拷問彼女ギロチーヌちゃん
湊あむーる
第1話 殺戮現場で出会った少女
『悲劇の王妃、マリー・アントワネットを処刑した
センセーショナルな謳い文句のつもりなのか、人々の興味を惹こうと思ってつけたコピーなのだろうが、見ていて溜め息しか出て来ない。
「はあ~。週末になるといちいち気持ちが鬱になるよなあ」
ディスプレイを凝視し続けていた目を逸らし、両手を組み思いっきり伸びをする。
「日曜に単独行動する場所って言っても、どこも行き飽きたからなあ……」
日曜の一日を過ごす場所をネットで探す。そんな行為をパソコンの前で延々と繰り返すだけでも、精神的にけっこう疲れるものだ。
高校二年生にもなって、いや、もはや高校二年生にもなってしまったからなのか、霧斗には友達と呼べる友達がいなかった。
「同年代の男子は完全に二極化している」
独り言を呟き、
日曜日は決まって彼女とデートをするリア充男子か、同年代の女子に殆ど相手にされず日曜ともなると決まって男同士でつるむ非リア男子か、その二極化だ。
もちろん、ボクは後者の方だけど、と霧斗は一人納得して、ハッと気付いた。
いや、違うな。彼女も居ないし、モテない男同士でつるんだりもしない。日曜ともなると決まって一人孤独に過ごすだけ……となると、ボクは前者でも後者でもない、第三勢力だ!
なんだか聞こえの良い第三勢力という言葉に気分を高揚させ、一人で相槌を繰り返しているうちに、霧斗は知らぬ間の深い眠りに落ちていたのだった。
◇
翌日。
東京、御茶ノ水界隈の某大学キャンパス内。国内随一と言われる拷問器具専門の博物館が併設されていた。
「はあ~。気が付いたら勝手に足が向いてしまったというヤツだ……」
霧斗は昨晩ネットで見たこの博物館のサイトがどうしても頭から離れず、気が付けばサイトの誘い文句に引きつけられるようにしてこの場所まで出向いてしまったのだった。
「へええ、けっこう暇人が多いものなんだな」
博物館の入り口では老いも若きも関わらず大勢の人たちが列を作って並んでいた。
「ただの普通のギロチンなら珍しくもなんともないが、かのマリー・アントワネットの首を刎ねたというギロチンそのものだぜ? その本物がフランスから日本に来るとなると、そりゃ珍しくて見たくなるというのが人間の心理というものさ!」
霧斗の独り言が耳に入ったのか、前に並んだ眼鏡を掛けた大学生らしき男性が話しかけてきた。
「ははっ。そういうもんですかねえ……」
霧斗は精一杯の愛想笑いを返すのだった。
「そういうもんだよ。しかも今日は公開初日だぜ。悲劇の王妃の首を刎ねたギロチンを我先にこの目で拝みたいと思うのが人間の心理というものさ!」
男はそう言いながらも落ち着かない様子で列の前方をしきりに気にしていた。
入り口に並んだ列も動き出し、いよいよ館内へと足を踏み入れる。
「君っ、あれだよ! あれ! ホラ、見たまえ!」
部屋の中央に人だかりが出来ているスペースがある。さっきの大学生風の男が背伸びをしたり、飛び跳ねたりしながら、必死に人だかりの向こうの展示物を指差している。
「……っていうか、人の頭しか見えないし……」
霧斗も、爪先立ちをして懸命に見よう見ようと試みるも、その視界は他人の後頭部に邪魔されてしまっていた。頭と頭の隙間から、ようやく垣間見ることが出来たのは、腐りかけているような二本の木の柱の間に錆びた刃が吊るされた古ぼけた装置だった。
「あれがマリー・アントワネットの首を刎ねたギロチンなの? こんな錆びて腐ったポンコツが?」
霧斗にとってはなんとも期待外れとしか言いようのない代物だった。
