第22話 五色のプーペの揺れる胸
「おわっ? 来やがるかっ!」
天井のクランヌが、繰り出されたギロチンの刃と、皮剥ぎの鞭の尻尾に身構える。
その瞬間、会場内に居る男性客達が一斉にギロチーヌとスキニング・キャットを取り囲んだ。
「ぬおおおっ? そんな危険な刃物と得体の知れん鞭を、天井に降臨せし、プーペ・ホワイト様に向けるとは許せんっ!」
「プーペ・ホワイト様に傷でも負わせたらどうするんだっ!」
「ホワイトたんの生下着姿ハァハァの邪魔をするなあーっ!」
「あのギロチンと猫耳女を取り押さえろーっ!」
男性客達が次々にギロチーヌとキャットに襲いかかっていく。
「いゃあぁーんっ! なにをするのぉっ! 斬首執行中なのよぉーっ!」
「にぃやあぁぁーんっ! 私の背後を掴むとは、この人間達、なかなかやりますねっ! にゃん!」
次々に羽交い絞めにされていくギロチーヌとスキニング・キャット。
ギロチーヌのギロチンの刃はシュルルルッと空中で弧を描きながらも、クランヌから大きく逸れ、まるで明後日の方向へとスライドを続けていった。
そして、キャットの放つ猫鞭は空中に直立したまま、その動きを強制的に止められた。
「うわあっ? 皆、一体どうしたんだっ? まるで何かが乗り移ったみたいな表情をしているなっ?」
霧斗がギロチンの少女と猫鞭の少女を取り囲む男性達を見る。
すると、皆、一様に焦点の合わない目をして、その口から涎を垂らしていた。
「とにかくお前らっ! ギロチーヌちゃんを放せよっ!」
霧斗が男性客達に掴みかかっていく。
「ぐへへえっ! 我らプーペ・ホワイト親衛隊に加われるのは真の下僕だけだっ! お前などに入り込む余地はないいいっ!」
「ぎゃあああっ!」
しかし、恍惚の表情で涎を垂らす男性客達に、すぐさま霧斗は跳ね返されてしまう。
「ぐひゃはあっ! ホワイト様の下着姿、とってもセクシーな眺めだ。早くその下の苺の実も見てみたいものだあ」
男性客達は一様に、天井で宙吊りの下着姿の晴夏を見上げ、その口から大量の涎を垂らし続けた。
「あ……あたし……そんな何とかホワイト……なんかじゃ……ないのに……」
晴夏は自身に浴びせられる、異様な眼差しに困惑するのみであった。
「ケッ! 何だかワケが分からねえけど、とにかくよー、コイツらのおかげで、このクランヌ様も命拾いしたってこったな!」
両脚で晴夏を挟み込んだクランヌも、男性客達の突然の行動に目を丸くする。
「ぐううっ……おかしいですね。拷問怪人である猫鞭女のこの私を羽交い絞めにし続けるなど、並大抵の人間の力では到底できることではありません。この男達は通常の人間の力を遥かに超えた強靭な腕力を持っているようです……にゃん」
男達に背後からギリギリと締め付けられ、キャットは苦悶に喘ぎながら呟いた。
「まさか、これは……あのお方が? にゃん?」
キャットの脳裏に、とある憶測が過ぎる。
「いやあんっ……ジャポンの男性は本当に野獣のような力なのねーっ……」
ギロチーヌも同様に男性客達に背後から締め付けられ悶えていた。
「……でも、アタシのギロチンは諦めないもんっ! えいっ、えいっ……」
歯ぎしりをしつつ、ギロチーヌが交差させたその腕に力を込める。
シュルシュルッと弧を描きながら空中でスライドを続けるギロチンの刃が、その軌道を修正、大きくカーブしながらクランヌの背後に襲いかかる。
ガキン!
