第19話 そこでお前を仕留めてやるよ、クランヌ!
「ギ、ギロチーヌちゃんが教室の窓から飛び込んで来たあっ……? こ、ここ、三階だよっ……?」
回復しつつある霧斗の視界が、ゴシック・ロリータの黒いドレスを着た亜麻色の髪の少女を捉える。
「ゴスロリのドレスがまた着られるようになったし、それにアタシだけ置いてけぼりで、とても寂しかったから、お母さんにガッコーの前まで連れて来てもらったの。そしたら、ガッコーの中から大勢の悲鳴が聞こえるじゃないっ? だから外から夢中でガッコーの建物にギロチンを放ってみたのー」
ギロチーヌは寂しげな瞳で霧斗にそう言うと、
「……でも、こんなに大勢のお友達が死んでしまったのね……」
と、廊下の端までを埋め尽くす大量の死体に、涙を零した。
「ケッ! テメエっ! ぺちゃくちゃ喋ってるヒマがあったらよ、ちったあ警戒しろよ! あたいをバカにしてんのかあっ?」
身構えていたクランヌが、シビレを切らして跳躍、ギロチーヌの頭上に目がけ襲いかかる。
「危ないっ! ギロチーヌちゃんっ!」
「
叫ぶ霧斗に、瞬時に両腕を交差させたギロチーヌが、跳躍するクランヌに目がけギロチンの刃を放つ。
「させませんよ」
その刹那、女のハスキーな声とともに、ヒュルルルッと蛇のように床を這う鞭がギロチーヌの両足首を絡め取った。
「きゃあーっ?」
仰け反ったギロチーヌの放つ刃が、廊下の天井を直撃する。
ガゴンッ!
ギロチンの刃が三階の天井を突き破りそのまま屋上へとスライドしていく。
バラバラッと天井から崩れ落ちるコンクリートが、三階の廊下に散乱する。
「いやぁーんっ」
ドサッと床に尻もちを突いたまま、足首を縛る鞭にギロチーヌの身体が引きずられていく。
「ふふっ。やはり出て来ましたね、ギロチン女ッ! この少年の学校にクランヌを転校させることで、こうやって貴女をジワジワと痛めつける機会を作れるという計算通りです!」
ギリギリと鞭を引きながらスキニング・キャットが冷たく笑う。
「……しかし、さすがに無差別に殺し過ぎですね。ギロチン女だけを標的にするつもりが、あまりにも無意味な殺戮をし過ぎています。クランヌ、まったく貴女は衝動的過ぎます。少しは自制しなさい。大義なき殺人は私の美学に反します」
ギロチーヌの動きを封じつつ、キャットが廊下の果てを埋め尽くす大量の死体に溜め息を漏らす。
「うっせえ! バカ上司っ! テメエの一計とやらは無駄に遠回りし過ぎだ、バカやろうっ! こんなチマチマした作戦は、あたいの趣味じゃねえな。学校の生徒皆殺しにしたくらいじゃ気が済まねえ! 街中全員ドタマかち割ってやんねえとよ!」
クランヌが悪態をもって上司に言い返すその側で、横たわるギロチーヌの元へと一人の少年が忍び寄る。
「こんな鞭、ボクが解いてあげるさ……」
「オーッ! ジャポンの男のコは手先が器用なのかしらっ……?」
両足首に絡み付く猫鞭に霧斗が手を掛ける。
両腕の刃を天井高くに突き刺したまま、床に横たわるギロチーヌが霧斗を見やる。
「させますかッ!」
キャットがもう一方の腕から咄嗟に鞭を繰り出した。
ヒュルルルッと蛇のように床を這う鞭が、霧斗の足首に纏わり付く。
「うわあぁぁっ……」
両足首を封じられ、霧斗が床を引きずられていく。
「ギ、ギロチーヌちゃーん……」
掴もうとしていたギロチーヌの足首が、霧斗の手からどんどん遠く離れていく。
「まああっ? あともうちょっとだったのにいっ……」
ギロチーヌが頭を起こし、引きずられていく霧斗を哀しげに見つめた、その時だった。
「クランヌ! ギロチン女が頭を上げた今です! やってしまえ!」
「おっし! あたいのクラッシャーでギロチン女の脳天を叩き割ってやんぜ!」
ここぞとばかりに叫ぶキャットに、クランヌがすぐさま跳躍、ギロチーヌの頭上に跳び移る。
「まあっ? アタシの頭に跨ってどういうつもりよーっ?」
「ケッ! ゴスロリの店でホントは始末するはずだったのによ! テメエのその生意気な口を今すぐ利けなくしてやっから黙ってろ! クランヌクラッシャー! ロックオン!」
クランヌの両脚がギロチーヌの顎を挟み込む。
「きゃ……あ……くる……しい……」
顔面を上下から挟み込まれ、ギロチーヌが悶える。
「ギロチーヌちゃん! ギロチンをカーブさせるんだっ!」
引き離された廊下を這いつくばり、霧斗が叫ぶ。
「
クランヌの両脚に顎を挟まれたギロチーヌが声を振り絞る。
すると、両腕を突き上げたままのギロチーヌの遥か上方、天井の真上からシュルルルッという鋭い音が響いた。
「させませんよッ!
