第24話 浮上せよ!拷問島ッ!

「ボク、死んだ……?」


 薄明るい光に撫でられる瞼の感触に、霧斗がそっと瞳を開く。


 まるで長い眠りに就いていたかのような意識の混濁のなかで、自身の肉体が横たわっているのか、座っているのか、それとも大地に足を着けて立っているのかも分からない。


「もしかして、また日曜の朝に戻ったのか……?」


 霧斗は自室でギロチーヌに縄で縛られて目覚める、もう何度目に迎えるのかさえも定かではない、あの日曜の朝を想起した。


「伊乃地君も大変ですね……」


 しかし、おもむろに霧斗に語りかけてきたのは、黒のベレー帽を被った三つ編みの少女だった。


 白のトップスにワインレッドのワンピース姿、首元にはチャームネックレスを着けたその少女は、同情するような視線を霧斗に向けていた。


「い、一ノ瀬さん……?」


 眼前に立つ少女に、霧斗は不意打ちを喰らわされたかのように、その目を丸くした。


 どういうことなんだ……? 


 周囲を見まわせば、そこは原宿・竹下通りのあのゴスロリショップの店内であった。


「えーっ? この外人の女の子、伊乃地君の知り合い?」


「ジャポンの女のコがジェラシーたっぷりの視線を投げ掛けてくるわぁーっ?」


 傍らでは試着のドレスを着たギロチーヌと、赤いチェックのシャツワンピース姿の桃未知晴夏との壮絶な視線の火花の散らし合いが行われていた。


 もしかして、これは二度目に来た原宿の時と同じ展開なのか……? 


 巻き戻った時間の開始位置がズレている?