「あ痛でででででッ! あたいの指がああああーッ!」
クランヌの片腕が掴まる天井のダクトレールを、ギロチンの刃が斬り付ける。
瞬時にその片腕を放すも、クランヌは指先をギロチンの刃に掠められ、激痛にその表情を歪めた。
「おわあああっ! 落っこちやがるっ!」
天井のダクトレールからその腕を放したクランヌはそのまま落下。
落下の弾みで、その両脚のホールドを解いてしまう。
「きゃあぁぁーっ!」
クランヌの両脚から解放された桃未知晴夏も、そのまま落下していった。
「桃未知さぁーんっ!」
霧斗はその瞬間を見逃さなかった。
すかさず両腕を突き出して、想いを寄せるクラスメイトの真下へと駆け寄った。
パサッ。
その腕で包み込むように受け止めた晴夏の身体は、やんわりと温かかった。
「い、伊乃地君……あたし、怖かった……」
恐怖に身を震わせるポニーテールの少女が、聡明な瞳を涙に濡らして少年に抱きつく。
「助かって良かった。桃未知さん……」
霧斗は、果たせなかった学校での使命を、今ここで果たせたことに、安堵した。
「二人で一緒に、絶対生きて帰ってみせるって、約束したんだよ。桃未知さん……」
地獄のような惨劇の起きたあの教室で、クラスメイトの死体の山を跨ぎながら、晴夏とともに口に唱えた約束の言葉。
「何のことだか分からないけど、あたしが伊乃地君と約束したんなら、守れて良かったな……」
晴夏は涙に濡れる瞳で、静かに霧斗に頷いた。
◇
「ギロチン女っ! 貴女もなかなかやりますねっ! にゃん!」
スキニング・キャットは、ギロチーヌが男性客達に羽交い絞めにされながらも、そのギロチンの刃でクランヌに一矢報いたことに感心した様子だった。
「ならば、私も負けてはいられませんねっ! にぃやあぁぁーんっ!」
宙に振り上げたまま直立して、その動きの止まっていたキャットの猫鞭の尻尾が、バシンッ! と勢いよく背後の男性客を払いのける。
「ぐわあぁぁーっ!」
その顔面を猫鞭の尻尾で殴打された男性客は、顔を押さえ込みながら、後ろに仰け反っていった。
「いけませんね、私としたことが。いくら相手が通常の人間を超える怪力であろうと、元はといえば普通の人間です。大義なき殺人は私の美学に反します。にゃん!」
キャットは、顔面の皮膚を剥ぎ取られ血塗れになる男性客の姿に、溜め息を漏らした。
「「「この化け猫女があああーっ!」」」
周囲の他の男性客達が、次々にキャットに襲いかかっていく。
「いいでしょう。あなた方とは素手で相手をして差し上げます。にゃん!」
キャットは、そう言って両拳を構える。
「くたばれがあっ! 猫アマあっ!」
涎を垂らし、恍惚の表情で牙を剥くオタクタイプの男性客。
「にゃん!」
キャットの右脚が男に向けて繰り出される。
エナメルの革靴の爪先が男の腹を蹴り上げる。
「ぐふうっ……」
無防備に突き出した腹を蹴り上げられ、男が悶え、転倒する。
「この猫女あああっ!」
次から次に男性客達がキャットになだれ込む。
「にゃにゃにゃにゃーん!」
キャットの回し蹴りが瞬時に男達に炸裂、山のように男達が床に倒れ込んでいく。
「「「があぁぁっ……」」」
サファーデと呼ばれるフランスの蹴り技を駆使した猫耳の燕尾服の少女の前に、数十人にも及ぶ男性客達が倒れ、呻き声を上げている。
「まあっ? 仔猫さん凄いわぁーっ!」
ギロチーヌは、いまだ他の男性客に羽交い絞めにされたまま、悶えていた。