上空の空気を斬り裂く音を察知し、スキニング・キャットが叫ぶ。
キャットのショートの青髪から猫のような尖った耳が突き出す。
両掌には猫のような爪と肉球が現われ、燕尾服のスリットの隙間から猫鞭の尻尾が生え出していく。
その刹那、ドゴオッという轟音とともに、キャットの背後の天井が突き破られた。
後方の天井から現れた鋭いギロチンの刃の先端が、まるでブーメランのようにギロチーヌの元へと返っていく。
しかし、狙うのはその頭上のクランヌだ。
「ふん! こんなギロチン、撃ち落としてみせます! にゃん!」
キャットがその尻を強く振り上げると、ブウンッと猫鞭の尻尾が宙を舞った。
バシン!
弧を描き宙を舞う猫鞭の無数の結び目がギロチンの刃を直撃、その狙う方向を大きく捻じ曲げた。
ギュルギュルとその刃を軋ませながら、クランヌのストライプの髪をギロチンの刃が掠める。
「おわわわっ! 危ねえっ! あと数センチ下だったら、あたいの脳天真っ二つだったぜ!」
ハラハラと舞い落ちるピンクと銀の髪の毛を見下ろしながら、クランヌが震える。
ギュウウーンと蛇行しながら、廊下に接する教室の中へと突き進むギロチンの刃。
バリーンッと教室の新たな窓ガラスを割りつつギロチンの刃が校舎の外へと飛んでいく。
「へへへっ! テメエのギロチンが使えねえ代物だってこと、よーく分かったぜっ!」
クランヌが気を取り直し、股下のギロチーヌに笑いかける。
「おっし! クランヌ様の
両腕を水平に伸ばしたクランヌがギリギリッとその上体を回転させていく。
「ぐぅ……あ、アタシの……顔が……潰されるっ……?」
クランヌの股間がギロチーヌの頭を圧し、ミシミシッと頭蓋骨の軋む音がギロチーヌの脳に直接響き渡るかのように伝わる。
「ぐぅぅぅぅ……痛ぁい……痛ぁい……アタマが……アタマがっ……」
その碧眼の瞳に涙を溢れさせ、ギロチーヌが苦悶する。
「へへへっ! 痛えだろーっ? じわりじわり圧し潰してやっからよ! ちょびっとずつ回転を速くしていくぜっ?」
ギロチーヌの苦悶の声に、クランヌが満足気に笑う。
「痛ぁぁぁいっ……こ、今度はアゴがっ……アゴが砕けちゃいそう……」
ギリギリギリッと小刻みにその回転を速めていくクランヌの上体に、ギロチーヌの苦悶の声がますますその深みを増していく。
「ふふふ。ギロチン女が苦痛に歪む顔を眺めるのに、ワインとチーズでもあれば、もっと粋なひと時を味わえたものを。用意が無くて残念ですね。にゃん!」
優雅な笑みを湛え、スキニング・キャットが満悦至極といった面持ちで、回る少女と圧されていく少女とを眺める。
「させるかよ……ギロチーヌちゃんが死んじゃったら……誰がお前達を倒すんだ……」
匍匐前進をする兵士のように、床を這いつくばりながら、霧斗が少しずつ、少しずつ、苦痛に顔を歪めるギロチーヌの元へと近寄っていく。
「ギロチーヌちゃんが死んで、ボクだけが生き残ったって、この世界に希望は無い……例えボクが死んでも、ギロチーヌちゃんさえ居てくれれば、世界は……世界は救われるんだ……」
慎重に床を這いながらも、霧斗はその頭の中で様々なシミュレーションを行なっていた。
そうだ。
もはや、この方法しか、無いんだ。
ボクとギロチーヌちゃんに最後に残された、たった一つの方法。
