第21話 空中デートの行く先は……?

「クランヌ!」


 霧斗が気付いた時には既に遅かった。


「へっへっへ! イカした上玉、あたいの超好みだぜっ!」


 スカル柄の黒のTシャツと、チェックのショートパンツという、パンクファッションの少女が、美香流の顎をその両脚で挟み込む。


「ぐ……ぐるじぃ……助けて……」


 立ったまま両頬をロングブーツのヒールで抑え込まれ、美香流が苦悶の声を上げる。


「ミカルンを放せえっ! 放せよーっ!」


 晴夏が混乱に狼狽え、美香流の頭の上の少女に喰らいつく。


「ギロチーヌちゃん! 斬首執行だ!」


「ギロチン変化! メタモルフォーゼ!」


 出遅れた霧斗の掛け声に、亜麻色の髪の少女は瞬時に頷き、その両腕を鋭い刃に変えた。


斬首執行デカピタスィョン! 好みの玉とかイヤらしいわーっ!」


猫鞭変化ヴァリヤスィョン・ドゥ・フエ・ドゥ・シャ!」


 ギロチーヌの斬首を告げる台詞が発せられた瞬間、店の隅でもう一つ別の台詞が発せられていた。


 シュルルルルッと空気を切り裂く音とともに、ギロチーヌの重ねた両腕の刃がスライドし、美香流の頭上に跨るパンクの少女へと滑り込んでいく。


「おわわわっ? は、速えっ!」


 クランヌが迫るギロチンの刃に、一瞬その表情を凍らせるも、


「させるものかッ! にゃん!」


 瞬時に繰り出された猫鞭の尻尾が、迫る刃を叩き落とした。


 ガクン!


 その高度を下げたギロチンの刃が店の床を這いずり、スライドを続けたまま、店の壁に突き刺さる。


「いやあーん。ギロチンの刃が壁に刺さったまま抜けないわねーっ!」


 ギロチーヌが引っ込まない腕に困惑する。


「スキニング・キャットっ? お前もこの店に居たのか!」


 霧斗が猫耳姿のキャットに驚く。


「ふっ。あくまでも偵察のつもりが、単細胞な部下が先走ってしまいましたっ! 完全なる失態です! にゃん!」


 キャットは悔しげに唇を噛み、霧斗に告げると、パンクの少女に向き直り、まくし立てた。


「クランヌ! 何をしているんです? 狙うのはギロチンの女です! そんな無関係な女は放っておきなさい! にゃん!」


「うっせーな! あたいはそんなギロチン女より、こっちの上玉を頂きてえんだ! クランヌ様の頭蓋骨粉砕の宴クランヌ・エクラザン・ラ・フェット! 今ここに幕開けだぜーっ!」