「ふっ。むやみにギロチンの刃でその男性達を襲わないところを見ると、貴女の心の奥底にも真の美学の存在を感じさせられますね。にゃん!」
何気にギロチーヌを褒めるキャットの爪先が、その背後の男性客を蹴り上げる。
「ぐはあっ……」
ギロチーヌの頭越しに、キャットのハイキックで、そのこめかみを蹴られた男性は、瞬時にその場に崩れ落ちた。
「ふふっ。残るはあっちの、ふしだらな男達ですかね。にゃん!」
キャットが振り向くと、そこにはブラジャーをはだけた少女を抱えたまま、ステージを逃げる霧斗の姿があった。
「ぐへへへえっ! おい、坊主! プーペ・ホワイト様をこっちに寄越せ!」
「桃未知さんをお前らなんかに渡すものかあーっ!」
口から涎を垂らした数人の男性客達が霧斗を追う。
「い、伊乃地君。あたしはいいから、逃げて……」
霧斗の腕の中で、桃未知晴夏が決意に満ちた瞳で囁く。
「生きて帰る約束は、二人で一緒にじゃなきゃ、だめなんだ……」
晴夏の気持ちを踏みにじることは分かっている。
しかし、霧斗に迷惑をかけまいと自分一人が犠牲になろうとする晴夏の決意を受け入れる訳にはいかない。
「姫を守ろうとする王子を狙うなど、あなた方には紳士としての美学が欠けているようですね。その、ふしだらな顔は見ていて吐き気がします! 紳士でないなら、いっそのこと去勢したらどうですかっ? にぃやーんっ!」
スキニング・キャットが瞬時に跳躍、跳び蹴りが男達の股間を直撃する。
「ぐおぉぉぉっ……このアマあぁぁっ……大事な所を蹴りやがった……」
男達は股間を押さえ込んだまま、崩れ落ちていった。
「うわっ……スキニング・キャットを敵に回すと怖いな……」
立ち止まった霧斗が、喘ぐ男達を見て、呟く。
「……っていうか、スキニング・キャットは敵だよな? 何でボク達を助けてくれたんだ……?」
猫耳の燕尾服の少女を、霧斗が怪訝な目で見つめた、その時だった。
「「「きゃあああぁぁーっ! た、助けてぇぇぇーっ!」」」
会場内のどこからか、複数の若い女性の叫び声が響いた。
「ど、どこだっ……?」
悲鳴に驚いた霧斗が、薄暗い会場内を見まわす。
「へっへーんっ! テメエらよ、バカな男性客達の相手をすんのに手一杯で、あたいの存在、忘れてただろっ?」
見れば、会場の隅の観客席の一角で、スカル柄のTシャツを着たパンクファッションの少女が空中に浮かんでいた。
そして、その真下にはレオタード姿の五人の若い女性達が座席に腰掛けていた。
見れば、五人全員がその身体を縄で座席に縛り付けられていた。
「いやっ……は、放せっ……放してくれっ……私は五秒以上、同じ所でじっとしていられないんだっ!」
中央の座席に縛られる赤いレオタード姿の若い女性。
メンバー全員が十代半ばの大人気アイドルグループ、『カラフル・プーペ』のリーダー、プーペ・レッドこと、
ショートの髪がよく似合う、ボーイッシュなタイプだ。
「わたくし達をこのままどうする気なのですかっ? い、家に帰してくださいませ。爺が心配しています……」
その右隣、青いレオタードに身を包んだロングヘアの女性。
カラフル・プーペのサブリーダー、プーペ・ブルーこと、
洗練されていて気品があり、理知的な大人びたタイプだ。
「きっと、椅子に縛り付けて、あんな事や、こんな事をしようと言うのねー。なんてはしたない。きゃっ、あたしとしたことが、よからぬ妄想をー。い、いやだわー。まだ心の準備ができてなーいっ……」