霧斗は自らの脳裏に何度も反芻するその方法に、賭ける決意をした。
「ごめんよ、ギロチーヌちゃん……力の無いボクには、もう、こうするしか無いんだ……」
必死の想いでギロチーヌの元へ辿り着いた霧斗が、ゴシック・ロリータの黒のドレスに手を伸ばす。
「ギロチーヌちゃん、ごめん!」
霧斗の指先がギロチーヌの胸元を這う。
ムギュギュウッと力いっぱい握りしめる霧斗の拳が、ギロチーヌの豊満な乳房を服の上から揉みしだく。
「いいい……いゃあぁぁぁーんっ……」
クランヌに挟まれた顎を振り絞るようにして、ギロチーヌが色っぽい悲鳴を上げる。
「なっ? なにやってんだ、テメエっ?」
「死にゆく少女の胸を揉みしだくなんて、殿方の性欲はなんと恐ろしいものなのでしょうか。にゃん……」
霧斗の奇行に、クランヌとキャットが驚愕の声を上げたその瞬間、ドゴオッ、と真上の天井が突き破られた。
シュルルルッと鋭い音を立て、天井から再び姿を現したギロチンの刃が垂直に降下する。
「ぎぃええええええええっ……」
スパァンと気持ちのいいくらいの音とともに、霧斗の首が斬り落とされる。
ドサッと床に落ち、廊下を霧斗の首が転がる。
その直後、ギロチンの少女もまた、その潰えた顔面から、獣の咆哮のような絶叫を上げたのだった。
◇
チュンチュンと、どこからか小鳥の囀りが聞こえる。
うっすらと暖かな陽射しが瞼の表面を優しく撫でまわす。
「ボク、死んだ……?」
霧斗はそっと瞼を開けた。
ぼんやりとした視界の中に、寝息をたてる亜麻色の髪の少女の姿が見える。
「ギ、ギロチーヌちゃんっ?」
血塗れになったゴスロリのドレスを着たまま、ギロチーヌが絨毯の上に横たわっていた。
「今は一体いつなんだっ? 月曜の朝かっ?」
思わず霧斗がその身を起こそうとする。
「うわっ、そっか。縛られてるんだ……」
霧斗は腕も足も胴体も、その全てが縄でグルグル巻きに縛られていた。
「う、う~ん……もう、朝なのぉ……」
背を向けるギロチーヌの呟く声が聞こえた。
「ふあ~ぁ……まだ眠り足りないけど、おはよんっ……」
欠伸をしながら両腕を伸ばすギロチーヌが、白く華奢な両手の指先を絡め合わせる。
「あら、ちゃんと朝まで縛られていてくれてエライわねーっ」
伸びをし終えたギロチーヌが、おとなしく縄に巻かれた霧斗の姿に微笑みかける。
「ギロチーヌちゃん! 昨日は竹下通りで一緒にクレープ食べたよね?」
ギロチーヌに縄を解かれながら、霧斗が問いかける。
「タケシタドーリ? クレープ? いったい、なんのことかしらーっ?」
目の前のギロチーヌは怪訝な顔で首を傾げ、淡々と縄を解くのだった。
「えっ? ほら、ギロチーヌちゃんがストロベリーのクレープ食べて、その後、ボクのバナナチョコを横取りしたじゃないか!」
「もうっ! アタシ、そんなドロボーみたいなマネしないわよぉーっ? それにタケシタドーリなんてジャポンに来てから一度も行ってないもんっ!」
思い出させようと霧斗が懸命に訴えるも、ギロチーヌはまるでチンプンカンプンといった様子を崩さない。
「そっか、変なこと言ってごめん……」
霧斗は目の前のギロチーヌの反応と、その血塗れの格好を見て、悟った。
ひょっとすると、今は月曜の朝じゃなくて、さらにその一日前の、日曜日の朝なんじゃ……?
