第2章16・17裏

 まるで音のない世界みたいだ。僕の言葉を聞いてH4Y4T0は言葉を失ってるし、戻ってきたSetoと楠さんも固まってしまってる。


「な、何言ってんだよ」

「ん? 久しぶりに会ったらやっぱりH4Y4T0達とやりたいなと思って」


 もう僕にそんな資格はない。だからもっと…もっと徹底的にやらないと。


「だから、何言ってんだよ! KERBEROSはどうしたんだ!」

「う~ん、加入したはいいけどなかなか調子上がらなくて。必死にメンバーで練習してようやく連携が形になってきたと思ってたんだけどね。ついこの間、FAになってた有名選手と契約するからリザーブに回れだってさ。ひどいと思わない?」

「……」

「それでどういうことって食い下がったら、嫌なら出てっていいってさ。僕、お払い箱になっちゃった」


 これは本当。


「他にFA選手を探してるチームを紹介するって言われたけど、こんなことするチームからの紹介なんてご免だしね。ちゃんと報告さえすれば自分でも探していいって言われたから、H4Y4T0達に会いに行こうと思って」

「それで、俺に連絡してきたのか」

「そう。さすがに配信中にお邪魔するのは気が引けるし、配信閉じてからすぐ送ったの。それならH4Y4T0も気付くと思って」


 こんな自分勝手が許されるわけがない。リザーブに入れてって言うことすら恥知らずだ。ちゃんと分かってるからね。


「H4Y4T0、さっき僕がいて助かったって言ってたよね?」

「……」

「Setoも、ファイトして僕が強くなってるの分かったよね?」

「……」

「ならいいじゃん。前より強くなった3人で、プロリーグに挑もうよ! 僕らなら、またあの大会みたいに勝てるよ」


 あぁ、自分で言ってて吐き気がしてくる。我ながら最低に振り切れてるね。ほら、怒ってよ。拒絶してよ。


「久遠、そんなことをいきなり言われても無理だ。俺たちはひよりとプロリーグに挑むことにしたから」


 H4Y4T0、ダメだよ。そんなんじゃ足りないよ。何優しくしてんのさ。分かった。もっと言わないとダメなんだね。


「それはもちろん知ってるよ? こないだのRagnarok Cupもアーカイブ見たし。すごく熱い展開だったね。僕も手に汗握ったよ」

「なら」

「でもさ、?」

「……は?」


 意味わかんないよね。そりゃそんな反応するよ。でも、2人が早くしてくれないと、僕も止められないからね?


「H4Y4T0はさ、勝ちたくないの?」

「……どういう意味だよ」

「どういう意味って、そのまんまだよ。どうしてそれだけ優れたIGLとしての能力があるのに、わざわざ負けるような選択をするのさ」

「お前…」

「たしかに楠さんは強い。1ヶ月前までダイヤだったなんて悪い冗談だね。2人が楠さんのことを買ってるのはファイトしてみてよく分かった。すごいポテンシャルだよね。1ヶ月でここまで強くなったんなら、プロリーグ開幕までにはもっとすごくなってると思う。でもさ、?」


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い…。早くしてよ。お願いだから。


「僕なら強くなったSetoと前よりもっと上手く合わせられるし、H4Y4T0のオーダーを実現できる。の方が、チームとしての総合力が高くなるっていうのはH4Y4T0ならすぐに分かるんじゃないかなぁ」

「やめろ」

「どうして? あぁ、そういえば楠さんの事務所にスポンサーに付いてもらったんだっけ。でも大丈夫じゃない? 楠さんがリザーブに回れば…」

「久遠!! てめぇ、それ以上言うなよ」


 待ちくたびれたよ、Seto。

 

「Seto、そんな大声上げなくても聞こえてるよ」

「久遠、今のは聞かなかったことにしてやる」

「ははっ、優しいねSetoは。でもさ、僕が何を言おうとしたかなんて分かり切ってるでしょ?」

「分かんねぇな。だからそこまでにしとけ。H4Y4T0、動揺するのは分かるけどしゃんとしてくれ」

「あぁ、悪かった。助かったよ、Seto」


 やっぱりSetoが怒ってくれた。でも、どうしてさ。どうしてそこで止めようとするの。それじゃあ僕、止められないじゃん。


「久遠、Setoの言う通り、さっきのは聞かなかったことにする。だから、落ち着いてくれ」

「僕は落ち着いてるよ。冷静じゃないのはH4Y4T0達の方じゃない?」

「あぁ、そうだな。でも、今は大丈夫だから。KERBEROSで上手くいかなかったのは残念だ。だけど、もう俺たちも動き始めたんだ。悪いけど、久遠と組むことはできない」

「ふ~ん」


 平静を装ってはいるけど、やっぱり言われるとキツイなぁ。泣いちゃいそう。でも、こんなんじゃあまだ足りないよ。もっと僕に怒ってよ。諦めがつくくらい、僕を拒絶してよ。


「じゃあさ、本人に聞いてみることにするよ」

「久遠! いいかげんに…」

「ちょっと黙っててくれないかな」


 H4Y4T0、ごめんね。もうちょっと踏み込めば、多分限界超えてくれるよね? だから、この子も巻き込むからね。


「楠さん、H4Y4T0とSetoに聞いてもしょうがないからあなたに聞くね。すごく強くなったのは認めるよ。その努力も。ポテンシャルも。でもさ、楠さんはどう思う? 僕とあなたのどっちと組んだ方がこのチームは強いかなぁ?」

「っ!…」


 楠さん、こんなことに巻き込んでしまって本当にごめんなさい。でも、あと少しだから。僕の最後の心の支えをへし折れば、心置きなくプロを辞められる。ちゃんと2人から引導を渡してもらったらいなくなるから。


「楠さんならさっきのファイトで分かったよね? Setoには負け越しちゃったけど、僕と君のあいだにもちゃんとした実力差があるって。フィジカルだけじゃない。連携だって、僕と君じゃあ2人と組んできた期間が違う。2か月ちょっとのブランクなんて、すぐに埋められる。答えなんて、わざわざ聞かなくても分かるよね」

「……」

「僕も口に出して言えってほど酷なことはしないよ? だって、その沈黙が十分に答えだもん。だからさ、悪いんだけどその場所、僕に返して? お願いだよ」


 ほら、楠さんが傷ついてるよ? 何してんのさ2人とも。早く、早くしてよ。


「分かった」


 …へっ?


「たしかに、さっきのファイトであたしよりフィジカル強いっていうのは悔しいけど分からされたし、組んでた期間もあたしより長いんだもんね。あたしより、久遠さんが組んだ方がチームの総合力は高くなると思う」

「……」


 何言ってるの? 何受け入れてるのさ。


「久遠さんの言うとおり、あたしが席を譲るのがいいと思う。リザーブとして頑張るから2人のこと、よろしくね」

「う、うん…ありがとう」

「ひより、何言ってんだ! そんなことしなくていい! 間違ってるのは久遠だ。ひよりが譲る必要なんてない」

「そうだ。何物分かりよくこんなバカげた提案飲んでんだ」


 そうだよ。2人ともしっかりしてよ。そうじゃないと…今更期待しちゃうじゃんか。


「なぁ~んて、あたしが言うと思った? ふふっ、そんなわけないじゃんバァ~カ!」 

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