第2話 死んだ男との再会
「はあ~。気が付いたら勝手に足が向いてしまったというヤツだ……」
翌日、気が付けば霧斗の姿は、御茶ノ水界隈・某大学キャンパス内の拷問博物展の入り口にあった。
でも、これでいいんだ……。
老いも若きも含めた大勢の人の作る列の最後尾に並びながら、霧斗は思った。
もし、死んだと思ったボクが本当に日付を遡って、昨日に生きて戻ったっていうのなら、今この時点であの男の人はまだ生きているはずなんだ。
今ならまだ間に合う。思い出しただけで身の毛もよだつ、あの忌まわしい出来事を今ならまだ避けることができるはずなんだ……。
そう思いながら霧斗の脳裏に甦ったのは、身体中の至る部分に穴が開けられ、その肉の抉られた、大学生風の男の無残な死体だった。
それに、この博物館に来れば、ギロチーヌとかいう青い瞳のあの少女にもまた出会えるかもしれない。
あいつ、ボクの首を刎ねやがって。
ボクはいまだに誰とも女の子と付き合ったことが無いというのに、『彼女いない歴=年齢』のまま、危うく天国に逝ってしまうところだったじゃないか……。
霧斗が哀しみと怒りの混じったなんとも複雑な想いに半ばうわの空になっていると、
「やあ、君も歴史が好きなのかい? 普通のギロチンなら珍しくもなんともないが、かのマリー・アントワネットの首を刎ねた本物のギロチンが、フランスから日本に来るとなると、そりゃ珍しくて見たくなるのが人間の心理というものだからねえ!」
霧斗のすぐ真後ろから、聞き覚えのある男の声がした。
「ああっ! あなたはっ……」
背後を振り返るなり、霧斗は男に抱きついた。
「うわあああっ! 生きて……生きているんですねえええっ! あなたがこうして生きている姿を見られるなんてボクは、ボクはあああっ……」
「げええっ? なんだね、君いっ! 俺が生きているのは当たり前じゃないか! どうしていきなり抱きつくんだ? 俺は男同士でこんな趣味はないぞ!」
泣きながらしがみつく霧斗に、眼鏡を掛けた大学生風の男が困惑する。
「あなたはこの博物館に入っちゃいけないんだ! 特にアイアン・メイデン、あの鉄の人形には絶対近づいちゃだめなんだ!」
しがみついたまま、男の顔を見上げ、霧斗は真剣な眼差しで懇願するように訴えかけた。
「はあ? 何でだね? 博物館に入るのも、アイアン・メイデンを観るのも俺の自由だろう? 君にとやかく言われる筋合いはないぜ?」
「そ、それは……その……」
男に訊き返され、途端に霧斗は口ごもってしまう。
どうしよう。
あなたはアイアン・メイデンに襲われて死ぬんです、と事実をそのまま言うべきだろうか。
でも、そんなことを正直に伝えたところで信じてもらえるだろうか。
それに、どうしてそんなことが分かるんだと訊かれたら、ボクは一度死んで気が付いたら日付を遡って昨日に戻っていたんです、という話をしなくちゃいけなくなるかもだ。
そんなことを言って頭がおかしいと思われたら、どうにもならないぞ……。
霧斗が頭の中で、ああだ、こうだ、と考え込んでしまっていると、
「ホラ、そろそろ開館だ! 入り口が開くぜ?」
と大学生風の男が行列の前方に目を向ける。
ゾロゾロと列に並んだ人々が前へ進み始める。
「君が行かないのなら、俺は先に行くよ」
男は、前へ進もうとしない霧斗を置いて歩き出した。
「とにかく! アイアン・メイデンなんか見ちゃだめなんだ! あれは危険なんだよ! 近づいちゃだめなんだ! 中に入らず、このまま帰るべきなんだ!」
霧斗は、男の腕を掴み、必死でその場にとどまらせようとした。
「うるさい! 何を見ようと俺の勝手だろう! こうなりゃ、アイアン・メイデンをとことん見てやろうじゃないかっ!」
男は怒りに任せ、霧斗の身体を突き飛ばした。
「わあっ!」
霧斗はそのまま後ろへ勢いよく倒れ込んだ。
「きゃっ……」
霧斗の背後から小さな悲鳴が聞こえた。
霧斗は倒れようとする自分の背中を、誰かの腕が支えようとしてくれている感触を覚えた。
「危ないじゃないですか。気をつけてくれないと困りますね」
少しハスキーな感じの若い女の子の声だった。
「ご、ごめんなさい……」
霧斗は申し訳なさそうに小さい声で謝りながら、その女の子に目をやった。
青いショートの髪のボーイッシュな雰囲気の少女。十代後半くらいだろうか。
釣り目がちな青い瞳が理知的な印象を感じさせる。
きっちりネクタイを締め、パンツスタイルの燕尾服に身を包んだその服装は、まるで貴族の家にでも仕えるような執事を連想させた。
「そ、そのコスプレ、とても良く似合っています……」
ぶつかっておきながら、少女の姿をジロジロと見つめてしまった後ろめたさから、霧斗はついつい褒め言葉を口にした。
「それはどうも。褒めて貰えて嬉しいですね」
燕尾服の少女はニコッと微笑み返すと、そのまま博物館の入り口へと姿を消していった。
「あれっ? 今ボク、女の子を褒めちゃったぞ……?」
今まで同年代の女子を褒めたことなど一度もないと霧斗は自覚していた。
なので、青い髪の燕尾服の少女に無意識にでも褒め言葉をかけることができたと思うと、胸の奥に何とも言えない喜びの気持ちが湧いてくるのを感じたのだった。
「いけないっ! あの大学生の男の人を助けないと!」
胸に感じた喜びも束の間に、霧斗は博物館の館内へと駆け込んだ。
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