#6 part3

「さぁそろそろお便りを消化していかないとまずいんで頑張っていきましょう。それじゃあサク先輩、お願いしまーす!」


 


 


 


 いつも通りのお便りボックスを取り出す。黒鵜座が滑川にハガキを取り出すように指示をした。


 


 


 


「分かった。えーっと、これを読めばいいのか?」


 


 


 


「はい、そうです。お願いします」


 


 


 


「ペンネーム『とある高校の主計科選手』さんから。『黒鵜座選手、滑川選手こんばんは。滑川選手にお聞きしたい事があります。失礼な事を聞くようで申し訳ないのですが、肩を怪我したときはどのような感覚だったのでしょうか』……ということです」


 


 


 


「あー……まぁそういうのはウチのチームじゃサク先輩が一番詳しいですよね」


 


 


 


「まぁな、人よりそういう経験があるからそういうのには詳しい自信があるぜ!」


 


 


 


「さっすがサク先輩! 頼りになりますね!」


 


 


 


「だろ!? もっと頼ってくれてもいいんだぜ!」


 


 


 


 ※怪我の多さの話です。皆さんはそもそも怪我を多くしないように気を付けましょう。


 


 


 


「冗談はここらへんにしておいて……僕はそんなに怪我した事ないので分からないんですよね。実際どんな感覚なんですか?」


 


 


 


「いや、人の体ってさ。思っている以上に脆いんだよ。感覚だからこう、上手く言うのは難しいんだけど全身がガラス……的な?」


 


 


 


「それって『ガラスのエース』のサク先輩だけにしか分からないたとえじゃないですか?」


 


 


 


「まぁほら、自分の体でしか生きた事無いから分からねぇけどこれはガチだから。怪我をする瞬間ってのは体にヒビが入る感じなんだよ。それから鋭い痛みと冷たい汗が流れて、だんだん『ああ、怪我したんだな』って分かってくる。慣れてくれば『あ、これ無理だわ』ってなってくるけど」


 


 


 


「分かるようで分からない。じゃあ怪我しないためのコツっていうのはあるんですか?」


 


 


 


「よりにもよって俺に聞くか?」


 


 


 


 その場の空気が何か申し訳ないものに変わっていく。流石、積み重ねた怪我の数が違うといったところか。褒めるべきところでは確実にないんだろうけれど。


 


 


 


「逆に怪我が多いがゆえにあの時こうすれば良かったとかあるじゃないですか。これからの未来ある若者のために、そこを何とかお願いしますよ」


 


 


 


「あぁ? つってもほとんど参考にならねーぞ? まぁそうだな、『無理をしない』っていうのが今の子供たちにとって一番分かりやすいんだろうけど何か抽象的だよな。一番具体的なのは『自分の限界を知っておく』っつー事だな。お前も酒を飲みすぎて吐いたことくらいあるだろ?」


 


 


 


「いやまぁありますけど……その例え大学生とかおっさんじゃないと分からないじゃないですか」


 


 


 


「分かりにくい事は認めるけどよ、これに尽きるんだよ。一度怪我をすることで自分の体の限界がどこにあるのかを理解しておくのは本当に大事なんだよ。あぁ、今ここに負担がかかりすぎていたんだなとかを理解するのにも役立つし」


 


 


 


「その割にサク先輩は怪我多いですけど」


 


 


 


「そりゃあお前、俺は色んな所にメス入れてるからな。肩や肘、しまいには指先まで手術したことがあるんだから」


 


 


 


「指先って言うと、あの事件ですか。『利き手はやめろヨーグルト事件』」


 


 


 


 一見するとアホみたいな名前だが、事件は事件である。説明しよう、利き手はやめろヨーグルト事件とは! 6年前、先発として登板した滑川がノックアウトされてベンチに戻った際に起こった事件である。その日の滑川はかなり出来が悪く、本人も気が立っていた。その怒りはベンチに戻っても収まらず、グラブをベンチに叩きつけようとしたその時。思わず手先が滑ってベンチを拳で殴りつけてしまったのだ。その結果、指を骨折。その一部始終をテレビカメラにすっぱ抜かれた挙句、監督からも「利き手はやめろヨーグルト!(?)」と言われる散々な始末を残した伝説(笑)の事件である。


 


 


 


「おい人の黒歴史掘り起こすなそれ犯罪だからな!」


 


 


 


「あれ以来道具を大事にするようになったらしいですね、何かちょっとでも悪い事するとすぐに厄災が降りかかってくるところが本当にサク先輩らしいというか。前世で何やったんです?」


 


 


 


「俺が知るかよ……」


 


 


 


「まぁそこら辺が話題になるのも愛されている証拠という事で受け取りましょう。では次のハガキですねー。ペンネーム『ブルガリア』さんより。『黒鵜座選手、滑川選手こんばんは。今私は高校野球で心が折れかけています。お二人は野球を辞めたいと思ったことはあるのでしょうか』、という事ですね。えーっと、無くはないですね、小学生中学生の頃の話ですけど。練習も理不尽だし、走り込みや球拾いばっかりだったし、何でこんな事やってんだろうと思ってました。今プロ野球選手になれたのはそういう事を乗り越えた……ってほどじゃないですけど、その時なにくそと思ったからです。サク先輩はそこのところどうなんですか?」


 


 


 


「そりゃああるに決まってんだろ。どんだけ好きでもやめたくなることくらい誰にでもある事だ、恥じる事じゃない。俺の場合は『やめたい』、というよりは『潮時か』と思ってたけどな」


 


 


 


 滑川には、一度育成選手に落ちた過去がある。決して実力不足というわけではなく、怪我の療養のためという理由だったが本人にとってはかなりの屈辱だったらしい。今でこそこう語ってはいるものの、当時は今にも舌を噛み切らんぐらいの勢いだったのを黒鵜座は覚えている。


 


 


 


「あの時引退しなくて良かったですよ本当に。今にも死にそうな顔してましたもん。何が現役続行の決め手になったんですか?」


 


 


 


「いろいろ理由はあるけれど、やっぱり家族の為かな」


 


 


 


「あ、金銭的な面でってことですか?」


 


 


 


「生々しいな!」


 


 


 


「何をいまさら」


 


 


 


「……まぁそれもあるが、シーズンオフに長男の世話をしている時に思ったんだよ。『この子は俺がプロ野球選手だってことを知らないんだろうな』って。そう考えたら何か悔しくなっちゃってさ。せめてこの子が物心つくまでは、カッコいいお父さんでいたい。誰かのためなんて理由は不純だと思われるかもしれないけど、だから俺は頑張る事が出来た。リハビリも、苦しかったけれど意味があった。一軍でリリーフとして再出発して登板した時はファンの方にも拍手を送られて涙が出そうだったよ。だからいつか戦力外になるまではあがいてみようと思ったんだ」


 


 


 


 ま、眩しい……! 立派な志がない黒鵜座にとってそれはあまりにも眩しすぎるものだった。


 


 


 


「もう立派な事で。あー、涙が出そうだなー! あー!」


 


 


 


「もうちょっと目を潤ませてから言え。まぁ少しでもカッコいいところを見せられるように運動会でもガチるけどな」


 


 


 


「せっかく感動したのに! やめてくださいよプロ野球選手が大人げない! もう全く……はい、それでは一旦CM入りまーす、チャンネルはそのまま!」

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