第2章43 ガス抜き
「えっと…盤面を把握すること?」
「大事だけど違うね」
「ん~、分かりやすい指示を出すこと」
「惜しい」
「え~、何だろう…」
「結が言ったのももちろん大事だよ。でも、一番大事なのは言い切ること」
「言い切ること…」
「迷うかもしれない、不安かもしれない、自信がないかもしれない。それでも、言い切るんだ。そうすることで美月と雫は迷うことなく動ける。あの化け物が一番大事にしてることなんだって」
僕がH4Y4T0にどうしてそんなに自信を持っているのか聞いたときそう答えが返ってきた。そういう風に聞こえてたんならよかったって。
「内心めちゃくちゃ迷ってるんだって。でも、それをおくびにも出さずに言い切れば、仲間はついてきてくれる。だから、今自分に出せる最高のオーダーを言い切ることが大事なんだって言ってたよ」
「H4Y4T0さんも悩んでるんだ…」
「全く見えないよね。でも、H4Y4T0もおんなじなんだよ。それを聞いてみるとさ、ちょっと気が楽にならない?」
「確かに。H4Y4T0さんでも迷うなら、私が迷うのなんて当然だよね。不安でも、自信がなくても、言い切ることなら出来る気がする」
「うん。結の今のベストを尽くせばいいんだよ。これから2週間で、そのベストを僕が時間の許す限界まで引き上げてみせる。だから、一緒に頑張ろう」
「うん…ありがとう久遠…グスッ」
「ゆ、結? 大丈夫」
急に結が泣き出したから慌ててしまう。これまでのコーチングでプレッシャーをかけすぎてたかな…。
「あはは、ごめん急に。大丈夫。すごく嬉しくて…」
「ほんとに大丈夫? IGLはすごく大変だから、本当にいつでも相談してくれていいんだよ?」
「うん。美月と雫に心配かけたくないから黙ってた分溜め込んじゃってたみたい。でも、久遠が気づいてくれて、声をかけてくれて今すごくホッとした」
「そっか。ならよかったよ」
「久遠もH4Y4T0さんに憧れてたんだね」
「…うん。今でもすごく憧れてる。あんなに見ててワクワクするIGLそういない。H4Y4T0から学べる環境にいるのは、すごく恵まれてると思うよ」
劣等感を抱くんじゃなくて、学ぶべき対象って思うようになってから、すごく僕は成長できた。僕がSleeping Leoで活躍できたのは、H4Y4T0からたくさん学んで、H4Y4T0の思考や意図を読めるようになったからだ。だからH4Y4T0とSetoの間で、僕はカバーするのが上手くなったし、IGLとしての資質も磨くことができた。
「そっか、そうだよね。私たちは今すごく恵まれた環境にいるんだから、くよくよしてるんじゃなくて何でも吸収してやるって思わないと」
「そうそう。僕の見立てではプロリーグ予選が始まるまでに全員グランデになれると思う」
「ほんと!?」
「うん。だって今ダイヤⅠでしょ? ボーダーがかなり上がっちゃってるけど毎日盛れていってるし、普通にいけるよ」
「なんだかすごく燃えてきたよ。すごく気が楽になったし」
「ならよかった」
「うん。久遠がコーチになってくれて、本当によかった」
「…そっか」
そう言ってもらえるなら、こんな僕でもなんとかコーチやれてるってことなのかな。僕なりに全力で教えてはいるつもりだけど、ちゃんと出来てるか正直不安だった。頑張ってるみんなの力になれるように僕も頑張らないと。改めて気合が入った気がした。
「それにしても意外だったなぁ。H4Y4T0さんもコールで悩んでるんだねぇ。天才だと思ってたけど、すごく親近感というか」
「あはは、それ、H4Y4T0に絶対に言ったらダメだよ? 僕、ちょっと前にブチ切れられたからね」
「えぇえ!? どうして?」
「俺は天才なんかじゃない。全部努力して自分で掴み取ったんだって。だいぶかいつまんで優しく言うとこんな感じ」
「あぁ~なるほど。気をつけよ。かいつまんでってことは実際はもっとひどいの?」
「まぁあの時は僕と大喧嘩してたからしょうがないけどね。内緒だよ?」
「久遠が大喧嘩っていうのも私には想像出来ないんだけど」
「まぁ色々あってね。でもそのおかげで今僕はこうしてコーチングやれてるから、感謝してるけど」
「ふ~ん」
なんだかさっきまでと結の声のトーンが変わった気がする。含みがあるというか面白がってるというか。
「ど、どうしたの?」
「いや、久遠とH4Y4T0さんって仲いいなぁって」
「そりゃあ元チームメイトだからね」
「でもさ、Setoさんとは何だか違う気がするけど」
「そ、そんなことないよ」
「え~ほんとかなぁ」
「ほんとだから! 大会の近い大事な時期に浮ついたこと考えるなんてよくないよ!」
「私別にそこまで言ってはないけど」
「っ! もう! 結のバカ!」
「あはは、久遠かわいい~」
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