第20話 攻めのチャンスに燃えるジェラシー
「ギロチーヌちゃん、こっちこっちっ!」
「オーッ! ジドウカイサツは、まさにイリュージョンねーっ! キップが中に吸い込まれていったわーっ!」
霧斗とギロチーヌが原宿駅の竹下口の改札を出る。
前回、原宿駅で降りた時は、八角塔が屋根に聳えるレトロな風情のある表参道口の改札を出たが、今回の目的地は明確、竹下通りのあのゴスロリショップだ。
したがって、竹下通りに近い竹下口の改札を出る。
ギロチーヌに事前に自動改札の通り方もレクチャーしたおかげで、余計なトラブルを起こすこともなく、改札をスムーズに通ることができた。
「いいかい? こうして原宿の街を歩いている間にも、昨日の奴らがギロチーヌちゃんのことを狙っているかもしれないんだ! だからね、殺気を感じたら、すぐさま斬首執行して欲しいんだ! 特にゴスロリのお店の中なんか要注意だよ!」
三角屋根のシンプルな造りの竹下口の駅舎を背に、霧斗が真剣な眼差しを傍らの少女へと向ける。
「まあっ? あの変態シスターさんみたいな人や、鞭使いの猫さんみたいな人達がアタシのこと狙っているなんて、オドロキモモノキサンショノキだわーっ!」
花柄の緑のワンピースを着たギロチーヌが、ふざけ気味に霧斗に応える。
「オドロキモモノキなんちゃらのキとか、そんな言葉、どこで覚えたんだよ? まったくさあ!」
緊張感のないギロチーヌの態度に、霧斗が溜め息を吐く。
「ボクはギロチーヌちゃんのことを心配して言っているのになあ。まるで他人事みたいに聞かないでくれよ……」
目の前のギロチンの少女には、霧斗の焦燥感は伝わらないらしかった。
やっぱり、今のギロチーヌちゃんにボクと同じだけの危機感を持て、ということ自体が無理か……。
ボクは明日、月曜日に起こる学校でのあの惨劇を知っているけど、今のギロチーヌちゃんは知らないもんな。
やはり、あのことを打ち明けるべきなのだろうか。
ボクが首を刎ねられると、時間を遡ることが出来る、というあのことを……。
「あのね、ギロチーヌちゃん……」
霧斗が迷いながらも、ギロチーヌに未だに話せていない秘密を打ち明けようと、その口を開こうとする。
すると、突然、どこかで聞いたことのあるような男の声が霧斗を罵倒した。
「いっ、伊乃地君っ? き、君は我が同盟を裏切るのかあああっ?」
顔中ニキビだらけの小太りの男だった。
頭にはバンダナを巻き、美少女キャラクターの描かれたTシャツを着て、手には紙袋を持ち、リュックサックを背負っていた。
「市ヶ谷君っ?」
まさか、こんな所に居る筈の無いクラスメイトの姿に、霧斗が動揺する。
「どうして市ヶ谷君が原宿に居るんだよっ?」
「ぼ、僕が原宿なんかに居ちゃイケナイって伊乃地君は言いたいのかいっ? ぼ、僕は竹下口のすぐ近くにあるアイドルのステージを観に行くところなんだっ! き、今日はお気に入りのアイドルグループがライブをするから早めに来たんだけど、あまりにも早く着き過ぎて竹下通りでもウロウロしようかなと思ってたトコなんだよっ!」
霧斗のたった一言の問いかけに、市ヶ谷竹呂宇はその何倍もの返答をまくしたてるように一気に言った。
「そんなことより、伊乃地君! その外人の女の子は誰だいっ? も、モテない同盟の委員長である僕を差し置いて、伊乃地君だけそんなにカワイイ、しかも外人の女の子なんかと一緒にイチャイチャ街を歩くなんて、これはもう僕たちの同盟の崩壊だけじゃなく、友情までもぶち壊す、国家的反逆行為だよっ!」
竹呂宇が、霧斗とギロチーヌを睨み付け、口から泡を飛ばしながら、物凄い剣幕で怒鳴り立てる。
「オーッ! モテナイドーメイ? ケスクセ?」
ギロチーヌは、怒りに塗れる竹呂宇の表情を嬉々として見つめながら、その首を傾げた。
「何だとう! モテない童貞、ケツ臭え、だと? 馬鹿にしやがってえ!」
竹呂宇が興奮のあまり、ギロチーヌの言葉を聞き違える。
「うわあっ? 市ヶ谷君! 空耳だよっ! 聞き間違いっ! ギロチーヌちゃんはそんなこと言ってないって!」
「くそうーっ! こうなったら、僕の気の済むまで反逆者とそのガールフレンドを拷問して苦しめてやるうううーっ!」
