#6 part4

「はい、CMも明けましたところで恒例のこのコーナー! 『黒鵜座一先生の~? お悩み相談室』ー!! えーこのコーナーはですね、選手達のお悩みを僕、黒鵜座一が解決してあげようという企画であります! まぁ始まったのは前回からなんですけどね。それではサク先輩、拍手をお願いします!」


 


 


 


「えぇ……何で俺が……」


 


 


 


 口ではそう言いつつも、拍手を送ってくれるあたり滑川の度量の高さがうかがえる。流石プロ野球選手の中でも群を抜くほどの人格者と言われるほどはある。


 


 


 


「で、早速なんですがサク先輩のお悩みを聞かせてもらいましょうか!」


 


 


 


「脅迫に使ったりしないよな?」


 


 


 


「僕の事なんだと思ってるんですか。安心してください、使いませんよそんな事には」


 


 


 


「……なんだよ」


 


 


 


「え、なんて?」


 


 


 


「たまに見てて分かるかもしれねぇけど、結構ビビりなんだよ俺。何か怪我の原因が増えるごとに苦手というか敏感になるというか。あー、もー、言うんじゃなかった―!!」


 


 


 


 両手で顔を隠しながら絶叫する滑川を、黒鵜座が肩を叩きながらなだめる。滑川とそこそこ一緒にいる時間が多い黒鵜座にとっては共感できるものだった。


 


 


 


「確かにサク先輩は音に敏感というか、でかい音したらすぐにどっかに隠れますよね。それにさっきバナナ見てただけでビビってたし……ちゃんと日常生活送れてるんですか?」


 


 


 


「失礼な! それくらいはちゃんと出来るわ!」


 


 


 


「じゃあ、ほら……」


 


 


 


「ん?」


 


 


 


 すっ、と黒鵜座が両手を差し出す。滑川はその意味も分からず、差し出された両手に目を向ける。その瞬間、黒鵜座がパン、と両手を叩いた。それはあくまでも、本当に軽く滑川を驚かせるためのドッキリ―――。脳が理解するよりも先に動いたのは体の方だった。とっさに横に跳んでしゃがみこむ。そんな滑川の様子を、どこか冷めた顔で黒鵜座は見つめていた。


 


 


 


「何してんすか」


 


 


 


「いや、ほら、その……蟻が、歩いてるなーって」


 


 


 


「あ、そこゴキブリいますよ」


 


 


 


「~ッ!?」


 


 


 


 今度は飛び跳ねてイスにガタンと勢いよく音を立てて座り込んだ。そんなビビり方をしているから怪我が多いんじゃないか、と黒鵜座が思ったのは内緒である。


 


 


 


「なるほど、これは重症みたいですね」


 


 


 


「お前ッ、マジで先輩からかうのもほどほどにしとけよッ……!」


 


 


 


 今にも息切れしそうな滑川を半笑いで見ながら、黒鵜座は思った。この人年の割にまだまだ元気だし愉快だなと。いや驚かせた元凶は自分だけれども、いざという時にそれくらい動くことができればまだまだプロ野球選手としてもやっていけるでしょう。


 


 


 


「とはいえ、ビビりを直すって中々難しいんですよね~。僕の昔の友達にピストルの音が苦手な子がいて。その子小学校卒業するまで運動会の徒競走ではずっと耳を塞ぎっぱなしでしたもん。そういうのって性分というか、生まれもっての宿命っていうんですかね」


 


 


 


「はぁ~……そうだよなぁ。そう簡単に解決するわけないよなぁ……」


 


 


 


「まぁ待ってください。物は捉えようですよ。逆にそれは警戒心が強いという事じゃないでしょうか。何事にもしっかりと真剣に受け止められるというのは、誇るべきポイントとも言えますよ。それに下手にビビらずボールに手を出して怪我をするよりは、その時怪我せず普通にヒットを許す方がいいんじゃないですかね?」


 


 


 


「そうか? いや、でもなぁ……」


 


 


 


 合点がいかなさそうな滑川に対して、たたみかけるように黒鵜座は仕掛ける。こういう出まかせ……じゃない、理屈で言えば黒鵜座は高いレベルにある。


 


 


 


