!? 血と臓物が噴き出るあの瞬間がたまらねぇよなぁ! ……俺は好きじゃないけど」
「ん、何か言った?」
「な、何も言ってない、んだぜ? とにかく! よほど独特な趣味じゃない限り友達は出来ると思うぜ! 趣味はコミュニケーションを取るためにこれ以上ない手段だからなぁ! ヒャーッハッハッハ!」
左津陸はかなり頑張って声を張ったらしい。コップになみなみと注がれた水をぐいっと飲み干した。その様を黒鵜座が頬杖をつきながら見つめていた。
「……何か普通」
「……へ?」
「そういうキャラで行くならもっと捻ろうよ! こう、もっとさ。『ヒャーッハッハッハ! 教室で一人ナイフを舐めてれば一目置かれるぜェ!』とか言った方が良かったんじゃない?」
「何言ってるんすか黒鵜座さん。頭おかしいんですか」
「え、待ってこれ僕が悪いの? っていうか突然マジな事言うか普通? えー……はい、一旦CM行きましょう」
「あ、逃げた」
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