#6 part5

「そろそろほとぼりが冷めたころでしょうか、では番組の方に戻ってまいりましょう! 今はえーっと、7回の表、こちらが1点ビハインドですね。さてここで登板する投手は……そうですね、サク先輩ですね」


 


 


 


 ここで登板するのが滑川だ。基本的に第二回ゲストの芝崎や滑川は接戦、もしくは若干ビハインドの場面で登板する事が多い。本来なら若手が埋めるポジションではあるのだが、二人とも実力面では申し分ない。そもそもこのように競った展開はよくあるものだ。打線が逆転するためにいかにして繋ぐか、それもリリーフに託された大事な使命である。


 


 


 


「ちょっとコメントを読みましょうか。『黒鵜座選手から見た滑川選手の強みはなんでしょうか』という事ですね。うーん、そうですねぇ……特にココがすごい! みたいなところがあるわけではないんですけど。ただそれでも逆に言えば何でもできることが強みじゃないでしょうか」


 


 


 


 投球練習を終えた滑川がバッターの方へと向き直る。その初球、大きく振りかぶった左腕から右打者の内角にストレートが投げ込まれた。一般的にクロスファイアーと呼ばれるこのコースは、打者をひるませるのに十分なものだ。続いて2球目、今度は沈むスクリューを打者が見逃して1ボール1ストライク。並行カウントになった。


 


 


 


「基本、サク先輩は速球で押してアウトを取っていくタイプなんですよ。ただ状況に応じてピッチングスタイルを変化させることのできる器用なピッチャーでして。そこらへんはまぁ相手にとっては厄介ですよね。と、そんなことを話しているうちに1アウト目を取りましたね」


 


 


 


 結局、一人目の打者は6球目のストレートを打ち上げてレフトフライ。ただしかし、ここからが試練であった。続く打者にフルカウントまで粘られ四球を出すと、次の打者はセンター前にはじかれる痛烈なヒット。一気にピンチを招く結果となった。


 


 


 


「う~ん、これはまずいですね。調子が良くないというか何というか。良い時のサク先輩はなんにでも化けられる厄介なピッチャーになれるんですけど。今日の彼は何というか……どっちつかずと言えばいいんでしょうか。少し中途半端になっている気がします。本人もある程度気づいてはいるみたいですし、試合の状況を鑑みても何としてもここで食い止めておきたいですね」


 


 


 


 マウンドでは内野陣が集まって話し合っている。1アウト、一二塁。ゲッツーで切り抜けるのが理想だろうから、守備のシフトも変更されるだろう。さて、どう切り抜けるか。そんなことを想像している黒鵜座の下に、またもスタッフから紙が手渡された。


 


 


 


「……え、これ読むんですか? さっきのアレを見るに全く信用できないんですけど」


 


 


 


「そこを何とかお願いします。騙されたと思って、読んでみてください」


 


 


 


「それで本当に騙されたんですよさっき」


 


 


 


「お願いします」


 


 


 


「ごり押しじゃん。あー、もー読みますよ読めばいいんでしょ読めば!! えー『お父さんへ』……またこのパターンからか。『ぼくのお父さんはプロやきゅうせんしゅです。』……ん? これは、あれですか? ひょっとしてそういう事なんですか?」


 


 


 


 何かに勘づいた黒鵜座に対して、スタッフがサムズアップを返してくる。うん、違うよ? そこでサムズアップは求めてないんだけど?


 


 


 


「はい、スタッフは放っておくことにして。こういうのにも慣れていかないといけないんですよ皆さん。気にせず続き読みましょう。『かえってこないことが多いし、ふまんはたくさんあります。』あぁ、うん。子供としてはそうですよね。僕も父があんまり帰ってこない事に対してイライラする事は何度かありましたもん。『だけどテレビの中のお父さんを見ると、全部ふっとびます。やっぱりお父さんはかっこいいです』」


 


 


 


 マウンド上では、汗を流しながらも真剣にサインを見つめる滑川の姿の姿がある。子供を持つ人にとっては涙無しには聞けないシーンだろう。


 


 


 


「サク先輩、頑張ってくださいよ……こんな手紙貰っておいて、ダメでしたなんて父親として無いでしょ」


 


 


 


 思わず黒鵜座の喉から言葉が出てくる。本人は知らないかもしれないが、その肩には子供や妻からの応援がかかっている。カウントはまたしてもフルカウント。7球目、セットポジションから投球フォームに入る。


 


気合の入った声と共に投じられたその一球は、かつて滑川の代名詞とも呼ばれたストレートだった。


 


 


 


「ストライ―ク! バッターアウト!」


 


 


 


 球速にして150km/h。コース、角度、共に完璧。打者が分かっていても手を出せないボールだった。まさに原点回帰といったピッチング。サク先輩が小さくガッツポーズをしているのが見える。何だろう、見ているこっちが泣きそうになる。


 


 


 


「『これからも自まんのお父さんでいてください。1年2組 なめ川たく』……はぁ、今の子供はしっかりしてますね。うん、中々に泣ける話じゃないですか。というか何でこれを最初から出さなかったんです? 回りくどい事してないで、サク先輩に聞かせてあげればよかったのに」


 


 


 


「それは……この子からの要望です」


 


 


 


「要望、ですか?」


 


 


 


「この手紙を放送する条件としてお子さんにお願いされたんです。直接言うのは恥ずかしいから、お父さんがいない時にこれを読んでほしいと」


 


 


 


「放送されることに関しては気にしないんだ……」


 


 


 


「私が言える話ではないですけど、やっぱりどこかで伝えたかったんじゃないですかね。子供って変なところ気にするじゃないですか、最近の子なんて特に。だけど気持ちは伝えたい、その矛盾するような心境が発露した結果がこれじゃないかと思います」


 


 


 


「なるほどねぇ。たく君、お父さんは立派なピッチャーだよ。うん、球界屈指のクローザー様が言うんだから間違いない。だから誇りを持って、思い切り学校で自慢しちゃってください。おや、球場が騒がしいですね。……良かった、どうやら抑えたみたいですね」


 


 


 


 画面の先では丁度滑川が打者をショートゴロへと抑えたところだった。一点差を守り切ったまま、そのタスキをつないだ。この流れではひょっとすると黒鵜座の登板もあるかもしれない。少しだけ、黒鵜座の頬が緩んだ。


 


 


 


「じゃあ僕の書いた文集も無駄にはならなかった……とでも言うと思ったかぁ! あの部分は確実に無駄だったわ! たく君の事を考えても明らかに余計だったろ僕のところは!」


 


 


 


「え、許す流れじゃなかったんですか?」


 


 


 


「誰が許すかぁー! ファァッッキュー!! このまま感動的なムードで終わらせようったってそうはいかないですからね!」


 


 


 


「黒鵜座さん、次回予告次回予告」


 


 


 


「何で君たちそんな冷静なの!? 今こっち怒ってるんですけど! まぁ説教はこの番組が終わった後にいくらでもしましょう。えー、次の放送はアウェーでの3試合を挟んでの第7回になります。次回のゲストは『なんちゃってサイコキラー系左殺し』、左津陸真心さつりくましん選手を予定しております。それでは次回、乞うご期待!」


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