落ち着かせようと必死で宥める霧斗の側で、竹呂宇が背中のリュックサックを降ろし、ガサガサと何かを探し始めた。
「じゃじゃーん! 小遣い貯めて買ったんだ! 早速、威力を試してみよう!」
竹呂宇がリュックから取り出した黒い物体。何かの機械のようだ。
一見すると、電気シェーバーのようにも見えた。
「い、市ヶ谷君? ま、まさか、それって……?」
「僕を馬鹿にする奴に制裁を加える用に買ったスタンガンさ。どれ、スイッチオン!」
震える霧斗の目の前で、竹呂宇の手の中の黒い物体がビリビリッとスパーク音を放ち、放電する。
「うわあああっ! こ、これはヤバイぞ? 逃げようギロチーヌちゃんっ!」
霧斗がすかさずギロチーヌの手を握り、そのまま一目散に竹下通りを突っ走る。
「まあっ! ジャポンの男のコがこんなにも積極的だなんてーっ!」
強引に手を引かれ、竹下通りを走るギロチーヌが頬を赤く染め、霧斗の背中を見つめる。
「待てよーっ! 僕の制裁をおとなしく受けろーっ! この反逆者めえええーっ!」
ビリビリと放電を繰り返しながらスタンガンを持った竹呂宇が、鬼の形相で霧斗とギロチーヌを追う。
◇
「ハア! ハア! ここまで来ればもう大丈夫かな……」
無我夢中で竹下通りを逃げ回った霧斗が気が付くと、通りに面した外付けの階段を上った雑居ビルの二階だった。
「オーッ! トレ・サンパティック! とっても雰囲気のいいお店だわあーっ!」
まだ呼吸の整わぬ霧斗を置いて、ギロチーヌが階段の先のドアの向こうを覗き見る。
「うわっ? 必死で逃げまくったら、知らない間にあのゴスロリの店の前まで来ちゃったのか……」
よく見れば、そこは例のゴシック・ロリータの専門店であった。
「ちょっと待ってよ! ギロチーヌちゃん!」
さっさと店の中へと入って行ってしまうギロチーヌを、霧斗が追う。
「あらっ! この子も斬首されちゃったのかしらっ?」
「お目が高いですね。そちらのドレスをお気に召されましたか?」
ギロチーヌが首無しのマネキンであるトルソーに飾られた黒のドレスの前で足を止めると、店員が近寄り、声を掛けた。
自らもゴスロリの黒のドレスに身を包む若い女の店員。ショートボブの黒髪を赤い薔薇のコサージュの付いたリボンで飾っている。
前回、時間の巻き戻る前にこの店を訪れた時にもギロチーヌに声を掛け、ドレスの試着を勧めてくれ、最後にはイチゴのキャンディまでもくれた、あの店員だ。
「ギロチーヌちゃんが首無しマネキンに驚いて、あの店員さんが声を掛けてくるって展開、この前とそっくりそのまま同じだなあ……」
霧斗にとってはこの店に来るのは二度目になる。
時間の巻き戻る前と、巻き戻った後と。
しかし、いくら同じ時間を繰り返すといっても、その時々の一人一人の振る舞いや会話などが、寸分違わずに全く同じように繰り返されるものなのだろうか。
「よろしければ、そちらのドレス、ご試着なさいますか?」
「うん! 着る着るーっ!」
案の定、店員は試着を勧め、ギロチーヌが嬉々として試着室へと小走りする。
「なるほど。こうもパターン通りに事が運ぶとなると、ギロチーヌちゃんが試着室から出て来た時がチャンスだ……」
霧斗は手に取るように分かる事の展開に、独り、ほくそ笑んだ。
ギロチーヌちゃんが試着室から出てくれば、クランヌの奴がガムを飛ばしてくる筈だ。
その時こそ攻めのチャンスだ。
殺気を感じて斬首執行したギロチーヌちゃんが、そのままクランヌを仕留めてしまえばいいんだ。
そうすれば、アイツが学校に転校して来ることは二度と無い。
クラスの皆も、史絵先生も勉三太先生も守れるんだ。
そして、憧れの、あの子のことだって……。
霧斗が想いを寄せる、憧れの女子生徒の姿を心に思い浮かべたその時、どこかで聞き慣れた少女の声が響いた。
「あれー? 伊乃地君っ? ねー、こんな所で何してんのー?」
驚きと嬉しさとが混在するような、無邪気で透き通った声だった。
「も、桃未知さんっ?」
思ってもいない呼び掛けに、霧斗が急いで顔を上げ、その声の主を見る。
すると、そこには、ポニーテールの髪に、つぶらな瞳の、笑顔の眩しい聡明な雰囲気の女の子が立っていた。
赤いチェックのシャツワンピースに、黒のレギンスパンツ、肩にショルダーバッグを掛けた清楚なお洒落だった。