「なに、フランス革命の時代から既に二百年以上経っているからね。古くなってしまうのは仕方がないさ。とはいえ、あのギロチンはまさに歴史の生き証人とも言える貴重な代物だぞ!」
大学生風の男は外した眼鏡を手に、そのレンズを遠ざけたり近づけたりしながら、興奮気味にまくしたてた。
「ボクはあっちの方がなんだか惹かれちゃうな……」
霧斗が後ろを振り向くと、その向こうには、女性の形をした鉄製の大きな人形のようなものが置かれていた。
「あれはアイアン・メイデン。別名、ニュルンベルクの鉄の処女とも呼ばれる拷問具さ。見てみたまえ、人形の腹が開いて、その内側に何本もの釘が突き出しているだろう? あの中に人を閉じ込めたうえで、蓋を閉めると、中の人間はたちまち串刺しにされちまうって寸法さ!」
眼鏡を掛け直した大学生風の男が冷静に説明をする。
たしかに男の言うとおり、人形の腹部には左右に開く扉のような物が付いていて、ちょうど扉が開いた状態で展示されていた。丸見えとなった人形の内部は空洞で、人間が一人入り込めそうなくらいの広さがあった。しかし扉の裏側には無数の釘が突き出すように生えている。扉を閉じれば最後、中の人間は、その頭の先から足の爪先に至るまで身体中を鋭い釘で貫かれてしまう。心臓でも貫かれれば、生きて外へと出るのは不可能だろう。
「ふええっ、間近でよく見ると、なんだか怖くなってくるなあ……」
霧斗はもしも自分が人形の腹の空洞に入ったら、と想像しているうちに、背筋にゾクゾクッと寒気が走るのを感じた。
「……ごめん、なんだかトイレに行きたくなってきちゃった」
霧斗が鉄の人形に背を向ける。
「ああ、ごゆっくり……」
大学生風の男の返事が聞こえたその直後だった。
ギギギッ……ガガガガガッ……
金属の軋むような音が霧斗の背後から聞こえてきた。
「アイ……アン……メイ……デン……」
同時に女の掠れたような低い声が聞こえる。
「んんっ?」
霧斗がふっと背後を振り返る。
「うわああああっ! た、助けてくれえーっ!」
見ると、大学生風の男が手足をジタバタと藻掻かせ、喚いていた。男の肩をガシッと鉄の腕が掴みあげている。
ギギギッ……ガガガガガッ……
金属の軋む音をたてながら、展示されていたはずのアイアン・メイデンが動き出していた。元々、手足の付いていない胴体部分と頭だけの鉄の人形であったはずなのに、その胴体から二本の腕と足とが生え出していた。
「な、なんだ、コレえええっ?」
霧斗は催していた尿意も忘れ、大学生風の男の元へ駆け出した。
「メイ……デン……強制……執行……」
ズズズズッ、と大学生風の男の身体が鉄の人形の開いた腹部へと押し込められていく。
「嫌だ! 嫌だ! 俺はこの中になんて入りたくないんだよっ!」
泣き喚く大学生風の男の身体が、人形の内部の空洞にスッポリと納められた瞬間、ギギギ、バタン! と鉄の扉が閉じられた。
グサッ、グサッ、ブスリッ、ブスリッ、グサリッ、ブスリッ、と肉を突き破る音が連続して漏れ聞こえてくるような気がした。
「執行……完了……」
パカッと鉄の扉が開かれる。静寂がしばらく続いた後、ポトリ、とレンズが割れて大きくヒビの入った、ひしゃげた眼鏡が扉の中から転がり落ちてきた。
「ねえ……だ、大丈夫なの?」
霧斗は静けさに耐えられず、身を乗り出して鉄の扉の内側を覗こうとした。
ドサリ。
霧斗の顔を覆うように、生温かく生臭い何かが覆い被さってきた。
「ひ、ひいいいいいいっ」
霧斗の目の前に、眼球の抉れた血塗れの男の顔が覗いていた。
「うわああああああああっ……」
霧斗が思いっきり振り払うと、びしゃっと飛び散る血飛沫とともに、床に穴だらけになった男の死体が倒れ込んだ。顔面、腕、腹、腰、股間、足、その身体中の至る部分の肉が抉れている。腹部の穴からは内臓が飛び出している。