さらにその右端、緑色のレオタードに身を包んだセミロングの髪の女性。
カラフル・プーペの、癒し系キャラ、プーペ・ビリジアンこと
おっとりした牧歌的なタイプ。
妄想の世界に棲んでいるので、目の前の現実に気が付くのに数十秒の時間を要することもあるという、まるで恐竜のような頭脳を持っていると、ファンの間でも評判だ。
「これは危険信号! 黄色いシグナル、チカチカするわっ! イエロービームでこのピンチを切り抜けろっ! くらえーイエロー・ビームっ! なんて出るわけないかあっ……」
中央のレッドの左隣、黄色のレオタードに身を包んだソバージュの髪の女性。
プーペ・イエローこと、
少々、神経質で周囲の変化を敏感に察知する性格だ。
しかし、早合点が多いのが玉に瑕である。
「ウェェーンっ! どーしてウチは縛られちゃってるのおん? ももたん辛たんっ! ツラツラ辛たんたんっ! たんたんたんたん担担めーんっ!」
イエローの左隣、ピンク色のレオタードに身を包んだツインテールの髪の女性。
プーペ・ピンクこと、
不思議ちゃんキャラで名を馳せる。
本人曰く、宇宙空間に浮かぶ建設途上の要塞、『桜田ふぁみりーあ二号棟』の出身とのこと。
「クランヌっ! アイドルの女の子達をどうするつもりだっ!」
霧斗が抱えた晴夏をそっと床に降ろし、観客席へと駆け寄っていく。
「伊乃地君、気をつけて……」
ステージ上に降り立った晴夏は、クランヌに立ち向かう霧斗の背中を不安げに見つめた。
「ケッ! テメエ、バカかっ? この状況でするこたあ、一つに決まってんだろーがっ! あたいを誰だと思っていやがるっ! 天下の
五人のアイドル達の頭上を、ヘリコプター態となったクランヌが回転しながら旋回する。
「へっへーんっ! 五人のアイドル達の頭蓋骨をクラッシュする前によっ、ちょいとお楽しみをさせて貰うぜーっ!」
片手にナイフを突き出したクランヌが、横一列に並ぶカラフル・プーペのメンバー達のレオタードを瞬時に切り裂いていく。
「きゃんっ。あたしのビリジアンなレオタードが、ズル剥けにー! いきなり大胆なプレイ、心の準備が追いつかなーいっ!」
「わたくしとしたことが、なんてふしだらな格好を……爺に叱られてしまいます……」
「やめろーっ! 私が裸になると野生の血が騒ぐーっ! 五秒以上裸にするなーっ!」
「イエロービームが出ないで、代わりに危険なお乳が丸出しにっ? こうなったら、お乳を揺らして恋のSOSを発信するしかないわっ!」
「ウェェーンっ! ももたんのパイタン麺がぷるぷるぷりんとこんにちはーしちゃったーっ! ぱいぱいたんたんパイタンめーんっ!」
緑、青、赤、黄色、ピンクの順に、そのカラフルなレオタードがハラリと脱げ落ちる。
五人ともそれぞれが、そのブラジャーまでもを器用に切り裂かれ、その乳房を露わにさらけ出してしまっていた。
ビリジアンこと真希葉と、イエローこと小黄絽は、半球型のふくよかでまるで果物のような丸みのある乳房だ。
そしてピンクこと百菓は、その不思議ちゃんキャラの小柄な体型に似合わず、しずく型の、はちきれんばかりに豊かな乳房だった。
さらにブルーこと緒素羅は、その気品高い外見にふさわしく、乳首が上向きの釣鐘型で、均整の取れた洗練された乳房であった。
最後にレッドこと赤奈は野性的なボーイッシュなキャラにふさわしいと言えるのか、蕾のような乳首が申し訳程度に乗る、平べったいペチャパイだった。
