#5 part1

「平日の夕方、くたびれたサラリーマンの皆さまご機嫌いかがでしょうか! 元気なわけないだろって? はっはっは、まぁ今だけはこの放送を聞いて少しでもリラックスしていってください。ブルペン放送局、司会の黒鵜座一です。今回の放送からですね、新機能が追加されることになりまして。テレビ放送だけなんですが皆さんのコメントが画面下に流れるようになりました! これは今僕らでも見る事ができます、さながら動画サイトの配信みたいな感じですね! 盛り上げていくためにどんどんコメントいただけると嬉しいです。いやー、この番組にもいよいよ近代化の風が吹いてきたという所で今回のゲストを紹介しましょう。……と言いたいところなのですがゲストの方が登場の仕方をやけにこだわっているそうなので、今回は特殊な方法で登場してもらいましょう。それではミュージック、スタート!」


 


 


 


 黒鵜座がパチン、と指を鳴らすとブルペンの中にラップの音楽のようなものが響き渡る。ブルペンにもし人が多くいたなら絶対に「うるさい」というクレームが入るだろうが、今は関係ない。せいぜい仲次コーチの鋭い視線が黒鵜座に突き刺さるぐらいだ。なお黒鵜座はそれに気づいていない。気づけ黒鵜座、気づけ―――!


 


 


 


「Yo!Yo!俺の名を言ってみな♪ 当たるも?」


 


 


 


 そして目が見えないほど帽子を深く被り、紫色の短髪をした人物が何やら歌いながら登場してくる。ついには合いの手まで要求してくる厚かましさだが、黒鵜座はノリノリである。ストッパーがいないというのはこんな空気なのである。おいストッパーだろ黒鵜座、何とかしろ。


 


 


 


「八卦!」


 


 


 


「当たらぬも?」


 


 


 


「八卦!」


 


 


 


「Crap your hands! そうさ俺は八家♪ 八家亘はっけあたる、ここに参上! 沸かせてやるぜこの壇上♪ 胸からこみ上げるこの感情♪ そしてここがお前の刑場♪ Yeah~!」


 


 


 


「ヘイヘイヘーイ!」


 


 


 


「チェケラ!」


 


 


 


 二人の間で謎のハイタッチが交わされる。この地獄のようなラップを止める者は誰もいない。いないのである! 第5回もまた波乱の幕開けを迎えていた。


 


 


 


「えー、というわけで今回のゲストはですね。変幻自在の切れ者、八家亘さんでございます! まぁファンの皆さんも分かっていらっしゃるとは思いますが何が変幻自在かと言うとですね……」


 


 


 


「待つんだ、一君。ここは俺から言おう。俺は自分の身さえ委ねる唯一無二の旅人、そして誰にも囚われないそよ風さ」


 


 


 


「それで分かる人どれだけいるんでしょうね。『ここは俺から言おう』って何だったんですか。アレですか、自分が未だに中二病だというアピールをですか。仕方ない、これじゃ分からないんで僕が言いましょう。彼はですね、一言で表すと簡単なんですよ。野球史始まって以来の魔球ってなんだと思います? フォーク? それともカーブ? いえいえ、違うんですよ。無回転から生み出される不規則な変化、ナックルボールこそが真の魔球と言えるでしょう! その数少ない使い手こそが彼、八家亘さんというわけですね。初回の放送でほとんどの投手の基本はストレートと言いましたが、ウチには二人例外が居ます。その一人が彼なんですね」


 


 


 


「ふっ、中々いい響きじゃないか。悪くないだろう」


 


 


 


 まんざらでもない顔で八家が微笑む。少しキザという風に印象を受けるかもしれないが、これが八家にとっての自然体である。そっとしておいてあげて欲しい。


 


 


 


「ナックルの投球割合8割くらいでしたっけ?」


 


 


 


「いや……こういうのはあまり言うべきではないのかもしれないが、7割くらいかな?」


 


 


 


「まぁそれだけ投げられるなら大したもんですよ。あ、質問が来ているみたいですね。せっかく導入したんでコメントを読んでみましょうか。えーっと『八家さんにピッチングの極意を教えてほしい』ですってよ」


 


 


 


「簡単な事さ。握りはいつも通りに、後はそのまま流れに身を任せてしまえばいい。それで良き結果が付いてくるならそれでよし、悪い結果が出たとしてもその日は風向きが向こうにいった。そう考えて心の赴くままに臨めばいいんだよ」


 


 


 


「あー……これは、質問する相手が悪かったかもですね。この人本当にナックルと心中するくらいの覚悟を持ってプレーしているんですよ。まぁ禄郎のように開き直ってピッチングするのも大事だとは思いますけど、八家さんの場合は起こった事をありのままに受け入れますから。それって相当肝が据わってないと出来ないんですよね」


 


 


 


「故障? 重症? No,no! キープしろ不干渉!」


 


 


 


 類は友を呼ぶという。それと同じように、変人は変人を呼ぶのだ。ちょっとばかりチクチクと突き刺すような言葉が好きな黒鵜座と、回りくどい言い方を好む八家。彼らはどこか通じ合う所があるみたいである。何故か八家の言いたいことを理解できる黒鵜座は、とても良い理解者となっていたのだ。


 


 


 


「はいはい、別にとやかく言うつもりはありませんよ。でも突然ラップを始めるのはやめてくださいね、視聴者も僕もついていけなくなるかもしれないんで。あ、違うコメントも来ているみたいなんで読みましょうか。『八家さんが時折ナックルに交えてスローボールを投げるのは何でなんですか、ふざけてるんですか?』、フフッ、ふざけてるって……クッソウケる……! 答えちゃってください八家さん」


 


 


 


 笑いをこらえてバイブレーションのごとく震えながら話す黒鵜座を横目に、八家は至って冷静に答えた。


 


 


 


「俺は真剣だよ。それに、これにも意味がある。いくら高級レストランのディナーと言えども毎日食べるようでは飽きてしまうだろう? それと同じ。世の中には刺激が必要なんだよ」


 


 


 


「分かりますかね、いや分かんないでしょうね今のじゃ。えーっと今のがどういう意味かというと、『いくら魔球ナックルとはいえ、その軌道に慣れられると打たれる可能性も高くなる。だからそれを防ぐために時折違う球を投げている』という事らしいですね。でもそれが何でスローボールを投げる理由になるんです?」


 


 


 


「アヒルの中に白鳥を混ぜてもすぐにばれてしまうのは明白だ。だから代わりにガチョウを仕込むのさ。そうすれば相手が理解する事も少ないからね」


 


 


 


「あー、なるほど。違う球種だとすぐに見抜かれて打たれちゃうから、軌道が少し似てるスローボールをあえて混ぜるって事なんですね。……これ本当に僕相手じゃなければ辞書が必要なレベルですね、八家さんちゃんと日常生活送れてます? 何か心配になってきたんですけど」


 


 


 


「ふっ、問題ないさ。こんな俺を必要としてくれるそれは困った姫君がいるものだからね」


 


 


 


「しばくぞ。しまった惚気話を引いてしまったチクショウ! なんでこの人が既婚者で僕が独身なんだよ! マジで納得いかないんですけど!」


 


 


 


 黒鵜座が頭を抱え込んで呪詛を唱えながらうずくまる。自分にそういう話が無いのが相当効いたらしい。


 


 


 


「じゃあそろそろ休息の時間みたいだね」


 


 


 


「そうですね……。一旦、CM入ります」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る