「うん。こんな所で会うなんて偶然すぎ! ミカルンも居るんだよ!」
そう言って、桃未知晴夏が傍らに立つ、もう一人の少女を横目で見る。
「いっ、一ノ瀬さんっ……?」
霧斗が晴夏の隣に目を向けると、そこには三つ編みの髪で色白の気弱そうな少女の姿があった。
「や、やだ、伊乃地君……あんまりジロジロ見ないでくださいっ……」
黒のベレー帽を被った三つ編みの少女は、白のトップスにワインレッドのワンピースという組み合わせ、その首元にはチャームネックレスを着けていた。
一ノ瀬美香流は教室での内向的なイメージとは程遠い、少女らしい可愛らしさに溢れた服装をしていた。
「も、桃未知さんと一ノ瀬さんが一緒に居るってどういう事っ? それに何で二人ともこんな所に居るのっ?」
狼狽しつつ、霧斗が二人の少女に問いかける。
「えー、ミカルンと、あたしが一緒に居ちゃ、いけない? ミカルン、いっつもクラスの女子達の輪に入れないし、休み時間も独りぼっちだし、可哀想だから、たまには一緒にお出掛けしようかなって思って誘ったんだよ。ね、ミカルン?」
「うん。ハルカンがせっかく、わたしのこと誘ってくれたから、たまには原宿で冒険してみようかなと思って。ハルカンと一緒なら、ゴスロリなんて独りなら勇気なくて行かれないお店にも行かれるかなって思ったんです……」
嬉しそうに答える晴夏の傍で、美香流は恥ずかしそうに下を向いて言うのだった。
「ミカルンとかハルカンとか呼び合うなんて、結構仲良さそうだね……」
霧斗は、言葉では晴夏と美香流の仲を褒めながらも、内心では動揺を隠せずにいた。
一度目にゴスロリショップに来た時は、桃未知さんになんて会わなかったのに……。
時間が巻き戻って、未来が変わってしまったのか?
動揺する霧斗の脳裏に、時間が巻き戻る前に教室で晴夏に言われた台詞が思い出される。
『あたし、見ちゃったんだよね。伊乃地君が外人の女の子と手を握り合ってベンチで……』
そうか。
桃未知さんは元々、あの時、竹下通りに居たのか……。
でも、あの時も、一ノ瀬さんと一緒になんて行動していたのかな。
クラスの女子の中でも浮いている一ノ瀬さんが、他の女子と連れ立って原宿に行くなんて。
それも、竹下通りのゴスロリショップなんかに行くなんて、奇跡としか言いようがないぞ……。
霧斗は、二人の女子を前にして、うわの空に考え続けた。
まずいぞ。
何かがおかしい。
ひょっとすると、ボクが思っている以上に、この時間の巻き戻りというヤツは単純ではないってことなのか……。
内心の動揺がますます広がりつつあることに霧斗が戸惑ったその時、
「お待たせーっ! なんだか着るのに手間取っちゃって大変だったのよーっ!」
黒のドレスに身を包んだギロチーヌが、試着室から飛び出した。
「うわあっ? ギロチーヌちゃん、なんてタイミングで出てくるんだ……」
霧斗が慌ててギロチーヌに歩み寄る。
「えーっ? この外人の女の子、まさか伊乃地君の知り合い? もしかして、彼女だったりするわけ?」
「オーッ! ジャポンの女のコがジェラシーたっぷりの視線を投げ掛けてくるわぁーっ?」
晴夏とギロチーヌとの間に散らされる、壮絶な視線の火花。
「うわっ……遂に二人が鉢合わせしちゃったよ……」
霧斗は、ポニーテールの髪の少女と、亜麻色の髪の少女とが、つぶらな瞳と碧眼の瞳との間に燃やすライバル意識をヒシヒシと感じ取り、その身を震わせた。
「伊乃地君も大変ですね……」
一ノ瀬美香流が霧斗に同情の素振りを見せる。
「えっ……あ、いや……大変だなんて、そんな……」
霧斗が美香流に謙遜の言葉で返したその時、美香流の頭に突然、どこからか異物が飛んできた。
「きゃ……」
帽子を被っていても、異物に気が付いたらしい。
美香流が慌てて、ベレー帽を脱ぎ取った。
「まぁ……酷い。ガムだわ……」
ベレー帽に付着した噛みかけのガムを見て、美香流が困惑する。
「そ、そのガムは!」
見覚えのあるガムに霧斗が唸る。
「おっと! ごめんよー! あたいのガムがそっちまで飛んでいっちまってさー」
その瞬間、ピョンと跳躍した一人の少女が、美香流の頭に跳び乗った。
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