 咎めるキャットをよそに、美香流の頭上に跨るクランヌがギリギリとその上体を回転させ始める。


「がっはっ……」


 上下からその頭蓋を圧迫され、美香流が苦痛に顔を歪める。


「ミカルンを放して! 放してよ!」


 晴夏が執拗にクランヌを振りほどこうとするも、回転を始めた頭蓋骨粉砕器クランヌ・クラッシャーに弾かれてしまう。


「ケケッ。テメエもこの女の次にイカした玉じゃんか。こいつをクラッシュしたら、次はテメエの番な……」


 ギリギリと美香流の頭部を圧し潰しながら、回転するクランヌが晴夏を物欲しそうに見つめる。


「ねえー、ギロチンの刃が全然抜けないのよぉーっ! どうしたらいいのぉーっ!」


「こんな時に何やってんだよ! クランヌを! クランヌを早く倒さないといけないのに!」


 必死に壁からギロチンの刃を引き抜こうと藻掻くギロチーヌの背中を、霧斗が引っ張る。


「ふふっ! 隙だらけですねっ! ギロチン女を今こそ仕留めます! にゃん!」


 壁に突き刺さる刃を引き抜こうと、やっきになる霧斗とギロチーヌの背後から、スキニング・キャットの猫鞭の尻尾が襲う。


「ぬっ、抜けたあああーっ!」


 スポッ、と気持ちの良いくらいの音とともに壁から引き抜かれたギロチンの刃の反動で、霧斗とギロチーヌが後ろに仰け反り返ってしまう。


「うわああーっ!」


「きゃあぁぁーっ!」


「にぃやあぁぁーんッ!」


 倒れ込む霧斗とギロチーヌに圧し潰されるように、燕尾服の仔猫の少女がそのまま下敷きになる。


「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁーッ!」


 その側で、断末魔の叫び声とともに美香流の頭蓋が砕け散った。


ワインレッドのワンピースを血に染めた胴体は、三つ編みの髪のぶら下がったままの潰えた頭蓋を乗せたまま、床に崩れ落ちた。


「「「きゃあぁぁーッ!」」」


 店内に居た他の客達から悲鳴が上がる。


死人が出たことに騒然となり、人々が逃げまどう。


「い、いやあぁぁーっ! ミカルンがっ! ミカルンがあぁぁーっ!」


 頭部の潰えた一ノ瀬美香流の死体に縋りつくようにして、桃未知晴夏が泣きじゃくる。


「うわあああっ? 一ノ瀬さんがあああっ……」


「きゃあーっ? 頭が砕けちゃったのねえーっ……」


 倒れ込んでいた霧斗とギロチーヌが起き上がり、美香流の死体に呆然となる。


「くっ……どうしてッ! どうして無意味な殺戮をッ! にゃん!」


 霧斗達の下敷きになっていたスキニング・キャットは、起き上がるや否や、クランヌを睨み付けた。


「クランヌ! 貴女を見損ないましたよ! 今回はあくまでも偵察だった筈! それなのに、ギロチン女の眼前にしゃしゃり出た挙句、全く無関係の人間の女に手を出し、殺すとは許しがたい暴走ッ! 貴女がいくらカルナージュ様の寵愛を受けている身であるとしても、この暴挙、捨て置くわけにはいきませんっ! にゃん!」


 キャットは、おもむろにショルダーバッグを取り出すと、バッグのフラップを開け、クランヌへと向けた。


「今回の偵察は中止! 貴女をバッグに封印します! にゃん!」


「ケッ! 頭のお堅い上司だこと! テメエの頭蓋骨もぶっ潰してやりてえけどよ! あたい、今度はこっちの玉をご馳走になりてーんだっ! 邪魔すんなよバーカ!」


 迫り寄るキャットを巧みに避けながら、クランヌが晴夏の元へ歩み寄る。


「テメエ来いよ! あたいと共に愛の逃避行だぜ!」


 クランヌがその右腕で、ガシッと晴夏の頭を掴み込む。


「嫌あぁぁっ! 放してっ! 放してよっ……」


 ポニーテールの髪の毛を振り乱しながら晴夏が悶える。


「クランヌ・ヘリコプター超高速回転っ! ブルブルブルブルーン!」


右腕で晴夏の頭を掴み込んだまま、クランヌが左右に伸ばした両腕をヘリコプターのメインローターのように勢いよく回転させる。


すると、クランヌの身体が宙に浮かび始めた。


「嫌ああああああぁぁぁぁぁーっ! 目が! 目が回るうぅぅーっ!」


 空中でクランヌと共に回転する晴夏の悲鳴が響き渡る。


「待ちなさい! 行かせるものですか! にゃん!」


 キャットの猫鞭の尻尾がすかさず、宙に舞うクランヌに目がけ繰り出されていく。


「も、桃未知さんが連れて行かれるっ? ギロチーヌちゃん斬首執行だっ!」


斬首執行デカピタスィョン! 嫌がる相手を無理やり連れて、なにが愛の逃避行よーっ!」


 霧斗の掛け声に、ギロチーヌの刃が瞬時にクランヌに向けて滑り出す。


「へへーん! あたいのヘリが急旋回! ゴスロリショップの遊覧飛行と洒落込みますかあーっ!」


 クランヌがその身体の向きを傾けると、ヘリコプターと化した回転する上体部分が大きく旋回、店の中を弧を描くように飛び回る。


 ヒュルルルッと大蛇のようにうねりながら襲う猫鞭の尻尾と、ブウンと鋭く空気を切り滑りゆくギロチンの刃の双方が、その狙いを外し、天井に吊るされたシャンデリアを直撃する。


ガシャーンと大きな音を立て、床に落下するシャンデリアの破片が飛び散る。


「いやあああっ……私のお店があああっ! 壊れてゆくうううーっ……」


 ゴスロリの黒のドレスを着た若い女の店員が、半狂乱になりながら、赤い薔薇のコサージュのリボンで飾ったショートボブの黒髪を掻き毟る。


「お、お客様はお亡くなりになられるし、お店の中は滅茶苦茶で、私の夢の詰まったこのお店ももうお終いだわ……」


「おおーっ? 泣いてるお姫様もイカした上玉じゃんかっ!」


 精神を混乱させ泣きじゃくる女の店員の頭を、クランヌが回転しながら、その左腕で掴み上げる。


「へっへっへーっ! あたいの両腕によ、上玉の果実を抱き締めて、両手に花で、このクランヌ様は至極ご満悦だぜーっ!」


 右腕に桃未知晴夏、左腕にゴスロリショップの女性店員を掴み上げ、クランヌが空中を回転し続ける。


「嫌あああぁぁっ……伊乃地君、助けてえぇぇっ……」


「いやあぁぁっ……私のお店を返してえぇぇっ……」


 クランヌの両腕で晴夏と女性店員とが泣き喚く。


「クランヌっ! 桃未知さんと店員さんを放せーっ! このやろおおおーっ!」


 霧斗が空中のクランヌに跳びつこうとするも、その身体は届かない。


「バーカ! 短足坊や! アンヨが短きゃ、惚れてる女も救い出すこたあ、できねえな! ずっと跳んでな! 日が暮れるまでよっ!」


 回転するクランヌが舌を出しながら霧斗を小馬鹿にし、そのまま店の窓へとその身体を向ける。


「逃がすかっ! にゃん!」


斬首執行デカピタスィョン! 逃げる卑怯者はドコまでも追うわーっ!」


 キャットの猫鞭の尻尾とギロチーヌの刃が再びクランヌへと振り注ごうとするなか、バリーンと勢いよく店の窓ガラスを割ったクランヌが、窓の外へと飛び出していった。


「あばよ! バカ上司とポンコツギロチン!」


 捨て台詞を吐いたクランヌが竹下通り上空を、晴夏と女性店員をぶら下げたまま飛んでいく。


 ヒュルルルッ!


 スキニング・キャットの猫鞭の尻尾が割れた窓ガラスから突き出るも、飛び去ったクランヌには届かない。


「くっ! 逃がしたかっ! にゃん!」


 キャットが悔しげに唇を噛む。


 その一方で、ブウン、と勢いよく滑り出したギロチンの刃がスライドしながら、窓の外へと飛び出したまま、延々と伸び続けていった。


「きゃあーっ? ギロチンの刃が止まらないわーっ?」


 交差した腕を突き出したまま、ギロチーヌが慌てだす。


「うわあああっ? このギロチン、どこまで伸びていくんだあああっ?」


 霧斗が割れた窓の向こうに目を向ける。


 飛び去っていくクランヌを追う追尾型のミサイルのように、ビルの二階に位置するゴスロリショップの窓を飛び出したギロチンの刃は、大きくカーブしながら竹下通りの上空を道路沿いに伸び続けていた。


「なんか通りの先の先まで果てしなく伸びていってるよ、あのギロチン……」


 通りの左右に所狭しと立ち並ぶショップのビルの合間を縫うように伸びていくギロチンに、霧斗が困惑の声を漏らす。


 ガキン!


