第3章04 オファー 

「久遠さん、うちからVtuberとしてデビューしませんか?」


「……へ!?」


 茜さんからの予想だにしない提案に久遠は呆けた声を出す。ぶっちゃけ俺も全く予想してなくてポカンとしてしまっていた。この場にいる他の皆、Setoやひより、白樺さん達も同様だ。


「うふふ、こちらを見ていただけますか?」


 茜さんは俺たちの反応を楽しんだ後、手元のクリアファイルから紙を取り出して俺たちに回す。そこには女の子のイラストが描かれていた。初めて見るイラストだけどどこか見た覚えがあるというか…。


 黒髪のボブカットでサイドに赤のメッシュが入っている。ややダウナーな感じの印象を受ける目元で、ショルダーカットのトップスを着て、薄紫のパーカーをダルっと羽織っている。


「なんか久遠に似てるな」

「えぇ、僕に?」


 俺の感想を聞いて茜さんは嬉しそうに手を合わせる。


「さすがH4Y4T0さんです。この子は久遠さんをイメージしてデザインしていただいたんです」

「ぼ、僕いつもこんなに眠そうにしてる?」

「ちゃんと表情差分もありますよ。久遠さんは落ち着いた印象なのと、うちにはこーいう雰囲気の子がまだいなかったので」


 テンションが低そうという第一印象だったけど、他の表情を見るとちゃんと笑顔もあった。怒った顔や照れた顔も描かれていてイメージが浮かんでくる。


「でも、どうして」

「そろそろ新しい子のオーディションをしようとは思っていたんですよ。しぃがデビューして半年経ちましたしね」


 ぶいあどで一番新人の朝顔さんの次の枠ってことか。


「うちは書類選考の後にオンラインでの面談、私との面談のあとに、実際に何人かのライバーと遊んでみてもらって意見を聞いて合否を判断するんです。久遠さんのこれまでの日々はこの流れに概ね乗っていると言えませんか?」


 確かに、初期の段階はすっ飛ばしてはいるものの、久遠は茜さんとやり取りをした上でコーチングをすることになり、実際に白樺さん達と一緒に濃密な日々を過ごしてきた。ある意味オーディションと言えないこともないのか?


「でも、僕Vtuberなんて出来ないですよ。TBしか出来ないし、配信もほとんどしたことなくて」

「KERBEROSの頃にやっていたのでは?」

「ただプレイ映像とやり取りをダダ流しにしてただけです。コメントとか視聴者さんとのやり取りなんてほんとしてなくて…」

「そこはやっていくうちに慣れますよ」

「あと、僕はあの大会で顔出ししてます。そういうのって不味いんですよね?」

「別に問題ないですよ。大っぴらにして活動している方だってたくさんいますし。それに、いずれひぃも表に出ることになりますよね?」


 茜さんが言っているのはリージョンファイナルに勝ち上がった時のことだろう。そこまで勝ち上がればひよりもオフラインの配信に臨むことになる。そう考えれば確かに久遠が顔バレしてても大した問題じゅないのか?


「包み隠さず言うなら、今後ひぃがオフラインの配信に出るときの助けになればという思いもあります。でも、単純に私が久遠さんのことを気に入ってしまったんですよ。でなければこんなお誘いはしません」


 ひよりのプロリーグ参戦が発表されたとき、新衣装お披露目配信のとき、確かにひよりの顔出しを指摘する声はあった。顔の割れてる久遠がVとして活動すれば、ぶいあどのスタンスをより広げやすくなるってところか。


「それに、Vtuberとして活動すれば、配信のサブスクや広告収入で生活の基盤を築くことも出来るでしょう。久遠さんにとって悪い話ではないと思いませんか?」

「う~ん、確かに? でも、僕全く知識もなければ機材も満足に持ってないです」

「もちろん機材はお貸ししますよ。PCは十分なスペックでしょうから細かな機材を揃えればいいですし、モデリングはすでに完了してますから」


 準備ばっちりって感じだな。イラストのデザイン然り、茜さんが久遠のことを気に入ってるってのが伝わってくる。


「TBしか出来ないって久遠さんは仰いますけど、十分な肩書だと思いますよ? 何ならV最強を名乗っても問題ないでしょうし」


 確かに。これまでは神田さんがV最強って言われてたけど、フィジカルならひよりに軍配が上るだろうし久遠なら間違いなく最強だろう。


「そ、それはそれで叩かれそうな気も」

「まぁ名乗らなくても最強格なのは間違いないですし。それに、これまでのコーチングで久遠さんを知った人達の多くは受け入れてくれると思いますよ。私もしっかりサポートします」


 茜さんは久遠の疑問を立て板に水といった様子でさばいていく。久遠が聞きそうなことへの答えはすべて用意したうえで提案してるんだろうな。


 久遠もどんどん疑問や不安を潰されていくことで断る理由が無くなってきているようだ。やがて久遠は白樺さん達の方を向いた。

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