第14話 竹下通りはトレビヤン
「うわっ! 日曜ともなると、さすがに人がいっぱいだなあっ!」
自動改札を通り抜け、駅の正面に広がる光景にその目を向けた瞬間、霧斗は思わず叫んだ。
日曜の昼近く、原宿駅前の表参道口正面の横断歩道は、大勢の若者たちでごった返していた。
「あれ? ギロチーヌちゃんは……?」
傍に居るはずの亜麻色の髪の少女の姿の無いことに霧斗は気づいた。
「きゃーっ! 何よ、これえーっ?」
後方からギロチーヌの悲鳴とともに、ピコンピコンという警告音が鳴り響く。
「あ、そうかっ! 切符渡したのはいいけど、自動改札の通り方知らないんだよな……」
ギロチーヌを置いて自分だけ先に改札を通り抜けてしまったことに思い出し、霧斗は慌てて自動改札へと踵を返した。
「もう! アタシを通せんぼするなんてーっ! ギロチン変化! メタモルフォーゼ!」
ギロチーヌが両腕を振り上げ、その先端を鋭いギロチンの刃に変化させる。
「
ギロチンの少女が叫びながら二本の腕を勢いよく振り下ろす。
ガキン、と金属の切断される甲高い音がしたかと思うと、
「お待たせー」
と改札を無事に通り抜けた笑顔のギロチン少女が、霧斗の前に現われた。
「うわあああああっ? ギロチーヌちゃん、なにしてくれてるんだああああっ!」
霧斗の顔が一瞬にして青ざめる。
自動改札を左右から閉じるフラップドアが見事に切り落とされ、床に落下していた。
「おいっ! ちょっと君いっ! 待ちなさいっ!」
血相を変えた駅員が改札横の兼掌窓口から飛び出してくる。
「まずいぞ! 行こう! ギロチーヌちゃん!」
霧斗はすかさずギロチーヌの手を握ると、そのまま一目散に駅正面の横断歩道へと躍り出た。
「まあっ! ジャポンの男のコがこんなにも積極的だなんてーっ!」
強引に手を握られ、その腕を引かれながら横断歩道を走るギロチーヌは、頬を赤く染めて霧斗の背中を見つめた。
「ちょっとごめんなさい! ちょっとすみません!」
人混みを巧みに掻き分けながら、霧斗が横断歩道を掻い潜る。
「待たんか! 君たちいいいーっ! こらあーっ!」
駅員は必死に霧斗とギロチーヌを追うも、
「きゃあ! 何この駅員さんっ?」
「駅員がぶつかってきやがった!」
歩道の若者たちと激しくぶつかり、駅員は霧斗とギロチーヌの姿を見失ってしまうのだった。
「ハア! ハア! ここまで来ればもう大丈夫かな……」
無我夢中でジグザグに走り続け通行人の隙を潜り抜けた霧斗が気が付くと、そこは竹下通りであった。
「……知らないうちに竹下通りまで逃げて来ちゃったみたいだ……ハア……ハア……」
「オーッ! タケシタドーリ! トレビヤンだわあーっ!」
霧斗の現在地を告げる言葉に、ギロチーヌが歓喜する。
「なんだよっ? ギロチーヌちゃん、竹下通り知ってるの?」
「ハラジュクのタケシタドーリはフランスでも有名なのよーっ! ゴシック・ロリータのカワイイドレスのお店があるんでしょうーっ? アタシ、行きたいーっ!」
ギロチーヌは飛び上がらんばかりにハシャギながら、通りに並ぶ店をあちこち見渡した。
「うん、そうだね! ギロチーヌちゃんには、やっぱりゴスロリの可愛い格好がいちばん似合うよなあ!」
霧斗は、玉恵の花柄の緑のワンピースを着たまま、通りに並んだ店のショーウインドウを嬉しそうに覗き見るギロチーヌの姿にそう呟くのだった。
◇
「うわっ……なんだかボクの方が緊張しちゃうな……」
通りに面した雑居ビルの外付けの階段を霧斗が上っていく。
霧斗の目の前を小躍りするように階段を先に上るギロチーヌは、ビルの二階に位置するゴシック・ロリータ専門店のドアを開けた。
「ボンジュール! こんにちはーっ!」
それがフランス流なのかどうかは分からないが、陽気な挨拶とともに店内へとギロチーヌが飛び込んでいく。
「オーッ! トレ・サンパティック! とっても雰囲気のいいお店だわあーっ!」
店内に飛び込むや否や、ギロチーヌが感嘆の声を上げる。
天井には煌びやかな輝きを放つシャンデリアが吊るされ、赤に統一された内壁は落ち着いた高級感を醸し出していた。
ハンガーラックにはズラリとドレスが並ぶ。
一口にゴスロリと言っても、ゴシックらしい雰囲気の黒を基調とするドレスだけではないようだ。
少々、雑多な印象も感じさせられてしまうのだが、ハンガーラックに並んだドレスには、赤やピンク、青を基調としたものなど、様々な色調のドレスがあった。
「うわっ! ボクだけ、すごく場違いな所に来ちゃった気がする……」
ギロチーヌに遅れて店内へと足を踏み入れた霧斗は、ある意味マニアックとも言えなくもない独特の雰囲気に圧倒されていた。
「あらっ! この子も斬首されちゃったのかしらっ?」