「きゃああああああっ! 人が! 人が死んでいるわっ!」
「に、人形に閉じ込められた青年が死んだぞーっ!」
周囲の入場客たちが悲鳴を上げ、パニックに陥っている。
「メイ……デン……再……起動……」
ズシン、ズシンと足音を響かせながらアイアン・メイデンが歩き出す。
ギギギッ……ガガガガガッ……
「うわぁー、逃げろおおおーっ」
「きゃーっ、助けてえーっ」
両腕を高く掲げ、掴みかかろうとする鉄の人形に、入場客たちは一斉に逃げ出し、出口へ殺到する。
「わああっ、放せーっ! 放せったらあー!」
逃げ遅れた霧斗の襟首がガシッと鉄の腕に掴まれる。
「メイ……デン……強制……執行……」
ズズズズッと霧斗を掴んだ腕が、その小柄な身体を腹部の空洞に押し込めようとする。
「わああーっ、ボクは死にたくなんてないよーっ! まだ女の子とも付き合ったことないのにいーっ!」
霧斗は藻掻きながら必死に抵抗するも、ゴトンと空洞の底に突き落とされてしまう。
「ひえっ」
ひんやりとした鉄の冷たさが霧斗の尻に伝わる。
ギギギィ……空洞の暗闇の中に光を差し込ませていた唯一の出口が、その外側から閉じられようとしていた。
「イヤだーっ、閉めないでくれようーっ……」
霧斗が絶叫したその瞬間だった。
「錆びて腐ったポンコツで悪かったわねー! アンタのその腐りきった性根、アタシが叩き直してやるんだからー!」
怒った女の子の声が急に聞こえたかと思うと、閉まりかけた鉄の扉の内側へ挟み込むように外から白い手が割り込んできた。
バァン! と勢いよく閉まりかけた鉄の扉が開かれる。すると、一人の少女が空洞の内部を覗き込んでいた。
「ボンジュール! ジュ マペール ギロチーヌ! まあ、日本流に言えば、アタシの名前はギロチーヌですって名乗ったんだもん!」
セミロングの亜麻色の髪をした、碧眼の少女だった。見た目に十代後半くらいだろうか。ゴシック・ロリータのドレスに身を包んだその少女は、見るからに西洋人風の雰囲気をしていた。
「うわあっ? き、君は何なんだよ? い、今がどんな状況か分かっているのっ?」
突然の白人美少女の出現に霧斗が動揺する。
「まあ! せっかく人が自己紹介したのに、何よその塩対応は! じゃあいいもん! コレ、閉めるよ?」
そう言ってギロチーヌと名乗る少女はその唇を不機嫌に突き出すと、手に掴んだ鉄の扉を閉じようとした。
「わああっ、待って! 閉めないでっ! お願いです! 閉めないでくださいいいっ!」
霧斗が慌てふためき、ギロチーヌを止めようとした時、
「グゥガガガッ? 妨害者……強制……排除……」
アイアン・メイデンの両腕がガシッとギロチーヌの胴体を掴みあげた。
「もう! 乙女の身体はデリケートなんだからぁ、そんなに乱暴に掴まないでくれます?」
ギロチーヌは、ぶっきらぼうに怒鳴ると、その白く細長い両腕を交差させるようにして重ねた。
「ギロチン変化! メタモルフォーゼ!」
重ねたギロチーヌの腕が鋭い刃へと変形する。
「
ギロチーヌが叫び、重ねた両腕をアイアン・メイデンの頭部へと向けた。
シュルルルルッという空気を切り裂く音をたて、鋭い刃と化したギロチーヌの腕が横方向にスライドし、アイアン・メイデンの首を目がけて襲いかかっていく。
その刹那、スパァーンと弾けるような気持ちの良いほどに軽快な音を響かせ、アイアン・メイデンの頭部が弾け飛んだ。
「メイ……デデデデデデ……ンンンンン……」
咆哮にも似た叫び声をあげながら、くるくるくるっ、と猛烈に回転しながらアイアン・メイデンの頭部が空中を舞う。