 まさかこんな中途半端なところから、やり直すなんて思ってもみなかったぞ……。


 霧斗が眼前の一ノ瀬美香流に視線を戻すと、美香流の頭にどこからか異物が飛んでくるのが見えた。


「まぁ……酷い。ガムだわ……」


 慌ててベレー帽を脱ぎ取った美香流が、付着した噛みかけのガムに困惑する。


「こ、この展開は!」


 デジャヴュという言葉は間違いだ。


 自分はこの展開を以前に現実に経験している。


 霧斗が直後に起こり得る出来事に身を構える。


「おっと! ごめんよー! あたいのガムがそっちまで飛んでいっちまってさー」


 その刹那、パンクファッションの少女が美香流の頭に目がけ、跳躍する。


「クランヌ!」


 思わずその名を叫んだ霧斗は、瞬時に理解した。


 そうだ、仲間だ。


 共に泣き、共に笑い、共に怒り、共に喜ぶ。


 憎むべき敵を倒したところで、喜びも哀しみも分かち合う仲間を守ることが出来なければ、意味は無い。


 その為にボクはやり直すんだ。


 何度でも。


 例えそれが、何十回、何百回、何千回であろうとも……。


「させるかよーっ! お前なんかにさせるかってんだっ! クランヌっ!」


 美香流の頭に跨る頭蓋骨粉砕器クランヌ・クラッシャーに目がけ、霧斗が突進する。


「お前なんかに! お前なんかに! 誰一人殺させなんてしないんだーっ」


「おわあああっ? テ、テメエーっ! なにしやがるんだっ……」


 跳び上がった霧斗が、美香流の頭上のクランヌを力いっぱい叩き落とす。


「きゃっ、伊乃地君……わた、わたしの頭の上で何が起こったんですか……?」


 呆然と立ち尽くす美香流を横目に、霧斗が叫ぶ。


「ギロチーヌちゃん! 斬首執行だ!」


斬首執行デカピタスィョン! さっきから殺気に気付いていたんだからぁーっ!」


 霧斗の掛け声に、瞬時にギロチン変化したギロチーヌの刃がスライドする。


「へぐはあああーっ……」


 倒れ込んだクランヌが起き上がりもせぬうちに、その首をギロチンの刃が切り落とす。


 次の瞬間、ゴロリと床に転がるクランヌの首を跳び越えるように、燕尾服の少女がギロチーヌに目がけ跳躍した。


「くっ! たんなる偵察のつもりが、ギロチン女の眼前にしゃしゃり出たりするからです!」


 空中で少女の身体が青白い光を放つ。


猫鞭変化ヴァリヤスィョン・ドゥ・フエ・ドゥ・シャ!」


 瞬時に猫鞭変化したスキニング・キャットが、皮剥ぎの尻尾をギロチーヌに目がけ振り上げる。


「仮にも私の部下であるクランヌをよくもっ! 許しませんよ、ギロチン女ッ! にゃん!」


「きゃあーっ? こんなに近いと斬首執行も間に合わないーっ……」


 襲い来るキャットの猫鞭の尾に、ギロチーヌが戸惑う。


「やめるんだスキニング・キャット! 君の敵はギロチーヌちゃんなんかじゃないんだ!」


 霧斗がすかさずキャットの前へと躍り出る。


「うわああああああーっ……」


 繰り出された猫鞭の結び目が、霧斗の腹を撫でていく。


「まあーっ? アタシを助けてくれたのねーっ……」


「い、伊乃地君しっかりしてぇーっ……」


 腹を裂かれ崩れ落ちる霧斗に、ギロチーヌと桃未知晴夏が駆け寄る。


「にゃんと馬鹿な真似をっ! どうして貴方は自分から猫鞭に飛び込むなどっ? にゃん?」


 キャットは、猫鞭の尻尾をギロチーヌに向けたまま警戒を解くことなく、動揺の目で霧斗を見た。


「……だ、だから言ってるじゃないか……スキニング・キャット……君の真の敵はギロチーヌちゃんじゃない……もっと他に居るんだ……」


 出血に腹を押さえ苦悶する霧斗が、キャットに息も絶え絶えに告げる。


「にゃっ、にゃにを言うのです? この私の敵がギロチン女以外にいる筈などありませ……」


 猫耳の少女が怪訝な瞳で霧斗に答えかけたその時、店内の壁に立て掛けてあるスタンドミラーが妖しげな赤い光を発した。


「こ、この波動はっ? もしやっ? にゃん……」


 キャットがビクッとその身を震わせる。


 スタンドミラーを覗き込めば、鏡の中に映るゴスロリ店内の光景が蜃気楼のように歪み始めていた。


 歪んだ鏡像がしだいに一人の女性の姿に変化していく。


 ブロンドの長い髪を靡かせた、深紅のドレスに身を包んだ女性。


 その頭には黄金の王冠を被り、黄金の玉座に腰を掛けながらも、身を乗り出すように鏡の中からこちらを覗いている。