トルソーに飾られた一着のドレスを見てギロチーヌが叫ぶ。
首無しの、胴体だけのマネキン人形とも言えるトルソーには、白いレースやフリルで装飾された黒のドレスが飾られていた。
パニエの入れられたスカートが異様な程に膨らんで見えた。
「いや、それ首無しのマネキンだからさ……」
霧斗が小さな声で囁くようにツッコミを入れる。
「お目が高いですね。そちらのドレスをお気に召されましたか?」
トルソーに目を釘付けにしているギロチーヌの元に、店員が近寄り、声を掛ける。
「まあっ! お店の人もカワイイのねーっ!」
話し掛ける声にギロチーヌが振り向くと、そこには自らもゴスロリの黒のドレスに身を包む若い女の店員が立っていた。
「くすっ。お客様こそ、まるでフランス人形みたいなお目をされていて可愛いですよ。よろしければ、そちらのドレス、ご試着なさいますか? ご試着用に同じ物をご用意させて頂きます」
ショートボブの黒髪を赤い薔薇のコサージュの付いたリボンで飾った店員は、軽く微笑みながら、ギロチーヌを試着室へと誘った。
「えーっ? 着てもいいのぉーっ? うんっ! 着る着るーっ! なんだかワクワクしちゃうわねーっ!」
店員の後に嬉々としてついて行くギロチーヌ。
「まあ、ギロチーヌちゃんもあんなに嬉しそうにしていることだし、ゴスロリとかいう服を買ってあげてもいいかもだな……」
霧斗は、玉恵の花柄の緑のワンピースを着たまま、嬉しそうに試着室へと向かうギロチーヌの姿を微笑ましく見つめた。
「オバサンくさい母さんの花柄のワンピースなんかと比べたら、断然、このゴスロリのドレスの方がいいよ……」
霧斗はそう言いながら、トルソーに飾られた黒のドレスをマジマジと見つめた。
「げっ? これ、三万円もするのかっ?」
ドレスに付けられていた値札を、ふと見た拍子に霧斗の目が点になる。
「うわっ、母さんに一万円貰って喜んでいたボクが甘かったってこと? ゴスロリってこんなにも高いものなのかっ? これじゃあ、ギロチーヌちゃんに買ってあげることなんて、到底できっこないよっ……」
自身の物知らずさを日頃から認識していたつもりでいた霧斗も、その衝撃に思わず震えてしまうのだった。
◇
「おい、上司っ! 今、試着室に入ってった、あのダサい格好の女が例のギロチン女なのかよーっ?」
店内の隅でさりげなく服を選んでいるフリをするパンクファッションの少女が、ダルそうな声を上げる。
ピンクと銀のストライプのボブの髪。
首に赤いチョーカーを嵌め、スカル柄の黒のTシャツ、チェックのショートパンツ、編上げのロングブーツというスタイル。
原宿・竹下通りのゴスロリショップの店内においては、ある意味、違和感なく店の雰囲気に溶け込んでいた。
「しーっ! 声が大きいですよ、クランヌ。今回はあくまでも偵察が主です。もっと声を下げなさい。この私の部下となった以上、貴女には私の指示に従って貰います」
これまたさりげなく服を選んでいるフリをする燕尾服に身を包んだショートの青髪の少女が、パンクの少女を窘める。
「しかし、同じ人間界のショップとはいえ、この店のドレスの品質の悪さは劣悪過ぎますね。私の懇意にしている仕立屋とは天と地との差です」
ハンガーラックに並ぶドレスを手に、スキニング・キャットは自身の纏う燕尾服の生地に目を落とした。
「ケッ! テメエがよー、一張羅が血に塗れたくらいのちっせーこと気にしやがって、仕立屋なんかに一緒に寄らされたせいで、あたい退屈しまくりだったんだよねー。そんなダセえ執事服ならテキトーにそこらに置いてあるコスプレ、まとめてかっぱらっとけよバーカ!」
パンクファッションの少女・クランヌはクチャクチャとガムを噛む音を響かせながら、上司に向かって悪態をついた。
「ふん。仕事の出来ない部下ほど、上司に向かい減らず口をたたくものです。そのクチャクチャうるさいガムも不愉快ですね。とても耳障りです。おや? 例のギロチン女が試着を終えたようですね。出て来ます!」
スキニング・キャットが物陰に身を隠しつつ、試着室から出て来るギロチーヌを見やる。
『お待たせーっ! なんだか着るのに手間取っちゃって大変だったのよーっ!』
『うわあーっ! ギロチーヌちゃん本当にお人形さんみたいだあっ!』
黒のドレスに身を包んだギロチーヌが試着室から飛び出してくるのが見える。
すると、すぐさま冴えない感じの少年がギロチンの少女へと駆け寄って行く。
「おっし! 今すぐヤツをぶっ殺しちまおうぜっ!」
二人の様子を見たクランヌが、その身を乗り出しギロチーヌの元へ襲いかかろうとする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます