第2章57 これから
そういえばって感じで止まっている久遠を見て白樺さんたちの雰囲気が弛緩した。
「さっきも言った通り、それだけ真剣に3人のコーチをやり切って頂いたということなのでお気持ちは受け取りましたけど、謝罪の必要はありませんからね」
「すみません…」
久遠も元々の話を思い出したのか顔を真っ赤にしてる。3人の目標がプロリーグだったから、いつの間にか久遠のなかで書き換わってたのか。
「目標には達しませんでしたが、結果を見ればとんでもない大躍進ではないですか? 今年のアジアのなかで上位100位に入れる強さのチームに育て上げた久遠さんの手腕は」
「頑張ったのは結達です。H4Y4T0達にも手伝ってもらったし」
「もう、久遠!」
今度こそ白樺さんが怒った。怒ったといってもやれやれって感じだけどね。頼んだ、何とか言ってやってくれ。
「久遠も頑張ってくれたのは誰が見ても明らかでしょ。久遠がいなければ私たちは絶対にここまで来れなかったし、思い出作りで終わってたんだから」
「結…そうだね、ごめん。僕も頑張ったよ」
「うん」
「実際、ミーティングの様子とかも私は配信で見ていましたけど、限られた時間で端的に修正点を伝えたり、3人を鼓舞したりと久遠さんの存在はとても大きかったと思いますよ」
「そうそう! うちらが気づかないところも見てくれてるからすごく頼もしかった」
「いつも励ましてくれたから心強かったです」
応援配信でミーティングの様子は見れてなかったけど、今のやり取りだけで久遠がしっかりやれてたのが分かる。そーいうのは久遠の得意分野だろうし、心配はしてなかったけどな。
「さて、3人は大会が終わってしまったけれど、これからどうするの?」
「一旦ゆっくりしようかなって。振り返りの雑談配信して、他のゲームとかもやってリフレッシュしようと思ってます。最近コラボしてなかったから他の子達とも遊びたいし」
「うちもそんな感じかなぁ」
「私も。あと、歌枠とかやってみよっかなって」
「「「雫(朝顔)が歌枠ぅ!?」」」
なんかぶいあどの他の3人の食いつきがエグい。
「え、そんなにすごいことなの?」
「だって、雫恥ずかしがって全然歌枠やらなかったから」
「そうそう。箱のみんなで出したやつに出ただけでさ」
「すっごく上手いからみんな言ってたのにやらなかったんですよ」
あ~、恥ずかしがりだったからやってなかったってことね。確かに朝顔さんの印象からしたら納得。
「恥ずかしいけど…応援してくれた視聴者さんにもお礼したいし、やってみようかなって」
「いじらしい! 絶対見に行く!」
「リスナー倒れんじゃない? 朝顔のリスナーって特に優しい人多いってか保護者会みたいな雰囲気だから」
「スパチャ用意しなきゃ…」
保護者が身内にも混じってる気がするんだが。茜さんも朝顔さんが勇気を出して踏み出したのがとても嬉しそうだ。
「久遠さんはどうしますか?」
茜さんが何気なく口にした問いかけ。ただ、その一言で会議室の空気がピシっと固まったような気がした。3人へのコーチングがひとまずの区切りを迎えたことで、久遠のこれからもまったくの白紙状態になった。全員分かってはいたけど、タイミングを計っていたところに茜さんがいきなり切り込んだからだ。
「久遠さん、3人との日々を終えて、何を感じ、どう思っているのかを教えてください」
「そうですね…」
久遠はしばらく黙りこんだ。ゆっくりと、時間をかけて自分の考えを纏めている。誰もその間口を挟むことなく待っていた。
「3人にはコーチングをしているなかで、僕がどうしてRising Leoの預かりとして籍を置かせてもらうことになったのかは伝えました。プロとして挫折を味わったことも、メンタルが不安定になっていたことも」
「はい」
「こんな中途半端な状態の僕をもう一度迎えてくれたH4Y4T0達。喜んでコーチとして受け入れてくれた結達のお陰で、折れたと思っていた僕の気持ちには変化がありました。みんなにはどれだけ感謝しても足りません。みんなのお陰で、TBをやって勝つと嬉しくて負けると悔しい、そんな当たり前だったはずの気持ちが戻ってきたんです。震えていた手もすっかり治りました」
俺たちのところに久遠が来た時、久遠のメンタルはズタボロだった。勝つと嬉しくて負けると悔しい。ゲームをやるうえで当たり前のことすら感じられなくなるほど追い詰められていた。でも、今の久遠はあの頃の弱り切った表情ではなく、何かに飢えたような獰猛さが宿っているように感じられた。
「このまま、負けたままで終わりたくないです。僕は…勝ちたい」
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