やがて頭部はガゴンと天井に激突、そのまま落下し、ころころと床を転げまわった。
ギギ……ガガ……ガタン……
その頭部を無くしたアイアン・メイデンの胴体は動きを停止、ギロチーヌを掴みあげていた腕も、だらしなくブランと垂れ下がるのだった。
「えへ。アタシの柄にもなく人助けしちゃった! ねえ、大丈夫? いつまでその中に入ってるつもりなのー?」
ギロチーヌは少し照れた表情で、鉄の空洞の内部を覗き込んだ。
「えっ? あ? だ、大丈夫だよ……」
霧斗は自分の身に起こった一連の事態をうまく整理できず、ただただ呆然とし尽くしていた。
「こんな人形のお腹の中なんて早く脱出しなきゃだ……」
空洞の中で霧斗がその腰を上げる。
「手貸すわよー」
ギロチーヌが笑顔で腕を差し伸べる。
「どうもありがとう」
霧斗が少女の差し伸べる腕を掴んだその瞬間、プシューと霧斗の右手から鮮血がほとばしった。
「うぎゃああああ! 手が切れたああああっ!」
霧斗が右手の猛烈な痛みに泣きじゃくる。
霧斗が自分が掴まされた物に目を向けると、それは冷たい光沢を放つギロチンの刃であった。
「あ、ごめんねー。腕元に戻すの忘れてたー」
悪びれた様子もなくギロチーヌが笑う。
「忘れてたじゃないよ! こうなったらお返しだあっ!」
鉄の人形の外へと勢いよく飛び出た霧斗が無事な左手で、むにゅうっと少女の胸を思いっきり揉んだ。
「イヤああああっ! 何するのよーっ!」
ギロチーヌが霧斗の頭を叩こうとその腕を思いっきり振り上げる。
「ぎえええっ!」
スパァン。気持ちのいいくらいの肉を切り裂く音が響く。
ひゅるひゅるひゅるっと霧斗の首が空中を舞う。
「いけない。またやっちゃった……」
ギロチーヌは宙を舞う霧斗の首を目で追って、その心を後悔の色に染めた。
◇
「ボク、死んだ……?」
霧斗がハッと気が付くと、そこは照明の灯った明るい空間だった。
「うわっ眩しいっ! こ、ここは天国なの?」
あまりの眩しさに目を慣れさせつつ、周囲の光景に目を向ける。
「あれ? これはボクのパソコンだ?」
まず目に映ったのは机の上に置かれたデスクトップ型のパソコンだった。
どうやらここは霧斗の自室のようであった。
「あれ? ボクは首を刎ねられたんじゃなかった?」
霧斗は自分の身体に目を向けて見た。ちゃんと胴体も手も足もくっ付いているようだった。切られたはずの右手を見ても、なんの傷も付いていない。
「一体どういうことなのさ……?」
霧斗はとりあえず、パソコンのディスプレイに映し出されている物に目を向けた。
『悲劇の王妃、マリー・アントワネットを処刑した
そこにはセンセーショナルな謳い文句が表示されていた。
「これは拷問博物展の宣伝ページじゃんか!」
多少の驚きとともに、霧斗はなんとなしに画面右下の日付表示に目をやった。
「ええっ? 今日は十月十四日の土曜だって……?」
何かの間違いだろうか。何度目を向けても、液晶画面の日付表示は十月十四日の土曜日の表示だった。
もし日付表示の通り、今日が十月十四日の土曜なら、霧斗がギロチンを見に博物館に足を運んだ日の前日ということになる。
「パソコン壊れてるんじゃないのか」
パソコンの電源を切り、再起動を行なう。
それでもやはり画面の日付表示は十月十四日の土曜日のままだ。
「なんだか訳が分からないよ、こういう時は寝るに限る!」
考えても分からない時はとりあえず考えるのを止める。それが面倒くさがりな性格の霧斗の持論だった。
霧斗はそのまま深い眠りに落ちたのだった。
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