第12話 拷問女帝の薔薇

「あら? それで、おめおめと戻って参りましたのね? スキニングさん?」


 少々、甲高い声ではあるが、どことなく気品に満ちた女の声だった。


「ははっ。申し訳ありません。まさかあのような邪魔が入るとは、私も想像しておりませんでしたもので……」


 青髪の燕尾服の少女が恭しく跪く。


 深紅の絨毯が床一面に敷き詰められた大広間。


 幾本もの大理石の柱が部屋の天井を強固に支え、天井には豪奢なシャンデリアが吊るされている。


 広間の中央は階段状になっており、数段高い位置に煌びやかな玉座が据えられていた。


「ふうん。例のギロチンがねえ。まさか少女の姿に変化するなんてね……それは妾にとっても、奇想天外なお話ですことね。でも、よろしくってよ。所詮、貴女にも、あの鉄の人形にも、妾は端から期待などしておりませんでしたの……」


 黄金の玉座に腰掛ける一人の女性。


 深紅のドレスを身に纏い、ブロンドの長い髪をその腰にまで靡かせている。


 そして、その頭には黄金の王冠を被っていた。


 女は、赤い切れ長の瞳で眼下に跪くスキニング・キャットを嘲るように見下ろした。


「……これが何だか分かりますの?」


 そう言って女がパチンと指を鳴らす。


 すると、跪くキャットの眼前の床に突如として魔法陣が現われた。


「こ、これはッ……?」


 キャットは目を丸くした。


 魔法陣の文様が輝きを放つと、そこには幾つもの血塗れの肉片が出現したのだ。


「ア、アイゼルネ・ユングフラウッ……?」


 その肉片に、キャットが思わず鉄の人形の変化した修道女の名前を漏らす。


「うふふ。せいかーい。このお肉ちゃんに見覚えがあるのは当然ですわよね。スキニングさんが無様な醜態を晒したおかげで死肉の塊と化したシスター、アイゼルネ・ユングフラウさんですことよ。どこぞのゴミ置き場に捨てられたままで可哀想でしたから、妾が特別に連れ戻して差し上げましたの」


 玉座の女はそう言うと、魔法陣の上に散乱する肉片に向け、その掌を突き出した。


死肉再生レジェネラスィョン・ドゥ・ラ・ヴィヤーンド・モール!」


 女が声色を低くし、そう唱えた瞬間、魔法陣に散らばる肉の塊がウヨウヨと動き出した。


「ギュオォォォーンッ!」


 ウィンプルと呼ばれる白い頭巾と、黒いベールを被った修道女の頭部が唸り出す。


 カッとその両目を見開いた頭部に、血に染まった肉片が次々に接合されていく。


「おーほっほっほ! カモーンカモカモ! エ・ク・ス・タ・シィィィーッッッ! 麗しの修道女、アイゼルネ・ユングフラウ、ただいまこの地に蘇えりましてございます!」


 傷一つ無い、綺麗な裸体をさらけ出した赤髪の修道女が、スキニング・キャットの傍らで玉座に向かい跪く。


「ふん! 愚か者めが! 貴様など生かしておく値打ちも無いわ!」


 玉座の女が赤い切れ長の瞳を吊り上げ、低い声で修道女を怒鳴り付ける。


「とくと味わうがいい! 永遠に切り裂かれる苦しみを! 出でよ! 永久に咲く真紅の薔薇ラ・ローズ・ルージュ・エテルネル!」


 女がそう唱えた瞬間、女の着ている深紅のドレスの胸元から、一輪の赤い薔薇がパッと咲き出した。


「薔薇の花にバラバラに切り裂かれるのが貴女にはお似合いですわっ! 未来永劫に切り裂かれておしまいなさいな! くそったれ修道女めが!」


 やや甲高い声に戻った女が胸の一輪の薔薇を引き抜き、眼下の修道女にヒュッと投げつける。


「あぁんっ! わたくしの身体の中に真っ赤な薔薇が吸い込まれてイクうっ? あぁんっ! 感じちゃいますエ・ク・ス・タ・シィィィーッッッ! わたくしの身体が赤い赤い薔薇と融合していくこの感覚っ! なんとも言えず快感超絶エ・ク・ス・タ・シシシイイイーッッッ!」


