#4 part5

「はい、そろそろ試合もこの放送も終わりの時間が近づいてまいりましたが、元気にやっていきましょう! えーゲストのKKが今から登板しようという所で、自分もそろそろ行かなきゃいけないので代わりに新しく助っ人を読んできました。第二回のゲスト、芝崎怜司選手です!」


 


 


 


「おい待て。突然引っ張り出してきたかと思えばこれか」


 


 


 


「いいじゃないですか、どうせ今日は暇でしょ?」


 


 


 


 全くもって最近の若者はどうかしている、という芝崎のぼやきも無いかのような笑顔で黒鵜座は拍手を送る。それから黒鵜座が何か紙を取り出すと何やらカメラが拾わないレベルの声で芝崎にささやいた。


 


 


 


(大丈夫ですよ。ほら、ここに念のための台本がありますから。何かあった時はこれを使えば万事解決です)


 


 


 


(……なるほど、そういう手があったか。それにしても台本を用意しておくなんてお前も悪い奴だな)


 


 


 


(へっへっへ、褒め言葉として受け取っておきましょう。じゃあOKですね?)


 


 


 


 傍から見ると賄賂にしか見えないその構図だが、プロ野球選手は多分そんな事をしないので安心してほしい。多分。


 


 


 


「えーじゃあ僕が投球練習を始める前に次回のゲストだけでも紹介しておきましょうか。次回のゲストは……変幻自在の切れ者、八家亘はっけあたる選手です! って八家さんですか? あの人確かに時々リリーフやるけど基本は先発じゃ……いや別に先発投手を差別しているわけじゃないですよ、そういうわけじゃないですけどこの放送って本来リリーフに焦点を当てるためのものであって……まぁ放送が明日なので今更変えるわけにもいかないのは分かってますけど」


 


 


 


「おい、黒鵜座。次はお前の出番だぞ」


 


 


 


 後ろから仲次コーチの声が飛んでくる。こうなってしまっては黒鵜座も反論している暇はない。


 


 


 


「はーい、分かりました。今行きまーす! というわけで不本意ですが、後は芝崎さんにお任せしようと思います。それじゃ芝崎さん、後は手筈通りにお願いします」


 


 


 


「仕方ないな、任せておけ」


 


 


 


「それでは皆さんさようなら! もしくはこの後で!」


 


 


 


 手を振りながら投球練習場へと小走りで向かう黒鵜座を見送りながら、芝崎はふと考えていた。確かに一応台本をもらったとはいえ、一人というものは心細い。それにトークショーならまだしも、一人で喋り続けないといけないわけだ。ただ、出来るだけ黒鵜座の力を借りたくないというのも本音だった。


 


 


 


「えー……皆さん、晩御飯は食べましたでしょうか。もう食べたという人も多いと思います。俺はというと、まだです。試合開始が18時からなので、プロ野球選手の夕食は案外遅いんですよね。ちなみに今日は妻が鮭のムニエルを作ってくれると言っていたので、今から楽しみにしています」


 


 


 


 沈黙が続くことしばし。ようやく芝崎は黒鵜座が台本と言って渡した紙を開こうとした。すまん、黒鵜座。見栄を張って済まなかった。俺には荷が重すぎる。そうして開いた希望の中には―――。


 


 


 


『困ったら試合の状況でも解説してください。応援しています☆』


 


 


 


 反射的に芝崎はその紙を破り捨てた。いや、違うだろこれは。こんなものは台本とは呼ばない、ただのメモだ。嵌めやがったなあの野郎。黒鵜座のしたり顔が目に浮かぶ。よし決めた、あいつが今日戻ってきたら一発ビンタを決めてやろう。


 


 


 


「……すいません、何でもないです。さて、試合の解説をするとしましょう。今カイルが投球練習を終えて投げるところです。知っているとは思いますが、まずは彼の経歴から。アメリカの大学を卒業後、メジャーリーグのチームから指名を受けて入団。しかしメジャーリーグの壁に阻まれAAAでくすぶる日が続きました。その姿がブルーバーズスカウトの目に留まり、2年前に先発候補として入団。そうして紆余曲折を経て、現在は勝利の方程式として活躍というわけですね」


 


 


 


 KKがセットポジションから左足を踏みなおし、全体を大きく動かすフォームから1球目を投じる。148km/hのストレートが打者の内角、ストライクゾーンへと突き刺さった。審判の甲高いコールが球場によく響く。


 


 


 


「はい、今のボールに注目しましょうか。カイルの武器は大きく分けて二つ。その内の一つが今の直球です。最速何キロだっけ、確か……150km/h中盤だったと思います。それで、それがどう厄介なのかというとんですよ。テレビや球場の遠くからだと分かりづらいと思いますが、打席に立ってみればわかります。微妙に変化します。これが外国人特有のボールと言いますか、まぁ打ちづらくてですね。打者が苦戦するというわけです」


 


 


 


 淡々と話しているうちに決着がついた。先頭打者は3球目の直球を詰まらせセカンドへの平凡なゴロ。これを冷静にさばいて1アウト目を取った。


 


 


 


「投手というものはどうしても繊細な生き物でして、リズムに乗れないと炎上することもしばしばあります。だからもし投手になりたい、もしくは投手をやっている人はここをよく聞いておいてください。一番大事なのは1アウト目です。そこを取るまでが難しいというか大変です。だから力を入れるべきなのは最初の打者ですね。これさえ取れればあとはその流れに任せて行けると思います。これはリリーフの話ですけど」


 


 


 


 そんな事を言っているうちに二人目の打者も初球を打ち上げてファーストへのファウルフライに倒れる。これで2アウト、これがリズムに乗るということだ。続く三番打者のところで投手に代わって右の代打が出される。一球目、右打者の肩に当たるかというボールが変化して糸で操られたかのようにストライクゾーンに吸い込まれた。


 


 


 


「これがカイルのもう一つの武器、縦に大きく割れるカーブです。とにかく変化量が大きくて、今みたいに打者に当たるかと思われるような軌道からゾーンに入ってくるのが厄介です。本人はこの球の制球の悪さを気にしていましたが、直球とのコンビネーションは抜群。だからあんまり気にしなくてもいいと思いますけどね」


 


 


 


 結局フルカウントまで持ち込んだものの、最後は直球で見逃し三振にとってこの回の頭を終えた。ベンチへと笑顔を浮かべながら引き上げていくカイルの姿を横目に、芝崎は解説を続ける。


 


 


 


「終盤で3点差とは想像以上に大きなものです。それにうちのホーム球場は広いので、ホームランも中々狙えません。後は勝利の方程式に任せれば完璧です。……なんて言っている間にまた点が入りましたね」


 


 


 


 その回の裏、ブルーバーズの攻撃。美濃の今シーズン第1号となる2ランホームランでレッズを突き放した。リードが出来たことで、リリーフは必要ないと判断されたらしい。黒鵜座が何かをつぶやきながら帰ってきた。


 


 


 


「投球練習したってのに今日はこれで終わりか~、何か投げ損って感じだな~」


 


 


 


「よう黒鵜座。突然だが、俺は今からお前をビンタしようと思う」


 


 


 


「え!? 何すか突然!?」


 


 


 


「じゃああの紙は何だ」


 


 


 


「あ、あ―――。だってそうじゃないと断りそうじゃないですか」


 


 


 


「とにかく一発ビンタさせろ」


 


 


 


「嫌ですよ! こういう時は逃げるが勝ち! じゃあ視聴者の皆さん今度こそサヨウナラ! 次回をお楽しみにね!」


 


 


 


「待てやおい」

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