第4話 乳に塗れてリセットだ!!

「か、かわいいっ……」


 エナメルの革靴に背中を踏みつけられたまま、霧斗が顔を上げ、青髪の少女を見つめる。


 いまや猫耳姿へと変化した青髪の少女に霧斗の目は釘付けとなった。


「まあっ。アタシには、カワイイだなんて言ってくれないのにいっ!」


 ギロチーヌがプクゥと頬を膨らませ、その唇を尖らせる。


「にゃっ、にゃにを言うのです。この私が、かわいいなどと……」


 青髪の少女はその頬を赤らめ、恥ずかしそうに一瞬だけ口をつぐむと、


「い、いいでしょう。私の猫鞭の本当の威力を味あわせてあげましよう。にゃん」


 と言って尻尾をブウンと振り上げた。


「喰らえっ! スキニング・テイル! 剥ぎ取りの尾! にゃん」


 青髪の少女の尻尾がギロチーヌの胴体に炸裂する。


「きゃっ? きゃあああぁぁぁぁっ! アタシのゴスドレスがーっ!」


 尻尾の先端の無数の結び目が、ギロチーヌの胸のビスチェを引き剥がす。


同時にブラジャーまでもが引き剥がされ、ギロチーヌの釣鐘型の豊満な乳房が露わにさらけ出される。


「いやぁん! どうしてアタシが、おっぱいを晒し出さなきゃいけないのよぉーっ!」


 慌てたギロチーヌがその腕ではだけた胸を隠そうとする。


「うぇぇーん! 腕がギロチンのままじゃ、おっぱいが切れちゃうーっ! 隠したくても隠せないじゃないのよぉ……」


 両腕が鋭いギロチンの刃と化しているため、その刃が少しでも胸に触れると、その白く美しい乳房からタラタラと赤い血が垂れ落ちてしまう。


「ギロチーヌちゃん。おっぱいそのままの方がいいと思うよ……」


 うつ伏せの霧斗はその頬を赤く染めながらもギロチーヌにそう言うと、


「だ、だけど、ボクの背中に猫耳ちゃんが乗っかったままで重たいんだ……ギ、ギロチーヌちゃん早く反撃してぇ……」


と苦しそうに呻くのだった。


「ふふふっ。猫鞭そのものである私の名前がどうしてスキニング・キャットと言うと思いますか? にゃん?」


 青髪の少女が、その猫のように目尻の吊り上がった瞳で、ギロチーヌの豊満な乳房を睨み付ける。


「……それはですね、鞭の先端の無数の結び目に『鉄の星』と呼ばれるトゲ玉が入っているんですよ。このトゲ玉が皮膚に当たれば、たちまち皮を丸ごと剥ぎ取って、その肉をぐしゃぐしゃに引き裂いてしまう。これがこの鞭がスキニング・キャット(皮を剥ぐ猫)と呼ばれる所以です。お前のその無駄な脂肪の詰まった乳房なんて、まさに格好の餌食だ! にゃん!」


