第5話 作戦決行のサタデーナイト

「ボクが素手でアイアン・メイデンや猫鞭の女の子と戦っても勝てる見込みはないしなあ……」


 根本的な問題だった。何度、死んで時間が巻き戻ったところで、相手にする敵が鋼鉄の殺人人形や、皮剥ぎの鞭の使い手ならば、丸腰の自分には勝てる確率は少ない。


いや、皆無と言って良いだろう。


「やっぱり頼みの綱はギロチーヌちゃんしかいないよなあ……」


 霧斗は、両腕がギロチンの刃に変形する、あの亜麻色の髪の少女の姿を思い浮かべた。


「……っていうか、ギロチーヌちゃんって何者なんだ?」


 今になって急に疑問が湧き起こってきた。


アイアン・メイデンやスキニング・キャットが拷問道具なら、ギロチーヌの変形した両腕もまさに鋭いギロチンの刃そのものだ。


「もしかして、ギロチーヌちゃんもその正体が、実はギロチンそのものだったりして……?」


 いくら鈍感な霧斗と言えど、そのことに気が付かない訳ではない。


思い当たることがあると言えば、いくつかあった。


「一回目も二回目もボクがマリー・アントワネットの首を刎ねたギロチンを、錆びて腐ったポンコツと言ったら、ギロチーヌちゃんが怒っていた。ボクがあのギロチンにそんなことを言ったなんて、知っているはずないのに……」


 そう考えながら、霧斗の目の前に、あの亜麻色の髪の少女がその碧い瞳に怒りの色を滲ませている光景が映し出されるかのように思い出される。


『だから! アタシがそのマリーさんの首を刎ねた張本人なんだけど?』


 たった今、この瞬間にギロチーヌに怒られているかのような錯覚に苛まれながらも、霧斗は心のなかで確信していった。


「間違いない! ギロチーヌちゃんこそが、あのマリー・アントワネットの首を刎ねたギロチンそのものなんだ!」


 そう確信すると同時に、今度は霧斗の目の前に、猫耳を生やしたあの青髪の少女の姿が思い浮かばれた。


『ははははっ! 我々、ラ・トルテュール一族の邪魔をする者たちは、このスキニング・キャット様が容赦なく排除する! その相手が、かの悲劇の王妃の首を刎ねたギロチンであろうともね。にゃん!』


 霧斗の目の前で、今まさにスキニング・キャットと名乗るあの青髪の少女が、勝ち誇った高笑いをしているかのような錯覚に陥る。


「ラ・トルテュール一族って、いったい何なんだっ……?」


 霧斗は青髪の少女の言葉を思い出しながら、何か得体の知れない、大きな組織の存在の気配と、陰謀の匂いとを感じ取るのだった。


「こうしちゃいられないっ!」


 霧斗は突然、思い立ったように立ちあがると、自室のドアを開け、階段を駆け下りた。


「霧斗、こんな夜遅くにどこ行くのっ?」


「うん、ちょっとね。生きてても死んでても、たぶんすぐ帰って来るから!」


 背中越しに母親の声を聞きつつ、霧斗は玄関のドアを開け夜の街へと飛び出した。




「ハァ……ハァ……」


 息を切らしながら夜の住宅街を最寄りの駅へと駆け抜ける。


 真っ直ぐに走る霧斗の脳裏に一つのアイデアが思い浮かんでいた。


「あの眼鏡の大学生の男の人も、拷問博物展に来た他のお客さんたちも誰一人傷つかずに済む方法……それは、この方法しかないっ!」


 真剣に考え抜いて思いついた発想だが、いざそれを言葉に出して言おうとすると、荒唐無稽なバカバカしさを感じずにはいられない作戦だ。


「その方法とは……」


 躊躇いながらも霧斗は、自分の心に言い聞かせるために敢えて言葉に出そうと試みる。


「……ギロチーヌちゃん誘拐作戦だ!」


 口に出してみて、その不謹慎で反社会的な言葉の響きに我ながら辟易する。


「もし、ギロチーヌちゃんが本当にあのマリー・アントワネットの首を刎ねたギロチンだとしよう。あれだけ大勢の見物客が行列を作って観に行くほどのギロチンだ。そのギロチンが公開初日の前日に盗まれてみろよ。途端に大騒ぎだ! 明日のギロチン公開はもちろん中止。マリー・アントワネットの首を刎ねたギロチンを見ることができないと知った見物客たちは当然、拷問博物展に行くのを止める。ヘタをすれば博物展そのものが中止になるかもだ!」