 裸身の修道女の胸の中へと、投げつけられた一輪の薔薇が吸い込まれていく。


 アイゼルネ・ユングフラウはまさに恍惚の表情を浮かべ、その裸体をよじらせながら、喘いだ。


「ひえっ……キモいですね……」


 傍らでスキニング・キャットが口を歪めて苦笑する。


「おうふっ……」


 突然、赤髪の修道女が口から吐血した。


 ゴボゴボと大量に血を吐き出す修道女の、その裸体の内側から肉を突き破るように幾つもの真紅の薔薇の花弁が顔を出す。


「あぎやあああああぁぁーッ! ぎぃやあああああぁぁーッ! うぐがあああああぁぁーッ!」


 蕾から一枚一枚の花弁が、肉を突き破りながら花開く度に、アイゼルネ・ユングフラウの絶叫が響き渡る。


 その頭部から足の爪先に至るまで、裸身の修道女の身体中のあちこちから咲き乱れる真紅の薔薇が血飛沫に染まっていく。


 修道女から飛び散る大量の血は、薔薇の花弁を鮮やかな赤に染め上げるだけでは止まらなかった。


「うふふ。人間の血で染め上げた妾の深紅のドレスが、この間抜けなシスターの返り血のおかげでより一層紅く染まっていきますわね……」


 玉座に腰掛ける女の元にまでアイゼルネ・ユングフラウの返り血が散る。


 女が着る深紅のドレスともども玉座のその全体を修道女の血飛沫が染める。


「わたっ、私が仕立屋に新調させたばかりの執事服がっ! ああっ! せっかくの一張羅が台無しです!」


 御前のスキニング・キャットもその全身に修道女の血を浴び、慌てふためいている。


「ぎぃやあああああぁぁぁぁーッ! 超絶絶頂エ・ク・ス・タ・死・死・死・死ィィィーッ!」


 断末魔の叫びとともに、修道女の全身の肉が、肉片となってバラバラと崩れ落ちていく。


 床に敷かれた深紅の絨毯に血に塗れた死肉の塊が散乱する。


「うふふふ。妾の薔薇たちがそれはもう気高く美しく咲き誇っておりますわね……」


 玉座の女が散乱した肉片を見やり微笑む。


 アイゼルネ・ユングフラウのバラバラになった肉の塊から、幾本もの真紅の薔薇が煌びやかに咲き乱れていた。


「復活させておきながら、切り刻むとはなんと酷い……」


 キャットが無数に咲く薔薇の花弁と、その下に無残に散る血に塗れた肉片を見やり、震える。


「あら? これで終わりと言った覚えはございませんのよ。なにしろ未来永劫繰り返される、それはそれは慈愛に満ちた妾の尊い心遣いなのですの。あの修道女は永遠に断末魔の叫びを上げ続けることでのみ、生き永らえることが許されるのですの」


 玉座の女はそう言って冷たい笑みを浮かべながら、その指をパチンと鳴らした。


「ギュオォォォーンッ!」


 散らばる肉片がウヨウヨと動き出し、唸り声とともに目を見開いた頭部に、血に染まった肉片が次々に接合されていく。


「ひっ、ひぃえぇぇっ……お許しください。わたくしはもう薔薇の花弁の礎になど、なりたくありませ……」


 傷一つ無い、綺麗な裸体をさらけた赤髪の修道女が、怯えきった目を玉座の女に向ける。


「がはっ……」


 怯えた修道女が唐突にその口から大量の血を吐き出した。


「あぎゃあああああぁぁぁぁぁーッ! うごがあああああぁぁぁぁぁーッ! ぐぅわあああああぁぁぁぁぁぁーッ!」


 苦痛の絶叫を上げる修道女の裸体の、皮膚という皮膚を薔薇の蕾が突き破る。


 真紅の花弁が修道女の全身に咲き乱れるとともに、血に塗れた肉の欠片が崩れ落ちる。


「うふふ。こうやって切り刻みながらも、復活したシスターの胎内には、常に真紅の薔薇の種子が植え付けられておりますの……」


 玉座の女は、今や二束並んで咲き乱れる真紅の薔薇の花束を満足げに眺めつつも、その指をパチンと鳴らした。


「ギュオォォォーンッ!」


 絨毯の上に散らばる修道女の肉片がウヨウヨと動き出し、散乱する肉片がその頭部に三度接合されていく。


「ほ、本当に無限に繰り返される苦痛なのですね……こ、これはまさに地獄だ……」


 キャットは眼前で繰り返される、目を覆いたくなるような地獄の光景に竦み上がり、立ちあがることさえ、儘ならずにいた。


「ほほほ。可愛い可愛いスキニングさん、そんなに怖がらなくてもよろしくてよ」


 玉座の女がおもむろに立ちあがり、御前に竦むスキニング・キャットの元へ、ゆっくりと歩み寄る。


「まあ、お可哀想に。こんなにも怖がって震えていらっしゃるなんて……」


 歩み寄った女は、跪くキャットの返り血に染まった頬を、その細く華奢な指先で撫でた。


 虚ろな瞳で無言のまま女を見返す燕尾服の少女に、深紅のドレスの女は冷たい笑みを浮かべて言うのだった。


「……お前も間抜けなシスターと同じ目に遭いたくなければ、せいぜいこの妾を楽しませるような計らいを人間どもにもたらすことだな! よいか? 恐怖と絶望と苦痛と殺戮という、永遠の責苦の循環のなかに人間どもを陥れることでしか、妾は喜びを感じぬがゆえな……」