 青髪の少女が叫ぶやいなや、その尻尾がギロチーヌの乳房を目がけて炸裂する。


「きゃあっ! アタシの、おっぱいは無駄な脂肪なんかじゃないもん!」


 ギロチーヌがその左腕の刃で青髪の少女の尻尾を受け止める。


「お返しよっ! えいっ!」


ギロチーヌが瞬時に空いた右腕の刃で、青髪の少女の燕尾服を斬りつける。


「にぃやあぁぁーん!」


 燕尾服の胸元を下着ごとザクッと切り裂かれた青髪の少女は、いまやその乳房を露わにさらけ出してしまっていた。


 まるでお皿のような平べったい乳房に、ツンと尖った蕾のような乳首が乗っかっていた。


「ち、ちっぱいもかわいいっ……」


 うつ伏せの霧斗が顔を上げ、青髪の少女の乳房に見とれている。


「なによーっ! アタシの、おっぱいにはカワイイなんて一言も言わなかったじゃないっ!」


 ギロチーヌが、たわわに実ったその乳房をユサユサと揺らしながら、霧斗に怒鳴る。


「ふ、ふんっ。私は、べ、別に、胸にコンプレックスなんてありませんからねっ……にゃん」


 青髪の少女が真っ赤に頬を染め、ドギマギしながら、両手の肉球で自らの胸を覆い隠す。


「あるのね……」


「あるんだな……」


 ギロチーヌと霧斗がほぼ同時に呟やいた。


「「「キャアアアアアッ……」」」


その時、廊下の向こうから大勢の人間の悲鳴が聞こえてきた。


「アイ……アン……メイ……デン……」


 ズシン、ズシン、という鈍い足音とともに、掠れたような低い女の声が続けて響き渡る。


「わあっ? あ、あの声はっ!」


 漏れ聞こえてきた女の掠れ声に霧斗はビクッと震えた。


「ふふふっ。アクシデントがあったおかげで予定よりも行動開始が遅れましたが、アイアン・メイデンが無差別殺戮をようやく始めたようですね。にゃん」


 青髪の少女は漏れ聞こえる大勢の人間の悲鳴に、嬉々として言う。


「へっ? アイアン? メイ? でーん?」


 ギロチーヌはポカンと口を開けたまま、その首を傾げ、ただ呆然とするのみであった。


「ギロチーヌちゃん! アイアン・メイデンだよ! 鉄の人形が人々を襲って、片っ端から串刺しにしちゃうんだ。は、早くなんとかしないと、博物館に来ている人たちが皆殺されちゃうよおっ!」


 霧斗が、うつ伏せのまま声を張り上げてギロチーヌに訴えかける。


「もおっ! アイアンだかメイデンだかなんだか分からないけど、お客さんたちがそんなに大騒ぎするなんて心外よ! 皆に、キャーキャー騒がれるのは、マリー・アントワネットの首を刎ねた、このアタシのはずなのにぃっ! 悔しいーっ!」


 ギロチーヌは慌てて男性用化粧室の出入り口から廊下へと出ようとした。


「行かせるものですかっ! にゃん」


 青髪の少女がすかさず尻尾の猫鞭でギロチーヌの背中を叩きつける。


「あぁーんっ」


ビシッと激しく肉を叩きつける音とともに、ギロチーヌはその背中を仰け反らせた。


瞬時にギロチーヌの背中の皮膚が剥ぎ取られ、その肉が露わに晒し出される。


ギロチーヌはそのまま前のめりに化粧室の床に倒れ込んだ。


「ギロチーヌちゃあああぁぁぁんっ!」


 背中を踏む革靴を撥ね退け、ガバッと勢いよく起き上った霧斗は、倒れたギロチーヌの元へ駆け寄った。


「大丈夫かい、しっかりするんだギロチーヌちゃんっ!」


 霧斗がギロチーヌの身を必死に揺さぶり起こそうとする。


「う……うーん……」


 倒れるギロチーヌの額には脂汗が垂れ、その息は弱かった。


「ははははっ! 我々、ラ・トルテュール一族の邪魔をする者たちは、このスキニング・キャット様が容赦なく排除する! その相手が、かの悲劇の王妃の首を刎ねたギロチンであろうともね。にゃん!」


