#6 part2

「むぐぐぐ……バナナうま~! いや~いい時代になったものですよ、こうして栄養補給が楽にできるようになりましたからね!」


 


 


 


 CM明け。カメラが映したのは満足そうにバナナを口いっぱいに頬張ると、何故か顔色を悪くしている滑川の姿だった。


 


 


 


「あの~、黒鵜座選手。もうカメラ回ってます」


 


 


 


「うっそマジで!? いやでも後バナナもう少しだし、完食しないと農家の方に失礼でしょ! って何でサク先輩そんなに顔色悪いんですか。もしかしてバナナが欲しかったとか?」


 


 


 


「いや、そんなんじゃなくて……昔、道端に捨てられてたバナナで転んで骨折した事があってな」


 


 


 


「思ってたよりもっと古典的でアホみたいな理由だった! あー、ありましたねそんな漫画みたいな事件。モグモグ……ゴクン。あー、美味しかった。フィリピンのバナナ農家に感謝ですね。それではコメントの方少し読み上げていきましょうかね。僕少し気になっていたコメントがあって……『滑川選手は若い頃先発をやっていましたが、今でも先発に対する未練があるのでしょうか』っていうものなんですけど。そこんところどうなんでしょうか」


 


 


 


 そこのところは黒鵜座も気になっていた。滑川は怪我こそ多いものの、結構優秀な投手である。元々は先発として投げていたし、そっちで投げたいという気持ちがあっても何らおかしくない。むしろ選手間では滑川の怪我の多さに呆れた首脳陣が無理矢理配置転換したのではないかという噂まで広がっていた。


 


 


 


「あー、その件な。この際誤解の無いようにはっきり言っておくけど、別に監督と喧嘩とかしたわけじゃないからな。自分からはっきりリリーフが良いって言ったんだ」


 


 


 


「えっ、そりゃあ何でですか。自分がこういうのはどうかとも思いますけどリリーフって年俸安いし連投もあるし給料の割に合わないし大変でしょ」


 


 


 


「まぁ色々と理由はあるけど、まず一番はチームのためだな。その時はまだリリーフも手薄だったし、そこなら自分の強みを活かせると思ったんだ。それにぶっちゃけ、体力がもう落ちてきてんだよ。一週間近く間が空くとはいっても流石に1日100球はキャンプでもない限りきついって」


 


 


 


「……早熟?」


 


 


 


「うるせーよ普通だわ! お前も30過ぎたら分かるようになるだろうよ! ……それに、視点を変えて見る事で景色も変わってみられるしな。生意気だけど、いい後輩も出来た。優勝だって経験できた。割とやりがいを感じるし、いい仕事につけて俺は幸せ者だよ」


 


 


 


 どこか満足そうに笑みを浮かべる彼の姿に、少しだけ黒鵜座は不穏な何かを感じ取った。確かに、いつか来るとは分かっていたけれど。いくら何でも早すぎる。


 


 


 


「えっ何ですか、サク先輩死ぬんですか!?」


 


 


 


「失礼にもほどがあるだろお前」


 


 


 


「まぁでもサク先輩昔っから人に教えるのが好きですよね」


 


 


 


 考えてみれば、サク先輩は昔っから仲間思いと言うか世話焼きというか、後輩と一緒にいる場面が多い。かくいう黒鵜座自身もよく指導してもらったタチだ。


 


 


 


「分からない視聴者諸君のために説明しましょう。サク先輩はかなり指導熱心な方でですね、僕もルーキーイヤーからお世話になっている存在なんです。昔は速球派の投手として投げていて、今はどっちかというと培った技術で投げているピッチャーなので色々分かるんですよ。だから大抵のピッチャーの事は理解できているみたいで。感覚派とか理論派とかで対立する事もありますけど、いつだってサク先輩は中間にいてくれて指導してくれるんですよね。そういう指導を受けた選手たちはよく『滑川チルドレン』なんて呼ばれるんですけど、今のチームの基礎は彼らによって成り立っているわけです。選手、特に熱田や北あたりの速球派は確実に頭が上がらないレベルだし、監督たちも感謝しきれないんでしょうか」


 


 


 


「お前が俺の事をべた褒めするなんてな。……あれ、ひょっとしてマジで俺死ぬの?」


 


 


 


「死ぬまではいかなくとも、もしかしたら骨を折るかもしれないですね。文字通り。登板する時は気を付けておいて下さい」


 


 


 


「っていうかお前はどうなんだよ。ずっとリリーフやってばっかりだったろ。先発やりたいとかそういうの無いわけ? やりたいなら俺が教えてやるけど?」


 


 


 


「いや、結構です。もうそういうのは高校でこりました。もしかしたら首脳陣は先発として活躍させるプランがあったのかもしれないですけど、僕は最初からリリーフ志望でした。連投する分にはまだいいんですけど、球数多いと辛いんですよね。そういう面で言えばリリーフの方が楽かなと。まぁ年俸は安いんですけど」


 


 


 


「安いっつったってお前9500万だろ」


 


 


 


「わーわー聞こえなーい! というかサク先輩そういうのは言わないお約束でしょ! 夢を与える立場のプロ野球選手がカネの話してどうするんですか!」


 


 


 


 両手を大きく振って黒鵜座は滑川の発言を止めようとするも、もう遅い。ブレーキをかけるどころか、滑川はアクセルを大きく踏み込んだ。踏むペダルを思い切り間違っている。


 


 


 


「大事だろ収入も。最近の子供は皆現実、というか足元見てるからな。野球人口が減っている事も考えたらこうして俺たちが夢を与えるしかないでしょ。ちなみに俺は6500万な」


 


 


 


「聞いてねーし……何かそういう生々しい話をしていいのやら。僕が子供の時はもっとこう、ピュアでしたよ。『プロやきゅうせんしゅになりたい』なんて文集に書いていたあの頃が懐かしいです。というかお子さんそんなに冷めた感じなんですか?」


 


 


 


「まぁ時々怪我をして家で安静にしている時があるんだけどさ。たまーに長男がこっちを見て変な事言い出すんだよ。『おとうさんってくそにーとなの?』とか。あの時はマジで一瞬空気凍ったな。リビングがお通夜みたいになったもん。何とか妻がフォローしてくれたから良かったけどさ」


 


 


 


「んふっ……すいません、あんま笑っちゃいけないのは分かってるんですけどお子さん辛辣ですね」


 


 


 


「最近の子供に対しては刺激のあるものが多いからな。スマートフォンはまだ与えてないけど、どこからそういうワードを見つけてきたんだか全く」


 


 


 


「まぁでもお子さんがすくすく育っている証拠じゃないんでしょうか」


 


 


 


「そのためにはもっと稼がないといけないんだけどな……長女も次男もまだ幼いしうちの家計結構カツカツなんだよ」


 


 


 


「あはは、耳が痛いですね。キレそう。何か皆さんこの放送を家族自慢の場だと勘違いしてません? 僕をはじめとした独身勢を前にしてただで帰れると思わない事ですね! それではそろそろコマーシャル行ってみよ~!」

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