『スキニングさんっ? 貴女、上司の癖に部下のクランヌさんを無残にも死に追いやって、よくもおめおめと平気な顔をしていられますわね!』


「カ、カルナージュ様! にゃん!」


 今にも泣き出しそうな表情の女王のような威厳を放つ鏡の中の女に、キャットが慌てて跪く。


「だめだ! その女から離れろ……離れるんだ……スキニング・キャットおっ……」


 力無く立ち上がった霧斗が、姿見に跪く青髪の燕尾服の少女を引き離そうと歩み寄る。


「ううっ……」


「だめよ! 伊乃地君、立ち上がったりなんかしちゃ……」


 しかし、ふらつく霧斗は再び床に崩れ落ち、晴夏が咄嗟に霧斗を支える。


「お言葉ですが、クランヌは偵察であるという言いつけも聞かず、功を焦ってギロチン女の眼前に……」


『お黙りなさい! 約束通り、失態を犯した貴女には永遠の責苦に切り裂かれて貰いますわ! 出でよ! 永久に咲く真紅の薔薇ラ・ローズ・ルージュ・エテルネル!』


 キャットの言い分も聞かず、鏡の中の女が深紅のドレスの胸元に一輪の赤い薔薇を咲かせる。


『永遠にその身を切り裂かれ、苦しむがいい! この役立たずめがっ!』


 赤い切れ長の瞳を吊り上げ、鏡の中の女が胸の一輪の薔薇を引き抜き、鏡の外へと投げつける。


「にゃっ? わ、私に例の薔薇を……?」


「わああっ……キャットおーっ……」


 鏡の中から顔を突き出す深紅の薔薇の花弁に、キャットと霧斗が驚愕の声を漏らしたその時だった。


 ビュッと勢いよく振りかざされたケモノの尻尾が、バシンッ! と薔薇の花弁を叩き落とした。


「な、なんだっ……?」


 床に叩きつけられた薔薇の花弁に、霧斗がその視線を落とす。


 すると、散り散りに割れた薔薇の花弁を、先端が幾つもに分かれた猫の尻尾が撫でていた。


「スキニング・キャットがやったのかっ……?」


 霧斗がその猫の尻尾の根元を目で辿る。


 しかし、それは姿見の前で跪いたままの、猫耳の燕尾服の少女へは繋がってはいなかった。


「ショ、ショルダーバッグ……?」


 猫耳の燕尾服の少女の足元に置かれた黒革のショルダーバッグ。


 その表面のフラップの部分に刻まれた黒猫の模様。


 その黒猫の模様が一瞬、ニヤリと笑みを浮かべたかと思うと、その模様の中へと吸い込まれていくように薔薇の花弁を撫でる尻尾が消えていった。


「まあっ? 鏡よ鏡よ鏡さんが猫女さんにイタズラしたのねぇっ?」


 ギロチーヌが交差した腕の刃を、スタンドミラーへと向け叫ぶ。


斬首執行デカピタスィョン! この世で一番美しいヒトを映す筈のアナタが、猫さんを苛めちゃダメなのよぉーっ!」


 シュルルルルッと空気を切り裂くギロチンの刃が、スタンドミラーの中の黄金の王冠の女へ直撃する。


『まあっ。何と野蛮なことでしょう。ギロチン女は妾の思った以上に血の気の多い原始人ですわね……』


 鏡の中の女の輪郭がユラユラと揺らぎ始め、しだいに薄く消えかかっていく。


『……覚えておくがいいっ! お前の首を直接貰いに乗り込んでやる!』


 甲高い声だった女が、声色を変え、掠れるような低い声で捨て台詞を吐いたその時、ガキン! と炸裂したギロチンの刃がスタンドミラーを真っ二つに切り裂いた。


 バリーンと割れ落ちる鏡の破片に、しばし呆然としていたスキニング・キャットが我に返る。


「カルナージュ様が、この私を消そうと……?」


 動揺の面持ちを隠せないまま、キャットがギロチンの少女へとその目を向ける。


「マドモアゼル・ギロチーヌ。貴女には助けられました。礼を言います。ありがとう。にゃん……」


 そう言って、キャットは穏やかな笑みを投げかけ、その猫の手を差し出した。


「まあっ。猫女さんの手は、ぷにぷにして触り心地がいいわぁーっ!」


 瞬時にギロチン変化を解いたギロチーヌの白く華奢な手が、仔猫女の掌の肉球を撫でまわす。


「おや? い、いけませんね。私としたことが……にゃん……」


 ギロチンの少女と掌を重ねながら、キャットは視覚の隅に血塗れの腹を捉えた。


「……すぐに手当てをしなければなりませんね。にゃん」


 キャットは、腹を押さえて蹲る霧斗の姿を一瞥すると、足元に置かれたショルダーバッグの中を弄り始めた。


「キャ、キャット……ボクの怪我なんていいんだ……それよりもさっき、そのバッグの黒猫が……」


「いいえ。手当をしない訳にはいきません。ほら、動かないでください。にゃん!」