 青髪の少女が瀕死のギロチーヌを見て、不敵な笑い声をあげる。


「ラ・トルテュール一族だって……?」


 霧斗が青髪の少女の言葉に訊き返したその時、廊下からふたたび大勢の者たちの叫び声が響き渡ってきた。


「メイ……デン……強制執行……」


 ギギギッ……ガガガガガッ……。


 鉄の軋む音が廊下から漏れ聞こえ、バタンと鉄の扉の閉じられる音が聞こえる。


 グサッ、グサッ、ブスリッ、ブスリッ、グサリッ、ブスリッ、と肉を突き破る音が連続して聞こえてくる。


「執行……完了……」


 アイアン・メイデンの掠れた声が聞こえると、


「うわあああぁぁぁぁッ! 閉じ込められた奴が血塗れだぞーッ」


「きゃあああぁぁぁぁッ! つ、次は私たちを襲う気よっ……」


 と、残された者たちの恐怖に慄く悲鳴が飛び交ってくる。


「くそぉ……こうなったら、一か八か、もう一度リセットだ……」


 霧斗は冷や汗をその額から垂らしながら、横たわるギロチーヌの姿を見た。


「ギロチーヌちゃん、ごめん!」


 霧斗がその手をギロチーヌの胸元へと伸ばす。


 むにゅうむにゅうと、ギロチーヌの豊満な乳房が霧斗の掌によって揉みしだかれる。


「なっ……? 私への当てつけ? にゃん?」


 青髪の少女が口をポカンと開け、自らのお皿のような乳房にその視線を落とす。


「はあぁっ? アタシが重傷を負って抵抗できないからって、おっぱいをここぞとばかりに揉むなんて、どーいうことよおっ?」


 カッと瞼を見開き、息も絶え絶えだったはずのギロチーヌが、真っ赤になって怒り狂う。


「いやぁん! えっちいいいっ!」


 ギロチーヌの腕が霧斗の頭を目がけ振り下ろされた。


「ぎええええーっ!」


 スパァン。気持ちのいいくらいの肉を切り裂く音とともに、霧斗の首が宙を舞う。


 ひゅるひゅるひゅるっ、と回転しながら霧斗の首が化粧室の床へ落下する。


「いけない。またやっちゃった……」


 ギロチーヌは床を転がる霧斗の首を見て、その瞳に後悔の色を滲ませるのだった。





「ボク、死んだ……?」


 霧斗がハッと気が付くと、そこは照明の灯った明るい空間だった。


「く、首は繋がっているみたいだな……?」


 まず確認することは、自分の頭と胴体とがきちんと繋がっているかどうかだ。


 霧斗が自身の身体に目を向けてみても、胴体だけでなく、腕も足もすべてがきちんと存在していた。


「そうだ……パソコン!」


 霧斗は自室の机の上に置かれたデスクトップ型のパソコンの画面に目をやった。


「やっぱり……拷問博物展の宣伝ページが表示されてる!」


 ディスプレイには、マリー・アントワネットの首を刎ねたギロチンの公開を宣伝する謳い文句が表示されていた。


「き、今日の日付は……?」


 唾をゴクリと飲み込みながら、画面右下の日付表示を確認する。


「やっぱり! 十月十四日の土曜日だ!」


 目を凝らして何度見ても、ディスプレイの画面右下の日付表示は、十月十四日の土曜日になっていた。


 すなわち今日が、霧斗が拷問博物展に足を運び、あの眼鏡の大学生風の男が死ぬ、その前日であるということを示している。


「ははは! やっぱりボクが思った通りだ!」


 霧斗は思わずガッツ・ポーズをする。握った拳に力が入る。


「ようするにだ! ボクはギロチーヌちゃんという女の子に首を刎ねられても、生き返ることができる。そして死ぬ前の日の夜に時間が巻き戻る。この二つの点が実験できたってことだ!」


 自らの命を賭けた壮絶な実験は功を奏した。


 もし自分の読み通りにいかなければ、霧斗はギロチーヌに首を刎ねられたまま命を落としていた。


 でも、今はこうして、ちゃんと生きている。


 一か八かの命懸けの実験をした甲斐があったというものだ。


「あの状況じゃ、これに賭けてみるしかなかったんだ……」


 拷問博物展の男性用化粧室で、眼鏡の大学生風の男に死なれたうえに、スキニング・キャットと言う青髪の少女にギロチーヌまでもが襲われ瀕死の状態に。


 さらにはアイアン・メイデンまでもが動き出し、拷問博物展に訪れた見物客たちが無差別に殺されていった。


 そんな状況で霧斗一人がスキニング・キャットとアイアン・メイデンという二つの敵に立ち向かっていったところで事態を打開できたとは考えにくい。


 ならば、自分が死んで、時間を巻き戻し、状況を一旦リセットしてまでも一から態勢を立て直したほうが得策だ。


「でも、一回目の時よりも状況は悪くなっているじゃないか……」


 霧斗が一回目に拷問博物展を訪れた時は、大学生風の男だけが死んだ。


 それもアイアン・メイデンの暴走をギロチーヌが止めたおかげで、他に犠牲者は出なかった。


 だから、霧斗が最初に死んで時間が巻き戻り、二回目に拷問博物展を訪れた際には、とにかく大学生風の男の死だけをなんとか防ごうとやっきになっていたつもりだ。


 しかし、二回目の拷問博物展での結末は大学生風の男の死を防げなかっただけではない。


 アイアン・メイデンの暴走さえも止めることができず、より多くの犠牲者を出してしまったのだ。


 そしてさらには一回目には無傷だったギロチーヌを二回目では無残にも瀕死の状態にまで追いやってしまった。


「三回目こそは、もう誰も傷つけたくない! もう誰も死なせない!」


 霧斗はそう強く心に誓った。


「でも、そのためにはどうしたらいいんだ? ボクにいったい何ができる?」


 決意するや否や霧斗の自問自答が始まる。

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