 遥か遠くの方でギロチンの刃が何かにぶつかった感触をギロチーヌが感じた。


「あら? 何かにぶつかったみたいっ?」


 その時、ギロチーヌの脳裏に、とある閃きが思い浮かんだ。


「ねえ、アタシの背中に掴まって!」


「へっ? 何をいきなり……?」


 ギロチーヌの唐突な言葉に、霧斗が訳も分からずに、その背中に掴まる。


「ちゃんと掴まっててね! 行くわよーっ! ギロチン逆解除ぉーっ!」


 ギロチーヌの掛け声とともに、その身体がフワッと宙に浮き上がる。


「うわわわっ? と、飛んだあああっ?」


 突然の浮遊感に霧斗が驚く。


シュルルルッと空気を切る音とともに、遥か遠くで何かの物体に突き刺さったであろうギロチンの刃の先端に引き寄せられるようにして、ギロチーヌの身体が竹下通りの上空に飛び出していく。


「わ、私一人だけ置き去り……? にゃん」


 スキニング・キャットは狼狽しながら、ガラスの割れた窓枠に立つと、


「天然仔猫女の跳躍力を甘く見ないでください! にゃにゃにゃにゃーん!」


 窓の外へと跳躍、竹下通りの空中へと躍り出ていった。







「わああぁぁっ! ビルにっ! ビルに、ぶつかりそうだよおっ!」


 竹下通りの上空に霧斗の悲鳴がこだまする。


「ギロチンの逆解除は、ジャポンで言うソージキのコードの自動巻き取りと同じ原理なのよぉーっ! アタシ達が言わばコードね! 荒っぽく巻き取るのがフランス流なのよぉーっ!」


 霧斗が掴んだ背中にギロチーヌの声の振動が伝わる。


「ギロチンの刃の先っちょが、掃除機だって言いたいのっ? こんな荒っぽい巻き取り方、日本製の機械なら絶対しないよっ!」


 ギロチーヌの背中に掴まりながらも、霧斗は身体のギリギリにまで迫り来る、通り沿いのビルから突き出た看板や、道に立つ街灯などに、えもいわれぬ恐怖を感じていた。


「とにかくクランヌの奴を追わないといけないのに、どこの何に突き刺さったのかも分からないギロチンの刃なんかに巻き取られてていいのかよっ!」


「アタシのギロチンを信じて? ギロチンの導くままに、迷わず行けよ、行けば分かるさ、なのよーっ!」


 ヘリコプターと化したクランヌの姿を追うつもりが、通りの上空にはもはやその姿は見えなかった。


「なんだなんだ! 変な外人の女の子が飛んでるぞうううっ?」


「ほんと! ダッサイ男が、女の背中なんかに掴まっちゃって! ああいう男が日本のイメージを悪くするんだよねーっ!」


 竹下通りの雑踏のなかで、ペアルックのピンクの縞々のシャツを着た男女が、上空を見上げて驚いている。


「ぼくちんだったら、愛しいミーたんの後ろでお尻を追いかけるようなハレンチなマネはしないみょーん!」


「もう、タっくん紳士すぎーっ! 日本一の草食男子いいいいっ! もっと野獣系になってもいいんだぞっ?」


 そう言って、お坊ちゃんカットの相撲取りのような体型をした「タっくん」が、ちょんまげのように前髪を縛り、相撲取りのような体型の「ミーたん」と向き合って、お互いに突っ張りをし合うのだった。


「にゃん!」


 その時、シュッ、と空気を切る音を立て、タっくんの頭を何者かが蹴飛ばした。


「ぎはあっ? ぼくちんの頭があーっ! 誰かに蹴っ飛ばされたあああっ……」


「まあああ! タっくんだいじょーぶっ? 痛いの痛いの飛んでけー、ってしないとねっ……」


 目を回してよろけるタっくんを、ミーたんが必死で介抱をするのだった。


「にゃんとギロチン女は速いのでしょうか。天然猫女である私のスピードを凌駕しています! にゃん!」


 シュッ、シュッ、と空気を切る音を立てながら、スキニング・キャットは通りの左右に立ち並んだビルから突き出た看板や、道に立つ街灯の上などを足場にしながら、ジグザグに跳躍しつつ、ギロチーヌと霧斗を追っていた。