 赤い切れ長の瞳を吊りあがらせ、深紅のドレスの女がその声色を低くし、キャットに囁く。


「はっ、はいいいっ……二度とこのような失態を犯さぬよう、このスキニング、強く強く肝に銘じ、必ずやご期待にお応え致します……」


 怯えきったキャットが頷くその側から、修道女の甲高い悲鳴がこだまする。


「ぎぃやあああああぁぁぁぁーッ! 超絶絶頂エ・ク・ス・タ・死・死・死・死ィィィーッ!」


 アイゼルネ・ユングフラウの肉片がバラバラに崩れ落ち、真紅の薔薇の花の束が絨毯の上に次々と増えていく。


「うふふ。スキニングさんがやっと本気を出してくれるみたいで妾も嬉しいですわ。この拷問女帝アンペラトリス・ドゥ・ラ・トルテュールの快楽のため、本気を出してくださるイイ子ちゃんには、特別に新しい手下の拷問怪人ちゃんをプレゼントさせて頂きますことよ!」


 拷問女帝と名乗った深紅のドレスの女は、そう言って、広間の天井を見上げた。


「出ておいでなさいな! クランヌさん!」


 天井に向かい、パンパンと手を叩きながら、拷問女帝が呼び掛ける。


「ケッ! うっせーな! クソババア!」


 天井に吊り下がる豪奢なシャンデリアがギシギシと揺れる。


「あたいさ、昼寝の二度寝ちゅーだったんだよねー。用が無いのに起こしてくれたんなら、ふて寝すんよー?」


 揺れるシャンデリアの上から、ヒラリと一人の少女が舞い降りてきた。


「ちょりーっす! あんたが、あたいの新しい上司? まあ、メンドーなことはキライなんで、テキトーにお願いしますよ、テキトーにさ!」


 パンクファッションに身を包んだ十代半ばくらいの少女だった。


 ピンクと銀のストライプのボブの髪に、紫がかった釣り目をしていた。


 首に赤いチョーカーを嵌め、ドクロが描かれた黒のTシャツ、チェックのショートパンツ、そして編み上げのロングブーツというスタイル。


 少女はスキニング・キャットの姿を見るなり、やる気の無いダルそうな声で、「上司」という、これまた縁のなさそうな上下関係を表す言葉を投げかけた。


「こ、こんなのが私の新しい部下なのですかっ……?」


 キャットが不満げにパンクファッションの少女を見やる。


「ケッ! こんなのとか言いやがって、テメエみてえなドンくさい血塗れ上司なんかより、このクランヌ様のほうがキレッキレに切れる拷問怪人さんだってこと、思い知らせてやんよーっ!」


 クランヌと呼ばれるパンクファッションの少女は、小馬鹿にするような態度でスキニング・キャットを睨むと、深紅のドレスの拷問女帝の前へ恭しく跪いた。


「恐れながら申し上げます。あたいが思うに、拷問女帝様のお進めになる人間どものご殺戮、その邪魔をする例のギロチンを真っ先に始末しちゃったほーが手っ取り早いと思うんだけどさー」


 礼儀正しいかと思いきや、後半から馴れ馴れしい言葉づかいになりながら、クランヌが拷問女帝に進言する。


「うふふっ。さすがクランヌさん! 妾が見込んだ拷問怪人ちゃんなだけありますわ! スキニングさんの報告どおり、あの例のギロチンが人間の少女の姿に変化するとなると、妾の進める殺戮の進捗にも大いに影響することでしょうね。ここはやはり、ギロチン女の抹殺を考えないとなりませんことね!」


 拷問女帝は、目の前に跪くクランヌの髪を撫で褒めちぎってみせると、スキニング・キャットの方へと向き直り、その目を吊り上げ言うのだった。


「……と言うわけだ、スキニングよ! この新たな部下を引き連れて、直ちにギロチン女を抹殺して参れ! よいな? 今度また失態を犯せば、この次にあの真紅の薔薇に切り刻まれるのは、そなただぞ……」


 拷問女帝の低い声が大広間に響き渡る。


「ひっ、ひえぇぇっ……」


 怯えたキャットが、後ずさりをしつつ、大広間の中を見渡す。


「あぎゃあああああぁぁぁぁぁーッ! うごがあああああぁぁぁぁぁーッ! ぐぅわあああああぁぁぁぁぁぁーッ!」


 そこにはいまだ断末魔の悲鳴を上げ、肉片へと変わっていく修道女の姿と、広間中を埋め尽くすように咲き乱れる無数の薔薇の花の束があった。


「はっ、はいいいっ……このスキニング、直ちにギロチン少女の抹殺を成し遂げてご覧にいれますっ……か、必ずやギロチン少女の生首を、カルナージュ様の御前に献上をばっ!」


 キャットは返り血に塗れたその頭を、再び拷問女帝へと向け下げ直した。


「ホーホッホッ! 物わかりの良い召使たちに恵まれ、このカルナージュも幸せ者ですわね! ホーホッホッホッホ!」


 そう言って、ラ・トルテュール一族の女帝、拷問女帝カルナージュは、殊更に甲高い高笑いをしてみせたのだった。

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