#1 part4

「それじゃCMも明けた事ですし、そろそろ野球選手らしく試合の解説でもしますかね」




 ブルペンからは試合の中継映像を見る事ができる。とはいえ、見る事が出来るのは黒鵜座たちだけで、テレビの視聴者でもそれを見る事はできない。他の局が放送しているものだから仕方がないとはいえ、やはり映像が無いと参考にはならないだろうか。そう考える黒鵜座の横では、禄郎が深々と首を垂れながら何やらぶつぶつと呟いていた。




「もうダメだ……おしまいだぁ」




「早くも禄郎がグロッキーになってますけど、まぁ放っておけば勝手に直るので大丈夫です」




「そんな人を家電みたいに、って駄目だぁ上手い事例えられない。終ってる、プロ野球選手としてもテレビに出る人間としても」




「はい、試合は4回の裏ですね。うちの先発の那須選手はここまで1失点。ここまではブルーバーズが3点リードしていますね。まぁそこそこの調子といったところでしょうか。開幕投手ですし、これくらいはやってもらわないと困りますけど」




「……でも那須さん、ここまで毎回ランナー背負ってるんですよね。球数も70球くらいいってましたし、上手く見積もって7回、6回投げられればいい方ですね」




 禄郎は顔を青くしながらも、落ち着いて分析する事が出来ている。多少動揺してもいつも通りを崩さない事、これもプロ野球選手にとって重要な要素だ。




「お、そこらへんは冷静に見れるんだな。偉いぞ禄郎」




 黒鵜座が感心し、禄郎の頭を撫でようとする。が、禄郎はそれを右手で振り払った。




「茶化さないでください。……まぁ自分が登板するかもっていう状況には敏感ですから」




「ピンチを背負ったところで禄郎に出番が回ってくるかもな」




「それが嫌なんですよ……何でいつもいつもピンチで登板しなきゃいけないんですか。こちとら毎回心臓止まりそうになるんですけど。あれ何かの嫌がらせですか、嫌がらせですよね。強いプレッシャーをかけて僕の事を使い潰す気なんだ……入る球団間違えた……」




 禄郎はそう嘆くが、恐らく他の球団に入団したとしても彼の運命は変わらないだろう。今こそこんな感じだが、実際ピンチで登板するときの禄郎のマウンド度胸は黒鵜座からしても目を見張るものがある。




「その内良い事あるって」




「そういう中途半端な慰めが! 一番人を傷つけるんです!」




 いよいよキレたよ。キレちゃったよ。おいおい逆切れだよ。黒鵜座は呆れながら思った。人の事をめんどくさいとか性格悪いとか何だか言ってたけど面倒くささで言えば君も大概だろ、と。




「先輩はいいですよね……延長戦じゃない限り投げるのは9回だけって決まってるんですから、僕なんていつ投げるか分からないんで常に戦々恐々ですよ」




「ま、それが嫌なら早いとこクローザーの地位を勝ち取る事だな。まぁ俺が移籍するか引退してからの話になるだろうけど」




「う―――わ嫌な言い方。でも今のところそれが事実だから言い返せないのが一番腹立つ……。はあ、もうやだ、移籍したい」




「あ、そんな事を言っている間に攻撃終了しましたね。相手の先発もまがいなりにも開幕投手ですから仕方ないとはいえ、我々投手陣としてはもっと余裕が欲しいところです。ほーら、禄郎の出番が刻一刻と近づいてくるよ~」




「あぁぁぁぁぁぁ……」




 禄郎が登板するのは大体リードしているとき、なおかつチームがピンチを迎えた時だ。今日の先発の那須はのらりくらりとかわしてはいるものの、それもいつまで持つか分かったものじゃない。そうなれば禄郎が危惧していたようにランナーを背負った状態で登板するのも十分に起こりうる事だ。




「本当に反応が面白いな禄郎は、多分一生いじってても飽きないわ」




「他人事だと思って……」




「だって他人事だし」




「言い返す気力も起きない……」




 そんな事を話している内に、ブルペンに電話がかかってくる。試合は現在5回表。この状況で電話がかかってくるという事はつまり。雑談ではない。そういう事だ。




「ロク、準備しろ」




 電話を受けたブルペンコーチが淡々と告げる。ロク、というのはコーチから呼ばれている禄郎のあだ名だ。名前の頭を部分をとって、ロク。安直だけど、あだ名なんてそれくらいがちょうどいい。




「はい……」




 意気消沈した禄郎が体を動かし始める。黒鵜座はその背中を思い切り叩いてやった。




「痛って! 何すか先輩!」




「まぁいつもの事だけどそんな固くなんなよ。いつも通り投げれば大丈夫だって」




「……そうですね。まぁ出来るだけやってみますよ」




「試合は他の皆さんテレビかラジオで見ているでしょうし、カメラさん。禄郎の事映してやって」




 軽いストレッチを済ませ、禄郎がブルペンのマウンドに上がる。息を大きく吐いて、ボールの握りを確認する禄郎の姿に、カメラの標準が合わせられた。




「さぁ今からは禄郎が普段どのように準備しているか、その裏側にピントを合わせていきましょうか!」




「……せっかくさっきの言葉に感動したのに。そう言われると余計緊張するんですけど」




「まぁまぁ、禄郎はいつも通りやってくれればいいから。僕らがそれを勝手に解説するだけ、それでいいでしょ」




「はぁ、どうせ何を言っても聞かないでしょうし、もうそれでいいですよ。それじゃストレート行きます」




 そう言って禄郎が投球フォームに入る。投球フォームと言っても禄郎の場合ランナーがいる状況での登板が多いため、動きは至ってシンプルだ。入団当初はもっとゆっくり構えてから投げていたが、プロでの経験を経てモデルチェンジしている。そうして下から繰り出されたボールは、唸りを上げてキャッチャーミットへと収まった。




「……よし」




「見ましたか今の投球、そして禄郎を! アンダースローっていうのはものすごく軌道がキモいんです! 何せ下から投げるんですもん! それで見てください禄郎の表情!さっきまで子羊のように震えていたのが嘘のよう、今じゃもうキリッとしてる、カッコいい! 皆さんに見て欲しかったのはこの表情なんですよね!」




「ちょ、先輩」




「いや~今のストレートは凄い軌道でしたね! ラジオで見れなかった皆さん、どうか音だけでも覚えて帰ってください!」




「先輩」




「ん、どした禄郎」




「そこまで行くと恥ずかしいです」




「……あ、そう。いいと思ったんだけどな。はいCM入りまーす、次映る時には禄郎がもう登板しているかもですね」




「そんな縁起でもない!」


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