「うわあっ? う、後ろからスキニング・キャットの奴が追って来てるみたいだ……」


 霧斗が背後に微かな気配を感じ取る。


「えぇっ? あの猫鞭使いさんがもう?」


 ギロチーヌがチラリと背後を振り返る。


「ふっ。ギロチンの刃に引っ張られて空を飛ぶなど、そんな便利な使い方があるとは驚きです。この私も是非とも一緒に引っ張って欲しいですね。にゃん!」


 後方から迫り来るキャットが空中で手にした猫鞭を打ち放つ。


 ヒュルルルッ、と風を切り猫鞭が空中を蛇のようにくねる。


「アタシのギロチンに引っ張って欲しいとか言って、鞭で攻撃する気ね? そうはさせないわーっ!」


 ギロチーヌが猫鞭を躱そうと、咄嗟にその腕をクネクネとくねらせる。


 すると、ギロチーヌの腕の動きに合わせ、一直線に伸びるギロチンの刃が大きく左右に撓む。


「うわわわっ! 揺らさないでくれよ! あっちに揺れたり、こっちに揺れたり、時計の振り子じゃないんだからさ!」


 左右に大きく揺れるギロチンの刃に、霧斗の身体が、通りの左右に立ち並ぶビルのすれすれを掠っていく。


「むっ。心外ですね。私は本当にギロチンの刃に引っ張って欲しいだけでしたのに……にゃん!」


 鞭の狙いを外したキャットの不満げな声をその耳で聞きつつ、霧斗はその前方の光景に驚愕した。


「うわあっ? このままだとビルに! ビルに突っ込むぞっ?」


 竹下通りに沿って空中に伸びるギロチンの刃が、通りの入り口付近に建つガラス張りのビルへと真っ直ぐに繋がっていた。


 一見して七、八階建てくらいのそのガラス張りのビルの、五階か六階辺りのガラスが大きく割れ、その中へとギロチンの刃が続いていた。


「まあっ! バティモンを斬首してしまったのねーっ……」


「バティモンって何だよ? ……って、うわああああーっ!」


 ギロチーヌの言葉に、霧斗が疑問形で返したその瞬間、二人の身体がガラスの割れたビルの中へと突っ込んでいった。


「ふっ。バティモンとは、フランス語でビルなどの建築物のことです。にゃん!」


 猫耳のショートの青髪の少女は、したり顔で呟きつつ、ギロチーヌと霧斗に続いた。





「オーッ! 穴があったら入りたいとは、まさにこのコトねーっ!」


「違うだろおおおっ! ビルの中にある部屋の内壁まで穴だらけにしたんだろおおおっ!」


 バキバキバキッとギロチンの開けた壁の穴をさらに勢いよく広げながら、ギロチーヌと霧斗が建物の奥深くへと突っ込んでいく。


「オーッ! やっとギロチンの先っぽが見えたわーっ!」


「……って、うわあああーっ! 床に激突するじゃんかあああっ!」


 ギロチーヌが逆解除の出発点となったギロチンの刃の先端部を見つける。


 ビルの中の、とある大きな部屋の真っ白い床にギロチンの刃が突き刺さっていた。


 しかし、スライドした刃の全てをその腕に納めた途端、ギロチーヌと霧斗の身体は床に衝突してしまうのだった。


「痛てててっ……」


 床に投げ出された霧斗が、その周囲を見まわす。


「えっ? な、何で皆に注目されてるんだ……?」


 すると、周囲の者達の視線が全て霧斗とギロチーヌへと集中していた。


「こ、ここはどこなんだ? ライブハウスか何かか……?」


 霧斗を見つめるのは、ズラリと並んだ観客席に座る総勢百人程の若い男性達。


 ざわめき声を上げながら、皆、席から腰を浮かせて、落ち着かない様子だった。


 どうやら霧斗が衝突した場所は、観客席の前方に置かれたステージ部分のようだ。


「あらっ、カワイイ女のコ達も居るわよーっ!」