「へへへっ。この五人の玉達のよー、揺れるオッパイもなかなかいい眺めだよなーっ。あたいの趣味にピッタリの生の果実達が、いい目の保養になるぜーっ!」
観客席の空中を旋回しながら、クランヌが五人のアイドル達の露わになった乳房に目を釘付けにする。
「こんな……こんな酷い仕打ちをアイドルにするなんて!」
観客席に辿り着いた霧斗が、五人のアイドル達の裸体を縛り付ける縄に手を掛ける。
「ボクが、こんな縄、すぐに解いてあげます!」
そう言いながら、必死に縄を解こうとする霧斗であったが、どうもその視線のやり場に困ってしまう。
「ケッ! テメエ、余計なことすんじゃねーぜ!」
クランヌが足元の座席に張り付く霧斗に苛立ち、その両脚を広げようとしたその時だった。
「もうっ! アイドルの女のコ達のおっぱいに鼻の下をビロンビロンに伸ばして、嬉しそうにしているなんて、どういうことよーっ?」
ステージ上に居たギロチーヌが、すかさずその両腕を交差、観客席に向けギロチンの刃を構える。
「
ギロチーヌの決め台詞とともに、ギロチンの刃が炸裂する。
「うっわあああっ? こ、これボクを狙って飛んで来るのかあーっ?」
幾重にもスライドを続けるギロチンの刃に、霧斗がその身を屈ませる。
「い、いやっ! これは、あたいだろっ! このクランヌ様に目がけて飛んで来やがるに違えねえっ!」
宙に浮くクランヌは大慌てで上体を高速回転、ヘリコプターと化した身体を上方へと逃がす。
「「「きゃあぁぁーっ! むしろ私達にこそ直撃するかもーっ!」」」
ブウン! と風を切り、スライドを続けるギロチンの刃が観客席に縛り付けられるアイドル五人組の頭上すれすれを掠める。
シュルルルルッと弧を描きながら空中を彷徨い続けるギロチンの刃が、天井のスポットライトを斬り落としていく。
ガシャーン! と音を立てて次々に落下するスポットライトが割れる。
「うわあああっ? 真っ暗になっちゃうじゃないかっ! 一体何やってるんだよギロチーヌちゃん! クランヌを狙ってるのか、ボクを狙ってるのか、アイドルの女の子達を狙ってるのかハッキリしてくれよ!」
「オーッ! お餅を焼いてしまったら、ギロチンの狙いが野獣の首に向かってしまったみたいだわーっ! 男は皆、野獣だってマリーさんが言ってたんだもん!」
責める霧斗に、ギロチーヌはとぼけた返事をするのだった。
「お餅を焼いたって何だよ? ヤキモチのことかっ……?」
呆れ気味に霧斗が呟き返したその時、
「ケッ! テメエのギロチンが使えねえ代物だってこと、よーく分かったぜっ!」
空中へと避難していたクランヌが再び下降、観客席のアイドル五人組の頭上へ接近する。
「まあ、邪魔者も多いことだしよ、遊んでねえでとっとと殺しちまうか! クランヌ様の
横一列に並んだアイドル達の頭上でクランヌがその両脚を広げる。
「「「いやあーっ? 私達、おっぱいを丸出しにされだけじゃなくて、今度は何をされちゃうのおぉぉーっ?」」」
頭上のクランヌの不可解な仕草に、アイドル五人組が恐怖に怯える。
「うわっ……アイドルの子達が殺される……」
霧斗が慌て観客席の五人に飛び込もうとした時、
「させませんよッ! クランヌ! 貴女の衝動による無意味な殺戮は、上司であるこの私が許しません! にゃん!」
スキニング・キャットが観客席のアイドル達を助けるべく、猫鞭の尻尾を振り上げようと身構えた。
「「「きゃーっ、猫耳さんが私達のこと、助けてくれるのおぉぉーっ?」」」
五人のアイドル達が、はだけた乳房を揺らして、猫耳の少女の姿を嬉々として見つめる。
