#1 part3

「はい、またCMも明けたということでね! 次のお便りに入っていきましょう!って禄郎?何頭抑えてんの?」




「頭が……かき氷を一気に食べたせいで頭がガンガンする……」




「あっはっは、全く禄郎は抜けてるなぁ」




「誰のせいだと……!」




「じゃあ時間も押してるんでね。続きいきますよ~」




「無視ですか」




「ドゥルルル……デーン!」




 しょぼくれた後輩を差し置いて、黒鵜座はまた箱の中に入った手紙を混ぜはじめる。自作のふざけた音楽と共にその中から一通、適当に指に当たったそれを抜き出した。




「今回のお便りは、ん~字からしてまだ小学生かな? ペンネーム、「とりから」さん。『くろうざせんしゅ、いわしみずせんしゅこんばんは』、はいどうもこんばんは~!『ぼくは野球をはじめてまだ数年ですが、投手をやっています』」




「お、僕達と同じじゃないですか! これは将来有望ですね!」




「『まだ早いとお父さんからは言われますが、変化球を投げられるようになりたいです。二人のとくいな球しゅを教えてください』」




「これは中々に当たりじゃないですか」




「いや待て、これは子供からの手紙に見せかけたライバルチームからの罠かもしれない」




 黒鵜座の顔はいつにもなく真剣だ。恐らく本当に疑ってかかっているのだろう。どうした、その性格のせいでついに誰も信じれなくなったか。禄郎は大きくため息をついた。




「……前々から思ってましたけど、先輩って変なところで馬鹿ですよね」




「馬鹿!? 馬鹿って言った!? ……そうはいっても性分なのかな、どうしても心のどこかで他人を疑っちゃうんですよね」




「そんな事言って、キャッチャーの扇谷おうぎや選手の事だけは信用してるんじゃないですか?」


 


「そりゃあもう……ね?」




「「へへへへへへ」」




「ってこんな事言ってる場合じゃないですよ、質問に答えないと。うーん、まぁ僕自身球種はそこそこある方だと思いますけど、一番の生命線はカーブですね」




「ほうほう。して、その心は?」




「アンダースロー、もっと分かりやすく言えば下手投げですね。それに転向したのが高校生の頃の話なんですけど。球筋が他の投手と違って独特になる分、やっぱり球速は落ちちゃうんですよね。そうなるとどうしても他の球種を見せて緩急・これはスピードの差ですね、を付けないといけなくなるんですよ。そういう意味ではカーブは結構いいボールでして。覚えるのに一番苦労した球種だった分、これを覚えたら世界が一気に変わりましたね。カーブをちらつかせて空振りを取れるようになりましたし、ストレート狙いの打者の裏をかくこともできる。カウントを取るのにもちょうどいい球だから、これが使えないとなると大変です」




 ちょっと長々しくなっちゃいましたけど、と禄郎が付け足す。それに感心した様子で、黒鵜座は何度も首肯してみせた。




「禄郎がそんなにペラペラ喋るの初めて見たかも」




「感動するのそこなんですか!?」




「とはいえなるほど、アンダースローにはアンダースローなりの戦い方があると」




「まぁそんな感じですね。今の時代、アンダースローは貴重ですから重宝されますよ。ぜひ『とりから』さんもアンダースローに挑戦してみてはどうでしょうか。ところで先輩は何の球種が一番大切なんですか?」




「僕は……そうだな」




 唸り声を上げながら黒鵜座は深く思考する。黒鵜座の球種はプロの中でもかなり少ない方だ。しかし、もしかするとその球種一つ一つが必殺の球であるとしたら?もしそうなら彼はその狭間で何が一番重要なのか、悩んでいるかもしれない。子供からの質問に対しては真面目に考えるんだな、と禄郎は感心していた。




「やっぱりストレートかな」




「え?」




「え?」




 二人の間に疑問符が浮かぶ。予想だにしなかった回答に驚く禄郎と、その反応に首をかしげる黒鵜座。ブルペンはそんな二人の微妙な空気に包まれていた。




「……いやいや、この子は変化球を投げられるようになりたいって話してたじゃないですか。その流れで行くなら普通変化球になるものだと思いますけど」




「分かってないなー。『とりから』君も禄郎も」




 ちっちっち、と黒鵜座は舌を打ちながら指を振る。何だコイツ。本日何度目かも分からない苛立ちを胸に抑え込みながら、禄郎はひとまず話を聞いてみることにした。




「まぁ話だけは聞いてあげますよ。くだらない理由だったらいよいよぶっ飛ばしますけどね」




「あれ、禄郎何だか今日は過激じゃない?」




「今日だけで黒鵜座さんへのヘイトが一気に上がりましたから」




「そんなかき氷食べさせられたくらいで大げさだな~」




「食べさせたってとうとう白状しましたね。……それで、ストレートを選んだ理由は何なんですか」




「考えてもみろよ禄郎。一部例外はいるが、ほほとんどの投手の投球割合を占めるのがストレート、もしくは速球だ。いくら軟投派といっても大体40%。つまり5球に2球はストレートを投げる計算になる。禄郎、お前のストレートの割合はどのくらいだ?」




「まぁ言われてみれば確かに僕も5割くらいでストレートを投げますけど」




「でしょ?そんなに高い割合を投げるんだから一番狙われやすいボールなんですよ。もしかしたらもう監督か誰かに教わっているかもしれないですけど、ストレートに振り遅れないようにっていうのはよく言われてる話ですね」




「あー、そうですね。僕も高校時代、そんなことをコーチから言われた気がします」




「だから僕はやっぱりストレートに落ち着きますね。スカウトも結構直球に関してみる人が多いですよ。どれだけいい変化球を持ってても基本はストレートですから。だからプロの投手になりたい! と本気で思うならまずは直球を磨くことですね。ウイニングショットとかは二の次でいいんです」




「なるほど、ちゃんとした理由あってのことなんですね」




「あとただ速いんじゃ駄目ですよ。ボールの伸びとか制球とか、最近で言うなら回転数とか。今は質が重視されますからね」




「プロではよく言われますよね、必要なのはスピードじゃなくて質だとか」




「一番大事なのはコントロールですね。とにかく失投を減らす事、それが一番の近道です」




「やっぱり技巧派は言う事が違いますね」




「禄郎だって技巧派の癖に~」




「「へへへへへへ」」




「あ、そろそろまたCMの時間みたいですね。それでは一旦コマーシャル入りまーす。次は試合の解説でもしましょうかね」




「うっ」




「どうした禄郎」




「試合の事を考えると……胃が痛くなってきました」




「ふーん、かき氷のせいなんじゃね?」




「鼻ほじんな。だとしたら既に拳が出てますよ」


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