 ギロチーヌが、ステージの奥で蹲っている少女達の姿に気付く。


「「「うわあぁぁーん! 私達のライブがあぁぁーっ! 変な刃物に邪魔されたあぁぁーっ!」」」


 蹲ったまま泣き続ける五人の少女達。


 赤、青、緑、黄色、ピンクのカラフルな色のコスチュームをそれぞれが身に纏った、見た目に十代半ばくらいの少女達だ。


「うわっ? もしかしてこの子達のライブを、ギロチンの刃が中断させちゃった……?」


 霧斗の額に冷や汗が零れ落ちる。


「伊乃地君っ! また君かあっ? 僕にモテぶりを見せつけるだけじゃ気が済まずに、今度は僕が楽しみにしていたアイドルのライブまでも邪魔しに来たのかあああっ?」


 すると観客席の一角から、聞き慣れた声がした。


「うわあああっ? い、市ヶ谷君っ?」


 霧斗が声の主を探すと、観客席から立ち上がり、怒りに身を震わせる市ヶ谷竹呂宇の姿があった。


「皆が楽しみにしていた、カラフル・プーペのライブを台無しにしたのは、この二人だっ! この男と女を殺っちまえーっ!」


 手にスタンガンを握った竹呂宇が、ステージ上の霧斗とギロチーヌに頭を振り、他の観客たちに呼び掛ける。


「なんだとおーっ! このアホそうな男と外国美女が、我々の愛するカラフル・プーぺの邪魔をーっ?」


「オイラの愛する、プーぺ・レッドちゃんの仇を取ってやるーっ!」


「俺は断然、プーぺ・ピンクだ! レッドなんてどーでもいいっ!」


「馬鹿な! プーペ・ビリジアンこそ時代を席巻する美少女アイドルだっ!」


 竹呂宇の呼び掛けに呼応するように観客席の男性達が一斉に立ち上がる。


「「「うおぉぉーッ! 恋のカラフル天誅ウーッ! 我らの敵にお仕置きよォーッ!」」」


 総勢百人にも及ぶ男性客達が怒涛の如くステージへと押し寄せていく。


「うわあああーっ! み、皆、待ってくれーっ! ライブを邪魔する気なんてこれっぽっちも無かったんだよおーっ!」


「きゃあーっ! きっとアタシのギロチンもステージに立ちたかったのよーっ! 華やかなライトを浴びてギロチンも歌ったり踊ったりしたかったんだわぁーっ!」


 男性客達に揉みくちゃにされ、霧斗とギロチーヌが悶え苦しむ。


「よーしっ! この二人にトドメを刺すぞーっ!」


 暴徒と化した男性客の中から一歩前に躍り出た竹呂宇の握るスタンガンがビリビリッとスパーク音を放ち、放電を始める。


「うわーっ! 市ヶ谷君止めろおおおっ!」


「きゃーっ! ビリビリ怖いーっ!」


 迫り来る電流に、霧斗とギロチーヌが身を竦めたその時だった。


 ドサッ、と何か黒っぽい人形のような物体が天井から落下した。


「うあぁーっ? な、何だー? 黒い人形っ? プーペ・ブラックかあーっ?」


 ニキビだらけの顔面を突然覆った黒い人形に、竹呂宇がすかさずスタンガンの電流を放つ。


 ビリビリッと感電し、その身を痙攣させながら床に投げ出されたのは、首無しのマネキンであるトルソーだった。


 ゴシック・ロリータの黒いドレスの胸元をはだけさせ、お椀のような肌色の乳房を露わにさらけ出した首無しの人形。


 しかし、よく見れば、グシャグシャに潰えた頭部のような物が、その首の上に乗っていた。


「ま、まさか、これって……?」


 霧斗が眼前の物体が人形などではないことに気付いたその時、天井からパサッと赤い薔薇のコサージュの付いたリボンが舞い落ちた。


 リボンが潰えた頭部のショートボブの黒髪に落ちる。


「まあっ! このリボンは、アタシに試着を勧めてくれた、店員のお姉さんの物だわっ……」


 ギロチーヌは、赤い薔薇のリボンを拾い上げ、まじまじと見つめた。