「それでもダメなら、もういっそのこと慣れましょう。経験を積んだらきっと笑い飛ばせるぐらいになりますよ。例えばバナナがダメなら見て慣れてしまえばいいんです、よしそうとなったら急いでバナナを持ってきましょう」


 


 


 


「分かった、分かった! ……頑張って慣れるから、今はいい」


 


 


 


「そうですか。ならよかったです。ん? 何? 手紙のサプライズ? 誰から?」


 


 


 


 何やらスタッフが話し込んだ後、何かの紙が黒鵜座へと差し出された。何故か質問には答えないが、かなり大事に扱われているらしい。少しボロボロになっているそれを開いてみると、それは誰かに対する手紙だった。


 


 


 


「……え、これを読めって? ここのスタッフから差し出される時点で何か嫌な予感しかしないんですけど」


 


 


 


「いいじゃねーか、手紙の一つや二つくらい。読んでやれよ」


 


 


 


「仕方ないですね。読んであげないと話が進みそうにもないですし。えーっとなになに? 『おとうさんへ』……?」


 


 


 


 瞬間、黒鵜座の脳内に電撃が走る。あ、これはひょっとしてそういう事なのか!? ここのスタッフがそんなお涙頂戴的な演出をしてしまうのか!?


 


 


 


「『ぼくのおとうさんはいつもかえってくるのがおそいです。かえってこない日もあります。おかあさんにきくと、いつもかぞくのためにがんばってるのよ、といわれます』」


 


 


 


「こ、これは……まさか……!?」


 


 


 


「『おとうさんとずっといっしょにあそびたいとおもうけど、いそがしいからたいへんなんだとおもいます。おとうさんがどんなしごとをしているのかはよくわからないけど、いつかわかる日がくるのかな』」


 


 


 


「はうあッ!!」


 


 


 


 黒鵜座が横を見れば、滝のように涙を流している滑川がそこにはいた。……大丈夫かこれ?


 


 


 


「『それでもいえではげんきにおはなししてくれるおとうさんのことがだいすきです。いつもくーるでかっこいいおとうさんがいてくれるから、おうちはいつもあかるいです』……んん?」


 


 


 


「……続けてくれ」


 


 


 


「あの、言っておきますけどこの先を聞いて後悔しないようにしてくださいね?」


 


 


 


「何を後悔するっていうんだ、こんな感動的なエピソードがあるか! 俺は……俺はもう涙で前が見えん!!」


 


 


 


「えーっとじゃあ続けましょうか。『こんどおとうさんがかえってきたときはキャッチボールがしたいな』」


 


 


 


「そんなもん、何度だってしてやるよ……!」


 


 


 


「『きょうもおしごとがんばってください。かっこいいおとうさんはぼくのあこがれです。いつまでもくーるなぼくらのヒーローでいてください。……1年3組、くろうざ一』……」


 


 


 


 分かってたよ。どうせそんな事だろうと思ってたよ。何か途中からやけに「くーるくーる」うるさいから嫌な予感はしてたんだよ。くーるくーるって何なんだよ当時の僕。回りすぎなんだよメリーゴーランドか。いや、むしろ……コーヒーカップ? そんなアホな事を思っている黒鵜座の肩が大きく揺さぶられる。


 


 


 


「黒鵜座ァ! お前、おまっ、お前ェェェ!!」


 


 


 


「ちょっ違っ、これ持ってきたのスタッフ! スタッフだから! っていうか言ったじゃないですか後悔しないでくださいって!」


 


 


 


「知るかぁぁぁ!!!」


 


 


 


 おいスタッフ止めろマジで! というか何でこんな物持ってんだよ悪魔かお前らは! いや渡したの家族だな性格悪っ! 錯乱したサク先輩の肩を引っ張って止めてくれたのは、仲次コーチだった。


 


 


 


「おい、何してんだ。まぁいいや、サク。準備」


 


 


 


「……はぁっ!? あ、えーっと、うん、準備ですね。すまん黒鵜座、この埋め合わせは必ずどっかでするから!」


 


 


 


 コーチが来てくれなかったらはたしてどうなってたのやら。危なかった。


 


 


 


「えー、はい。収拾のつかないこの状況ですが、一旦CMを挟んでお茶を濁すことにします。あの、サク先輩は家族思いの良い方なので! 決してそこは勘違いしないでください。それではっ!」

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