「にゃにゃっ? み、皆、とても豊かな胸をしていますねッ! こ、こんなにも豊満な乳房を見せつけられてしまうと、私のコンプレックスが刺激されてしまい、助ける気が失せてしまいそうです……にゃん……」
自らの燕尾服の胸元を撫でながら、キャットがたじろぐ。
「緑と黄色の少女の乳房はまるで熟れた果物。もはや収穫の時期を待つのみですッ……青の少女も侮れませんね。気品がある上に実の詰まった、質も量もその二つをパーフェクトなまでに磨き上げた芸術級の乳房ですッ! そしてピンクの少女は論外にも程があります。到底、人間の乳房とは思えません。もはやこれは哺乳類の進化形態さえも逸脱し、まさに宇宙誕生のビッグバンが再び起こっているとしか思えませんッ! にゃん!」
横一列に揺れるアイドル達の乳房に驚愕し、身を震わせるキャット。
その額を汗で濡らし、焦燥の想いで見つめる乳房に、一つの光明を見出した。
「……そうですっ! 赤の少女ならっ! 赤の少女ならば、私と寸分違わぬ程のキュートな乳房ッ! この子ならば、この私も怯むことなく助けることができるでしょう! にゃん!」
キャットの目には、プーペ・レッドこと赤奈のペチャパイが、まるで干からびた砂漠の中に見つけるオアシスのように眩しく輝いて映るのだった。
「おいおい、上司っ! テメエ、アホだろっ? 玉達の胸見て冷や汗垂らしてるようなマヌケが、あたいの上司だって言うのかっ? こんな上司、こっちから願い下げだ、バカやろうっ!」
クランヌの両脚がガシッとアイドルの顔面を挟み込む。
「うぐっ……何をする……私の顔を……五秒以上挟み込むな……」
ショートの髪のボーイッシュな雰囲気の少女が、両頬に喰い込むロングブーツに苦悶する。
「あ、赤の少女に手を出さないでっ! にぃやあぁぁーんっ!」
苦しむ赤奈の姿に、キャットが泣きながら猫鞭の尻尾を振り上げる。
しかし、涙に濡れたキャットが放つ猫鞭の尻尾は、クランヌの胴体すれすれのところを掠めただけで、大きく逸れてしまうのだった。
「へへへっ! なにやってんだバカ上司っ! テメエのペチャパイ仲間の頭蓋骨がクラッシュされる様を、そこで黙っておとなしく見てろってんだっ!」
クランヌが、その上体をゆっくりと回転させ始める。
「クランヌやめろーっ! アイドルの子達を殺させるものかっ!」
霧斗が必死で、赤奈の頭上のクランヌに食って掛かる。
「もう! ギロチーヌちゃんっ! 肝心な時に何やってんだよっ! これじゃクランヌの思うがままにアイドル達が殺されちゃうじゃないかーっ!」
クランヌに挑みながら、霧斗がギロチンの少女を横目で見る。
「ごめんねーっ。アタシのジェラシーの炎が一度燃えてしまったら、ギロチンの刃が言うこと聞いてくれなくなっちゃったのよーっ……」
ギロチーヌの交差する腕からスライドしたギロチンの刃は、まるで暴れ馬のように空中で踊っていた。
「なんだよっ! それでも本当にマリー・アントワネットの首を刎ねたギロチンなのか……?」
嫉妬心にその狙いを定めることもままならないと聞き、霧斗が呆れ気味に溜め息を吐く。
その時であった。
ビュッ! と空気を切る音とともに、どこからともなく一本の矢が放たれた。
「おわあっ? 痛ええええーっ!」
放たれた矢がクランヌの額に命中、その衝撃で赤奈を挟み込む両脚のホールドが解かれる。
「げほっ……げほっ……私は五秒以上挟まれていたが、助かったのか……?」