「うわあぁぁんっ……店員のお姉さんっ……どうしてっ? どうしてこんな酷い目にっ……?」


 無残な姿に変わり果てたゴスロリショップの店員の死体に縋り、ギロチーヌが啜り泣く。


「う、上かっ……?」


 霧斗が天井を見上げる。


 すると、ステージを照らす幾つものスポットライトの間、ライトを吊るすダクトレールに両腕で掴まっているパンクファッションの少女の姿があった。


「く、クランヌっ! 桃未知さんっ!」


 霧斗が叫ぶ。


 天井にぶら下がるクランヌの両脚が、ポニーテールの少女の頭を挟み込んでいた。


「い、伊乃地君。た、助けて……」


 編上げのロングブーツの踵が、聡明な瞳の少女の両頬に喰い込む。


 交差するクランヌの両脚に、ギチギチとその首を絞めつけられながら、晴夏が空中で悶え苦しむ。


「ケッ! 誰も気付かねえ天井で、イカした上玉達とイイコトしよーと思ってたのによ、一人頂いたところで見つかっちまっちゃ仕方ねえっ! んじゃ、コイツは衆目に晒して辱めてヤルしかねえなあっ!」


 クランヌが見下ろした霧斗を睨み付け、言い放つ。


「へへへっ。ポニーテールのお嬢さんのストリップショーの始まりだぜ!」


 ダクトレールを掴む片腕を放し、クランヌがその上体を屈み込ませると、その手の中から現れたナイフの切先が、晴夏のシャツワンピースを斬り付けた。


「イヤあぁぁっ……」


 晴夏の赤いチェックのシャツワンピースの胸元がはだけ、純白のブラジャーが露わになる。


 程良い丸みを感じさせる、こんもりとした盛り上がりが、ブラジャーの表面からも見てとれた。


「やめろおおおーっ! 桃未知さんに何てことするんだーっ!」


 憧れのクラスメイトが公然と受ける恥辱を阻止すべく、霧斗が必死に跳び上がるも、その身体は天井に届かない。


「うぇーん……ゴスロリ店員のお姉さーんっ……」


「ギロチーヌちゃんっ! いつまでも泣いてないで、斬首執行してくれよっ!」


 傍らで死体となったゴスロリショップの店員に泣きついたままでいるギロチーヌに、霧斗が叫ぶ。


 その時、会場内の男性客達が一斉に、とある言葉を口にし始めた。


「もしやあのお方は伝説のポニテプーペ! プーペ・ホワイト様では……?」


「確かにっ! あの方は六人目の美少女プーペ戦士! プーペ・ホワイト様に間違いない!」


「赤、青、黄色、緑、ピンク。五色のプーペが危機に陥りし時、自らの身を犠牲にしてプーペ戦士達を救うという、六人目の伝説のプーペがまさかあんな姿で……」


「プーペ・ホワイトたんのブラジャーがあっ! まさに純白のホワイトで萌えっ! ハァハァ……」


 男性客達が、天井でブラジャーを露出する晴夏を見上げ、口々に囁く。


「何だ? 皆、おかしなことばかり言うな……?」


 霧斗が男性客達の言葉を不審に思ったその側で、


斬首執行デカピタスィョン! 野獣達の前で下着を晒されるなんて、乙女にとって最大の屈辱よーっ!」


 起き上がったギロチーヌがその腕から、ギロチンの刃をスライドさせる。


 その刹那、シュッと空気を切る音とともに、猫耳の少女が姿を現した。


「クランヌ! 貴女は無関係の人間の女達を誘拐し逃走した挙句、またしても大義なき殺人を犯しましたねっ! 今回の貴女の暴走、許せませんっ! にゃん!」


 ステージに横たわるゴスロリ店員の死体を目にし、スキニング・キャットが憤りとともに猫鞭の尻尾を振り上げる。

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