第2章終
その言葉を聞いた瞬間、俺は安堵と喜びが胸に押し寄せてくるの感覚を覚えた。久遠の心に再び火が点いた。TBに対する気持ちが戻ってきてくれた。それが分かって嬉しくてしょうがない。
「結達も、僕も、やれるだけのことを全力でやり切りました。でも届かなかった。だから、来年そのリベンジをしたいです」
久遠の言葉を聞いて、白樺さんたちが驚いたような表情を浮かべる。
「あの最終戦、結達が見せてくれた力をより高めれば、絶対にプロリーグで戦えます。1年あれば十分です」
「久遠…」
「結、美月、雫。やろうよ。来年こそ、絶対に世界大会に進もう。君たちなら…僕らならきっとやれる」
「久遠さんはこう言ってくれていますが、3人はどうしますか?」
茜さんが3人に問いかける。まぁでも、表情を見ればこの後の答えなんて聞かなくてもわかる。
「やります。今度こそ、絶対に勝ち抜いてみせます」
「うちもやる。この悔しさを晴らすにはそれしかないもん」
「私も。このまま終わるなんて絶対に嫌です」
「そう。なら私は応援するのみね。ただし、しばらくゆっくり休むこと。今までにないくらい無理をしてきたでしょう? さっき言っていたように、他のゲームをするもよし、コラボするもよし、歌うもよし。英気を十分に養って、焦らずじっくり頑張りなさい」
「「「はい!」」」
次の目標が決まったことで、3人の心にも久遠と同じように再び火が点いた。負けた悔しさは勝って晴らすしかない。柊さんの全くいう通りだよな。
「では、久遠さんはコーチとして今後もTBと関わっていくということですか?」
「はい。もちろんレートとかもやって自分の実力も上げるつもりですけど、今回のコーチングですごくやり甲斐を感じたので」
「なるほど。ただ来年の大会まではまだ時間があります。その間はどうなさるおつもりですか?」
確かに。まだ今年の世界大会も予選の途中。1年以上ある間、久遠がどうするのかはまだ何も決まっていない。茜さんと相対していた久遠は、くるりとこちらに振り返った。
「3人に相談があるんだ」
「うん」
「僕をコーチとしてRising Leoに加入させてくれないかな」
「一応、理由を聞かせてもらおうか」
「僕は来年の世界大会予選にもう一度結達と挑む。それまで、僕もコーチとしての経験を積みたいんだ」
今回の大会を通して久遠が達した答え。選手としてではないけど、プロとしてTBに関わり続けることを選んだんだ。あの時、TBを辞めるために俺たちに話を吹っ掛けてきた時とは全く違う、偽りのない本心での頼みだ。
「なるほどねぇ。どうする?」
「敵に塩を送るってことだよなぁ。びみょくね?」
「それを言うならずっと送り続けてたわよ」
「君たちにとっても悪い話じゃないでしょ? 僕、アマチュアを1ヶ月でアジア100位以内に導いた敏腕だよ?」
「っははは、自分で言ってんじゃねぇよ」
「ほんとそれ。よく言うよ」
「ね。なんかノリで断りたくなってきた」
「う、売り込むときは大風呂敷を広げるものって聞いたから」
「誇大広告で~す」
「俺らも手伝いました~」
「そうだそうだ~」
困ったように眉をハの字にする久遠に思わず笑ってしまう。けど、こうして俺たちに素直に頼んでくれてよかった。Setoとひよりと、もし久遠が次に心から戻りたいと言ってきたときにどう答えるかは決めていたから。
「しっかりやってくれよ? 敏腕コーチさん。あと、万が一の保険としてリザーブ登録してもらうから」
「こき使ってやるから覚悟しとけよ?」
「さぞあたしたちを強くしてくれるんだろうなぁ」
「…ふふ、望むところだよ」
「なら決まりだな」
「「「おかえり」」」
「うん…。ただいま」
こうして、久遠がRising Leo預かりという扱いから、コーチ兼リザーブとして加入することが決まった。白樺さんたちも近づいてきて久遠にお祝いとこれからもよろしくと騒いでいる。
楠 日和視点
「あっ、そうだ。正式にチームに加入するんだし、ひよりに言っとかなきゃいけないことがあるんだった」
「えっなに?」
久遠があたしに話しかけて、会議室の隅っこのほうに移動する。結達もついてきて、当然H4Y4T0達も来ようとするけど、
「H4Y4T0達はあっち行ってて」
「えっなんだよ」
「いいから、女の子同士の話だよ」
「お、おう」
有無を言わさぬ感じで押し戻してしまった。何か聞かれたくない話かと思って声を潜める。
「で、どうしたの?」
「一番弟子は僕だから」
「…へっ?」
「だから、H4Y4T0達の一番弟子は僕なの。特にH4Y4T0かな。SLの頃、IGLについてすごく教えてもらったから。ひよりは2番目ね」
「……」
「隣は譲ってあげるけど、それはちゃんと伝えとこうと思って」
こいつ…。結達はきゃーって黄色い声を上げてるし。面白がって。…いいわよ、そういうことならこっちだって。
「ふん、別にいいけど?」
「あれ、随分余裕なんだね。てっきり食って掛かられると思ったのに」
「別にいいもん、2番目で。あたしは最高の弟子って言われたから」
「…ぐっ」
「最初のお弟子さんは随分とお転婆だったみたいだしぃ? 妹弟子としてしっかりやっていくから任せて?」
「ふふふ」
「ふふふ」
「僕たち、仲良くできそうだね」
「うん、楽しくやりましょ」
「何話してんだ? あいつら」
「さぁ、どす黒いオーラ出てんぞ。こーいう時は近づかねぇのが吉だ」
久遠とひよりが笑顔で握手してるけど、なんか背筋がぞわぞわする。Setoも言ってるし、とりあえず触れないようにしとこう。くわばらくわばら。
「さて、ひとまずこれで区切りですね」
ぱんっと手を叩いた茜さんに大騒ぎしていた女子たちも一旦静かになる。
「当面の久遠さんの所属も決まったと思いますけど、実は私からも久遠さんにご提案があるんです」
いつものように穏やかな笑みを浮かべる茜さん。ただ、その笑顔はどこかワクワクしているというか、悪戯をしかけているように感じた。
「僕に提案、ですか?」
「はい。久遠さん、うちからVtuberとしてデビューしませんか?」
「……へ!?」
第2章 完
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