#1 part2
「えーじゃあ丁度CMも明けたみたいなので、とりあえずもう一、二通くらい読んでみましょうか。ど~れ~に~し~よ~う~か~な、ハイこれ! 禄郎読んで!」
箱の中に入った手紙たちに手をつっこみながら、黒鵜座は適当にシャッフルする。その中から一通の手紙を掴むと、禄郎のもとへと差し出した。おずおずと禄郎が手紙を受け取り、その内容を話し始める。
「あっはい。えーとペンネーム『烏骨鶏』さんからですね。『黒鵜座選手、石清水選手こんばんは』、どうもこんばんはです」
「こんばんはー!」
「『僕は幼少のころからブルーバーズの大ファンです。こうしてお便りを送ることは初めてなので、とても緊張しております』」
「いいよいいよー、物怖じせずにどんどん送っちゃってー!」
「『球場にも時折足を運んで応援をしています。そこで質問なのですが、いつも球場に来た時何を食べるか迷ってしまいます。よければお二人の球場飯を教えてもらえないでしょうか』」
「二通目にしてまともな質問キター! そうそうこういうの!こういうの求めてたんだよ!」
黒鵜座が鼻息を荒くしながら立ち上がる。どうやらテンションが爆上がりしているらしい。それにしても、と禄郎は考える。やはりこういう質問を求められた時は定石通り、自分プロデュースの球場飯をお勧めした方が無難だろうか。
「あー、そうですね。僕がおススメするのは……」
「やっぱりビビンバかな~!」
「ちょっ、遮らないで下さいよ今僕が言おうとしてたのに! っていうかビビンバ!? それって確か野手の
「いやぁ本場の味って言うの? ピリ辛なのがいいんですよ! 結構食べ応えのある量だし、値段もリーズナブル! 食べたことがないなら是非食べてほしいね!」
ダメだ全然こっちの話が伝わってない。普通自分がプロデュースした料理を選ぶでしょ。頼むよ、半ば救いを求めるような目で黒鵜座を見つめる。それで察してくれるような人間なら苦労などしていないのだが。仕方ない、こっちからヒントを出すか。
「それもいいですけど、先輩がプロデュースした食べ物がありましたよね? ほら、『絶対零度のクローザー』にふさわしい『か』から始まる食べ物が!」
「あー、そういえばやったなぁ」
黒鵜座があごに手をつけて考え始める。しめた。これできっと思い出してくれる。禄郎はほっと胸をなでおろした。
「か……か……なんだっけ、カキフライ?」
「な・ん・で・そこで間違えるんですか! わざとですかわざとなんですか!?」
なでおろしたはずの胸を返せ。やっぱりこの男はちゃらんぽらんでふざけた人物だと思い知らされる。まともな返答を求めた自分が馬鹿馬鹿しくなってしまう。禄朗はげんなりした様子で肩を落とした。
「いやほら、カキフライって多分冷凍だろ? そういう意味じゃ『絶対零度のクローザー』にふさわしいかと……」
「そういう事は言うなぁ―――!! もしそうだったとしてもそういう事は言わないお約束でしょうが!今の生放送じゃなきゃカットされてますよ!」
思わず禄郎が声を荒げる。撮影陣の間には笑いが起こっているが、こちとらそれどころじゃない。はははじゃないんだよはははじゃ。当の言われた本人は相変わらずヘラヘラした様子だし。
「んな怒んなよ禄郎。耳に響く。端正な顔が台無しだぞ?」
「怒ってないです、先輩に普通の答えを期待してた自分に失望しているだけです……」
「まぁそうしょげんなよ。大事な所はちゃんとわきまえてるからさ」
黒鵜座がここぞとばかりにへったくそな目配せをする。下手。本当に下手くそだ。できないなら最初からやるなよ。
「誰のせいだと……って今の話、本当ですか」
「そうそう、ちゃーんと分かってるって。何てったって自分が作ったメニューだもんな。『か』から始まる食べ物でしょ? か……か……カレー……は他の選手がやってるし、寒天……なわけないし。おいおい禄郎、そんな不服そうな顔しなくてもいいじゃん。そう、かき氷だかき氷! いやはや、盲点だった!」
「全然盲点じゃないですよ。かき氷より先に寒天が出てくるって思考回路どうなってるんですか……」
「そらお前」
「いやいいです。聞きたくて言ったわけじゃないですもん。というか聞きたくないです」
「あ、そう? でもさこの時期にかき氷ってのもあんまりないよなぁ。だってまだ三月だぜ?風邪ひくって」
「まさかの作った本人が全否定!? いやいやこの時期でも全然食べれますってかき氷!」
かけてあげた梯子を勝手に外すんじゃないよ全く。何とか軌道を修正しなくてはいけなくなった。本当はこの時期にかき氷なんて普通食べたいとも思わないけど、商品を出している以上持ち上げなくては。
「えーそうかなぁー?」
黒鵜座がいたずらっぽく笑みを浮かべる。あれは何かを企んでいる顔だ。そこそこ付き合いの長い禄郎だけに、ある程度察することができた。しかし禄郎は決心した。嫌な予感はするけど、やってやろうじゃないか。球団の面子のため、自分のイメージのために。
「食べます食べます! いや逆にっていえばいいんですか? この時期だからこそいいんですよ!」
「ですって。スタッフの皆さん、聞きました~?」
禄郎は甘く見ていた。黒鵜座の事ではなく、この番組の撮影陣の悪い意味でのノリのよさに。一人のスタッフの手に握られていたのは、小さなサイズのカップから山のように青く、はみ出たかき氷だった。
「売ってたので、是非にと買ってきました!」
「なっ、なななっ……」
「ほらほら、この時期だからいいんでしょ? かき氷。優しい優しいスタッフさんが用意してくれましたよ。食べないの?」
てめぇハメやがったなこの野郎。もはや先輩という敬称も忘れ、禄郎は心の中で叫んだ。この人はやっぱりとんでもなく性格が悪い。とはいえ、今更引くわけにもいかない。
「わ、わぁ~オイシソウダナ~、先輩は食べないんですか?」
ええい、死なばもろともだ。お前も一緒に極寒地獄に落ちてもらうぞ黒鵜座一ェ!
「いや僕はいいや。後でお腹壊すといけないし」
世の中、割を食うのはいつだって真面目な人間だ。彼らが誰も知らないところで犠牲になっている事でその礎は築かれているのだ。そう、ちょうど今の禄郎のように。恐る恐るスプーンに手を伸ばす禄郎を、ニヤニヤしながら黒鵜座が見つめている。
「どう、お味の方は」
「……トテモオイシイデス」
「うんうん、良かったですね! 僕プロデュース、禄郎おススメのかき氷ブルーハワイ味、絶賛発売中! それではそろそろCMに入りまーす」
「僕何とも言ってないですけどぉ!?」
「えっ、じゃあおススメじゃないの?」
「うぐっ、……おススメです」
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