放された赤奈は、むせ返るも、何とか無事なようだった。
「僕の大事なプーペ達に手を出すなっ!」
ニキビ顔の少年が大声で叫ぶ。
その手には一台のクロスボウが握られていた。
「い、市ヶ谷君っ?」
矢を放った少年を霧斗が一瞥する。
すると、そこには、いつの間に着替えたのか迷彩服に身を包んだ市ヶ谷竹呂宇の姿があった。
「伊乃地君っ! 君はよくぞ僕の愛するプーペ達を守ろうとしてくれたね! 僕はこれ程までにモテない同盟の同志である君の存在を心強く思ったことは、いまだかつてなかったよ!」
竹呂宇は霧斗に向かい親指を立ててサムズアップ。
「あれ、市ヶ谷君、あのファンの男の人達の中に居なかったっけ……?」
霧斗がステージに倒れたままの観客の男性達に目を向ける。
「僕はあの黒いドレスの女の人の死体が天井から降ってきた時点で、カラフル・プーペ達の危険を感じ、武器を調達しに街へ出ていたんだ!」
竹呂宇はそう言って、その背に負うリュックサックをユサユサと振ってみせた。
異常なまでにパンパンに膨れあがったリュックサックからは、何やら得体の知れない物がギッシリ詰まっていそうな雰囲気が濃厚に醸し出されていた。
「待っててね、僕のプーペ達! 僕が絶対キミ達を救い出してみせるからあーっ!」
鼻息を荒げた竹呂宇が、観客席で乳房を晒す五人のプーペ達にウインクする。
「「「こんなに真剣に守ってくれようとするファンなんてはじめてーっ!」」」
五人のプーペが歓喜にその乳房を震わせる。
「ブバババーっ! こ、これ、鼻血なんかじゃないんだからねーっ! 戦いの興奮に武者震いしたら、お昼に食べたトマトスパゲッティのソースが鼻からカーニバルしてるだけなんだからさーっ! ブババババあーっ!」
鼻から豪快に、何やら得体の知れない赤い液体を噴き出しつつ、竹呂宇がクランヌに向き直る。
「テッメエエエーっ! このクランヌ様のデコに穴あ開けやがってよーっ! どうなるか分かってんだろうなあーっ?」
クランヌがその額から、グイッと矢を引き抜き、竹呂宇を睨み付ける。
ピューッと勢いよくクランヌの額から噴き出された鮮血が、竹呂宇の顔面に降りかかる。
「うっわアアアーっ! この怪物女がアアアーっ!」
ビュッ! ビュッ! と竹呂宇の握るクロスボウから矢が連続して放たれる。
「テメエエエェェェーっ! あたいの顔面穴だらけにしてえのかあーっ? このニキビ野郎ーっ!」
鼻や頬、顎などに数本の矢が刺さったピンクと銀のストライプの髪の少女が、両足を広げ蛙のようにピョンと跳躍する。
「ひいいいっ? 僕の頭の上に乗ったアアアーっ?」
クランヌの交差したロングブーツの踵が、竹呂宇のニキビだらけの頬に喰い込んでいく。
「へへへっ! ロックオンしたクラッシャーが、いきなし超高速回転モードでバリバリバリバリーッ!」
顔中に矢の刺さったクランヌがその両腕を水平に伸ばし、その上体をギュイーンと高速回転させる。
「うおおおおおおおおおオオオオォォォォーッ!」
獣の咆哮のような叫び声を上げ、竹呂宇がその鼻の穴から黄色がかった脳漿を噴出する。
「い、市ヶ谷君ーっ!」
霧斗が竹呂宇に駆け寄るも、その足元に既に顔面の潰えた竹呂宇の胴体が転がり落ちる。
「「「きゃああぁぁーっ! 私達の大切なファンなのにいいいーっ!」」」
五人のプーペ達が、目の前で無残な姿に変わり果てた竹呂宇に泣き叫ぶ。
「市ヶ谷君をよくも殺してくれたなあああっ! クランヌーっ!」