 そこまで考えて、霧斗は自身の発想に興奮し、身震いをするのだった。


「えへへっ! ボクって天才だねっ! これで誰一人傷つかないで済むぞ! 博物展が中止になればアイアン・メイデンだろうが、スキニング・キャットだろうが、傷つける相手がいなくて手持ち無沙汰さ! はっははーっ! 誘拐最高だっ!」


 そう言い終えて、霧斗はハッと我に返った。気が付いたら、電車の中だった。


「誘拐最高だって……?」


「拷問とか誘拐とかー、もしかしてーあの子、サイコパスとかいうヤツじゃん……?」


 車内のサラリーマンや女子高生などが霧斗に冷ややかな視線を送っていた。


「いいんだ……大事件を未然に防ぐ天才は、人々から理解されないものさ……」


 霧斗は、バツの悪さに下を向き、恥ずかしさにその頬を赤らめるのだった。





「こ、こんな夜遅くじゃ、当然閉まっているよなあ……」


 御茶ノ水の駅を降りた霧斗は、拷問博物展のある某大学キャンパスに向かいながら、溜め息を付いていた。


 まだ電車が動いている時間とはいえ、夜もかなり遅い。


「よ、よく考えたら、夜の博物展に侵入する方法を考えるのを忘れてたっ……」


 天才、天才、と興奮して舞い上がっていたことの落とし穴だった。


「絶対、シャッターとか閉まってて、部外者が入り口を壊してでも入ろうとすれば、非常ベルが鳴り響いて、警棒を持ったガードマンが飛んで来るに違いないっ……」


 今思えば、至極当然のことだ。


 そんなごく当たり前のことさえも気が付かない自分は、天才どころか凡人以下、いや、凡人未満なのかもしれない。


 霧斗は半ば諦めに近い心境で、拷問博物展の入り口にまで辿り着いた。


 すると、博物展の入り口前の道路には大型のトラックが停められ、作業員らしき数人の男たちが何やら得体の知れない大きな物体を運びこもうとしている光景に出くわした。


「オイ、慎重に運べよ! これを傷つけでもしたら、明日からの展示が台無しだからな!」


 責任者らしき男が大きな声で怒鳴り散らしている。


 高さ四、五メートルほどありそうな、布で覆われた巨大な物体が台車に載せられ、数人がかりで運ばれている。


「もしかして……?」


 霧斗の直感が告げる。


 まさに今、運ばれようとしている物体が自分の求めているソレであると。


「公開前日の夜に運ぶなんて、そんなギリギリなことってあるのか……?」


 躊躇っている暇など無い。


 運ばれている物体が建物の中に納められてしまうその前に、なんとか接触しなければならない。


 霧斗は運ばれている物体へとすかさず駆け寄っていった。


「オイ、何だ坊主? 大事な荷物を運んでるんだ! シッ、シッ、あっちへ行け!」


 責任者らしき男が、走り寄る霧斗に声を荒げ、手で追い払う仕草をして、咎めるように怒鳴る。


「へえー、これが、あのマリー・アントワネットの首を刎ねたギロチンなの? こんな錆びて腐ったポンコツが?」


 霧斗は、わざと嫌味ったらしい口調で、布で覆われた巨大な物体を指差して責任者らしき男に笑いかけた。


「オイ、坊主。どうしてコイツの中身を知ってるんだ?」


 責任者らしき男が布で覆われた物体を顎でしゃくる。


「……って、何だあっ、オイ? 一体どうしちまったってんだコイツよお?」


 顎を向けた責任者らしき男が驚愕の叫び声をあげる。


「ひゃあああっ……分かりません。お、親方、逃げましょう……」