 拒む霧斗に、バッグから取り出した包帯を手にキャットが優しげな笑みを零す。


「まあっ。猫女さんは、きちんと包帯まで持ち歩いているのねーっ。アタシも斬首した首をくっ付ける用に、糊を持ち歩いた方がいいかしらーっ?」


 ギロチーヌは、自らの鞭で傷つけた相手を治療しようとする燕尾服の少女を、微笑ましげに見つめた。


「あ、あたしだって伊乃地君の傷の手当、するつもりでいたのに。目の前でいろんな事起きすぎてタイミング失っちゃった……」


 花柄のハンカチを握りしめた桃未知晴夏が、悔しそうにキャットを睨む。


「ハルカンは優しいですぅ。クラスの他の女子や、ましてや男子達とも大違いですぅ……」


 一ノ瀬美香流は、悔しげに頬を膨らませる晴夏をそっと慰めた。


「あ痛てててっ……」


「むっ。血が止まりませんね。私の猫鞭が与えた傷が相当、深かったのでしょうか。これは困りましたね。にゃん……」


 霧斗の腹にグルグルと巻き付ける純白の包帯が、真っ赤に染まっていく。


 キャットは動揺に額を汗で濡らすも、手際よく包帯を巻き続けた。


「スキニングっち、そんなんじゃ、ダメだってばあーっ!」


 その時、どこからか、とぼけた感じの少女の甘い声が聞こえた。


「くっ。こんな時に。テイルズ……にゃん」


 スキニング・キャットが不機嫌に喉を鳴らす。


「あたしにお任せしちゃえば、ニャンてことなく治せちゃうニャン」


 突然、キャットの足元の床に置かれていたショルダーバックが、カタカタと揺れ始めた。


九尾猫変化シャンジュモン・ドゥ・シャ・タ・ヌフ・クー!」


 甘い少女の声が、たどたどしく告げると、ショルダーバッグのフラップに刻まれた黒猫の模様が剥がれ落ち、そのまま立体的な形を取るようにムクムクと膨らみ始めた。


「どーれ! おにぃーさんの怪我、あたしに癒させてニャ!」


 黒猫の模様が、そのままボブの白髪の十代半ばくらいの少女に姿を変えた。


 猫耳を白髪の隙間から突き出し、釣り上った赤い瞳が、優しげな笑みを湛えている。


 純白のナース服に身を包み、頭からずれ落ちそうなナースキャップが可愛らしかった。


 ただ、一点、異様に映るのは、ナース服のスリットの隙間から九本もの猫の尻尾を覗かせていること。


 しかも、その一本一本が、三つないし六つの結び目を持つ猫鞭になっているということだ。


 

「き、君はっ……?」


 霧斗が怪訝な目で白髪のナース服の猫耳少女を見つめる。


「動いちゃだめニャン!」


 猫耳ナース服の少女が指をパチンと鳴らす。


 すると、突如として空間上に魔法陣が現われたかと思うと、そのままスウウ~ッと霧斗の腹の中へと吸い込まれて消えた。


「はああっ? 血で染まった包帯が真っ白にっ? い、一体どういうこと……?」


 見れば、霧斗の腹を覆った包帯から血の赤が消え去り、腹部を襲う痛みも消えていた。


「ふっ。テイルズは伊達に医学を学んでいないということですよ……にゃん」


「いや、医学とかそういう問題じゃないと思うぞ。な、何だ今のは? 魔法か何かかっ……?」


 キャットの返答に、霧斗の疑問が余計に膨らむ。


「あーっ! ギロちゃん! 久しぶりニャン!」


 猫耳ナース服の少女は、ギロチーヌの姿を見つけると、唐突に歩み寄り、その手を握った。


「覚えてるニャン? あたし! キャタナイン・テイルズだよ!」


「オーッ? もしかしてアンリ小父さんの診療所の看護婦さんっ? 懐かしいわーっ!」


 互いに手を取り合い、再会を懐かしむ猫耳ナースとギロチンの少女。


「どういうこと? ギロチーヌちゃんの知り合いなのかいっ?」


「どういうことです? テイルズがギロチンの少女の小父さんの……? にゃん?」


 握手を交わす二人の少女に、霧斗とキャットがその目を丸める。


「うん! 自己紹介が遅れました! あたしキャタナイン・テイルズ! 九尾の猫と呼ばれる猫鞭ニャン! こう見えて、スキニングっちの妹なんだニャン!」


 キャタナイン・テイルズと名乗る猫耳ナース服の少女が、そう言って、ギロチーヌの手を握ったままに姉のスキニング・キャットを見つめる。


「はい。確かにテイルズは私の妹です。その九尾の猫鞭が人々の精神と肉体に多大な苦痛と傷を与えることに疑問を持ち、医学の道を志し、治癒の能力を身に着けました。し、しかし、まさかマドモアゼル・ギロチーヌの小父である、四代目ムッシュ・ド・パリの元で医学の修行をしていたとは私も驚きです。にゃん……」