霧斗は竹呂宇の二度目の死に憤怒し、我を忘れてクランヌに跳びかかった。
「ケッ! テメエ、あたいに勝てると思ってんの?」
意地悪くクランヌが笑い、跳びかかる霧斗の頭に跨ぎ乗る。
「うぐがっ……このやろ……放せ……」
交差するロングブーツの両脚にその顎を挟み込まれ、霧斗が悶える。
「へっへ! 死んじまったダチ公の為に怒り狂ってよー、テメエ自身も死ぬ羽目になってりゃ世話ねえな!」
両腕を水平に伸ばした
「かっ……はあ……」
上下から挟み込まれた霧斗の頭蓋骨が、ミシミシと音を立て軋み出す。
「ク……ラ……ン……ヌ……お前えええーっ……」
持てる力を最大限に振り絞り、霧斗が頭上の拷問怪人を振り払おうと試みる。
その刹那、ビリビリビリッと激しいスパーク音が聞こえた。
「ひぎゃああああああーっ? な、なんだあーこりゃあーっ?」
絶叫しながらクランヌがその身を仰け反らせ、崩れ落ちる。
「も、桃未知さんっ……?」
締め付ける両脚から解き放たれた霧斗が、眼前に立った少女の姿に目を見張る。
「二人で一緒に、絶対生きて帰ってみせるんでしょ? 伊乃地君……」
その手に竹呂宇のスタンガンを握りしめたポニーテールの少女が、霧斗を優しげに見つめていた。
「テッメエエエーッ! このクランヌ様に何しやが……」
「来ないで!」
起き上がるクランヌに、すかさず晴夏の手にするスタンガンの電撃が押し当てられる。
「ぎぃやあああっ……やめろ! やめやがれえええーッ! あたいの脳味噌シビレちまうぜえええーっ……」
その脳天に放電するスタンガンを押し当てられ、クランヌが痙攣しながら苦しみ悶える。
「ハッ。私としたことがコンプレックスに想いを向け過ぎ、目の前の現実を取り逃がしていました。いけませんね。部下の暴走を止めるのは上司の務め! 今こそ果たすべき責務、果たさせて頂きます! にゃん!」
しばしの間、その意識が別世界へと飛んでいたスキニング・キャットであったが、響き渡る部下の悲鳴に気を取り直し、猫鞭の尻尾を猛然と振り上げた。
「もうーっ! アタシのギロチンがお馬さんみたいに跳びはねている間に、ジェラシーの相手が電気ショック刑を執行するなんてーっ! アタシも負けていられないわーっ!」
ギロチーヌの暴れ馬のように波打ち踊るギロチンの刃が、ステージ内の天井を宙返りし、その狙う方向を百八十度変えていく。
ヒュルルルッと大蛇のようにうねる猫鞭の尻尾と、ブウンと空気を切り滑りゆくギロチンの刃が、互いに重なり合いながら、痙攣を続けるクランヌの元へ突き進む。
「おわわわわっ……き、汚ねえぞ、テメエらっ! あたいがビリってる時を狙いやがってよーっ……」
痙攣するクランヌの顔面を皮剥ぎの鞭が撫でる。
「ぎゃぃいいいいっ……いでででででっ……痛えぇぇぇーっ……」
ベリベリッとその頬の皮を剥ぎ取られ、クランヌがその頬骨を剥き出しにする。
「あうあぅ……あたいの……クランヌ様の頭蓋骨が……丸見えだ……」
「へぐはあっ……」
その刹那、スパアンッと肉を切り裂くギロチンの刃の音が響き渡り、クランヌの首がゴロリと転げ落ちた。
「やった! クランヌを! クランヌを遂に倒したぞーっ! ギロチーヌちゃん、やったぜ!」
霧斗が歓喜に跳び上がる。
その足元には両目をカッと見開いたままの、頭蓋骨粉砕器の少女の頭部が転がっている。
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