 作業員たちが腰を抜かして慌てている。



 運ばれている物体を覆う布の中から、目もくらむ程に眩しい金色の光が輝き出していた。


 すると突然、物体を覆う布がパサリと剥がれ落ち、その中から一人の少女が姿を現した。


「ボンソワール! ジュ マペール ギロチーヌ! まあ日本で言うところの自己紹介ね。アタシ、ギロチーヌよ。ギロちゃんって呼んで?」


 亜麻色の髪の碧眼の少女。


 ゴシック・ロリータのドレスを身に纏い、その手にクリーム色のフリルの付いた黒いパゴダの日傘を差していた。


「やっぱりだ! ボクの読みが当たったぞ! ギロチーヌちゃんの正体は、あのマリー・アントワネットの首を刎ねたギロチンだったんだ……」


 霧斗は亜麻色の髪の少女の出現に、思わずガッツ・ポーズをして喜んだ。


「オイ! ギ、ギロチンはどこいった? あのマリー・何とかネットの首を刎ねたギロチンをよ、オイラたちは今夜中に運ばねえとならねえんだ!」


 責任者らしき男が、台車の脇の地面に落ちた布をめくり上げる。


 台車の上からも、地面に落ちた布の下からも、歴史を刻んだ斬首台は影も形も無く消え失せていた。


「もう! マリーさんの首を刎ねたギロチンなら、ちゃんとここに居るじゃないのよ! そんなことより、誰よ? アタシのこと、錆びて腐ったポンコツって言ったのは! アタシ、すっごい怒っているんだからね!」


 ギロチーヌは碧眼の瞳を吊り上げて、怒り心頭といった様子だった。


「こ、このオジサンです……」


 霧斗が躊躇うことなく、責任者らしき男を指差す。


「まあ! こんなオジサンに言われたくないわ! アンタこそ錆びて腐りかけたような顔してるじゃないのよーっ! ギロチン変化! メタモルフォーゼ!」


 ギロチーヌの重ねた両腕が瞬時に鋭い刃へと変化する。


「オイ、お、お嬢ちゃん。何だってそんなノコギリみてえな腕してやがるんだ……?」


 責任者らしき男は額に冷や汗をダラダラと垂らしながら、冷たく光るギロチンの刃と化したギロチーヌの腕を見つめた。


「うっるさぁいっ! 二度とポンコツなんて言えないように、その首、斬り落としてあげる! 斬首執行デカピタスィョン! ディスるオヤジは大嫌いっ!」


 ギロチーヌが顔を真っ赤にして怒鳴りながら、重ねた両腕を頭の上に高く振りかざす。


「ひっ、ひぃやあああーっ! オイラの首と胴体が切り離されちゃあ、たまったモンじゃねえっぺよぉーっ!」


 責任者らしき男は、股の間から黄色い液体を勢いよく漏らしながら、一目散に逃げ出していった。


「親方あーっ! オレたちを置いて行かないでくださいよーっ!」


 作業員たちもその後を追いかけるようにして逃げ出した。


「待ちなさいよぉーっ! このクソオヤジいいいいっ!」


 ギロチーヌはギロチンの刃を頭上に掲げたまま、男たちを追いかけ回すのだった。


「ギロチーヌちゃんって、けっこう怒りの沸点が低いよなあ……」


 霧斗は半ば呆れ気味に溜め息を漏らし、亜麻色の髪の少女の背中を追いかけた。




「ふん。例のギロチンが変化をするとは意外でしたね……」


 運搬用のトラックと台車が放置されたまま、人影の無くなった博物館の入り口で、燕尾服に身を包んだ青髪の少女は、冷たい微笑を浮かべたのだった。

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