 キャットは、妹から目を逸らしつつ、霧斗にそう答えると、そそくさと床のショルダーバッグを拾い上げた。


「さあ。バッグに戻りなさい、テイルズ。にゃん!」


 バッグのフラップ部分を猫耳ナース服の少女へ突き出し、キャットが不機嫌に告げる。


「イヤだニャン! あたしはギロちゃんともっと一緒に居るニャン!」


「オーッ! 猫女さんは、妹さんとアタシが仲良くしちゃイヤなのかしらーっ?」


 急かすキャットに、猫耳ナースとギロチンの少女が手を握り合ったまま、抗議の目を向ける。


「そうだよ! せっかく妹さんが出てきてくれたのに、どうしてそんなに邪険にするのさ?」


 すっかり腹の傷の癒えた霧斗も、焦るキャットを怪訝な目で見つめた。


「いいえ。邪険になんてしていません。ただ、テイルズがまさかマドモアゼル・ギロチーヌと面識があると姉なのに知らずにいたことの驚きと、それと、この子を危険から守りたいだけです。医学の心得はあるにしても、この子は戦いには向きません。恐らく、あのお方はこのまま大人しくしていない筈ですから……にゃん」


 霧斗の問いかけに答えつつ、キャットが不安げに猫耳ナース服の少女を見やる。


「やだ、スキニングっち! あたしが内緒で四代目ムッシュ・ド・パリの所に行っていたこと、気にしているニャン? ごめんニャン! スキニングっちが、あたしのこと心配し過ぎで、息が詰まることが多かったからさー、あの頃はわざと秘密を作って、ささやかに反抗してみただけニャン! もう時効だよ、時効! ニャン!」


 心配げな姉をよそに、キャタナイン・テイルズが、あっけらかんとした笑みを零す。


「……っていうか、四代目ムッシュなんとかって、何なんだよ? それがギロチーヌちゃんの小父さんだって一体どういうこと?」


 霧斗が猫鞭の姉妹の会話についていかれず、不機嫌に唇を尖らせる。


「ムッシュ・ド・パリとはフランス・パリにおける死刑執行人の称号。その四代目にあたる、シャルル=アンリ・サンソンこそがマドモアゼル・ギロチーヌの小父上です。医師でもあり処刑人でもあったシャルル=アンリは、国王ルイ十六世をはじめ、王妃マリー・アントワネットなどの王族だけでなく、ダントン、ロべスピエールなどの革命家、ラヴォアジェなどの化学者の処刑にも関わった、フランス史上最大の死刑執行人です。にゃん!」


「うわっ……なんだかよく分かんないけど、ギロチーヌちゃんの小父さん、凄い人なんだ……」


 キャットの懇切丁寧な説明に、霧斗がただただ目を丸くする。


「オーッ! アンリ小父さんがそんなにも偉い人だったなんてアタシも驚きだわーっ!」


 その傍で当のギロチーヌは、自らの小父の業績にさらにその目を丸くしていた。




 

 霧斗達が原宿・竹下通りのゴスロリショップで、ギロチーヌの小父の話に夢中になっていたのと同じ頃。


 荒波に揉まれる大海の真っ只中、周囲を覆う濃い霧に覆われた島影。


 その絶海の孤島に、拷問女帝の甲高い声が響き渡っていた。


「くううっ! あの忌々しいギロチン娘さんっ! 海よりも心の広いこの妾をとうとう怒らせてしまいましたわねっ!」


 深紅の絨毯が床一面に敷き詰められた大広間。


 黄金の玉座から深紅のドレスを着た女が立ち上がる。


「今こそギロチン女と人間の蛆虫どもに思い知らせてやる時が来た! 浮上せよ! 拷問島ッ!」


 その両手を高く掲げ、拷問女帝カルナージュが、低くしわがれた唸り声を上げる。


 ゴゴゴゴッ……。


 大広間全体に地鳴りが響き渡り、激しい大地の揺れとともに、拷問島が浮き上がる。


「「「グウエエエーッ! グウエエエーッ!」」」


 数万羽にも及ぶ漆黒の躯体が、洋上の空を覆い尽くすように舞う。


 無数の拷問鳥に護られるように暗黒の島影が宙に浮く。


 切り立つ崖に覆われた無機質な島影からは、幾つもの尖塔が聳え立つ西洋風の古城が顔を覗かせていた。


 今まさに、拷問城『シャトー・ドゥ・ラ・トルテュール』が漆黒の闇で人類を覆い込まんが為に飛び立った。

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