竹下通りでクレープを食べた記憶がギロチーヌに無いという点だけでなく、玉恵が着替えさせた筈のゴスロリのドレスをギロチーヌが着ているという点、しかもそのドレスに付着している血は変態シスターこと、アイゼルネ・ユングフラウとの戦闘で付着した血の筈だ。
以上の三つの点が表していること、それはすなわち、今が霧斗の自室にスキニング・キャットとアイアン・メイデンが急襲した晩の翌朝ということだ。
「なるほど! それだったら、まだ間に合うかもだ!」
思わぬ事実に気が付き、霧斗が興奮気味に声に出す。
「まだ間に合うって、なにがーっ?」
ギロチーヌは血塗れのドレスを着たまま、首を傾げ、興奮する少年に微笑んだ。
「ねえ、霧斗、ギロちゃん! ご飯できたわよ!」
その時、階下から、玉恵の呼ぶ声が聞こえた。
「行こう! ギロチーヌちゃん!」
霧斗はすかさずギロチーヌの腕を引き、階段へと急いだ。
「えーっ。なにが間に合うのか気になるじゃないっ!」
突然、腕を引かれ、訳も分からず、ギロチーヌが霧斗の後に続く。
◇
「まあ! ギロちゃん! あなた、そのお洋服、いったいどうしたの!」
ダイニングに着くなり、玉恵がギロチーヌの姿に驚く。
「よーく見ると、血塗れじゃないの! すぐにお洗濯しないとねえ! お着替えを用意するから、ご飯の前にシャワーを浴びてちょうだいね!」
「オーッ! シャワーで洋服ごと洗っちゃえばいいじゃなーいっ!」
慌てる玉恵に、ギロチーヌが浴室へと連れて行かれる。
「まだ間に合うって、今のギロチーヌちゃんには分からないことさ……」
霧斗は玉恵に背中を押されるギロチーヌを見送りながら、思うのだった。
この平和な日曜が終われば、月曜が来る。
このまま明日になれば、あの転校生が学校に来る。
そうなれば、あの惨劇がまた繰り返されることになるんだ。
たった一人の転校生に、美香流も勉三太も竹呂宇も、史絵も晴夏も、そしてクラスの皆も殺された。
このまま座して明日を待てば、未来は決して変わることがないだろう。
しかし、今なら間に合う。
今ならまだ未来を変えられる。
クランヌが転校して来ていない、今なら。
霧斗の脳裏には、目を覆いたくなるばかりの地獄の惨劇が思い出されていた。
教師になるという希望を胸に、真剣に授業をしてくれた勉三太の夢が打ち砕かれた、あの瞬間。
モテない同盟という活動に、打ち込むものを見つけ、真摯に活動を続けた竹呂宇の若き命の潰えた、あの瞬間。
愛する生徒を自分の身を挺してでも守り抜こうとした、史絵の教師としての生命の灯が消えた、あの瞬間。
それに霧斗にとって何よりも衝撃を感じたのが、想いを寄せていたあの子の死。
恐怖に震えながらも、生きて帰ることに強い決意を見せていた晴夏の、聡明な瞳が潰えてしまった、あの瞬間だった。
絶対にアイツを転校させてはいけないんだ。
クランヌが学校に転校して来る前にアイツを仕留める。
幸いにも、今日、日曜日に、原宿・竹下通りのゴスロリショップで、クランヌに一度、遭遇するチャンスがあるのだ。
「そこでお前を仕留めてやるよ、クランヌ!」
霧斗は心に誓った。
クランヌが転校して来ること自体を阻止し、クラスメイト達にも教師達にも誰一人、犠牲者を出させないことを。
そして、想いを寄せる、桃未知晴夏を守ることを。
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