第2章13・14・15裏

久遠視点


 配信を終えたばかりのH4Y4T0にチャットを送ると、予想通りすぐに返事が返ってきた。わざわざ配信が終わるタイミングを見計らったしね。ファイト練習でも久々にどうかと誘ったら快諾の返事が届いた。新顔って楠さんのことだよね。よかった。これから僕がすることには、楠さんがいてくれた方が都合がいいしね。


 フレンドの招待を受けてロビーにはいると、懐かしいスキンのマーリンがいた。


「H4Y4T0、久しぶりだね」

「久しぶり、久遠くおん


 懐かしい声。この声に導かれて僕はあの大会で優勝し、プロゲーマーになった。声を聞くだけであの頃の思い出が鮮明に思い起こされる。緊迫した状況、極限の集中状態。H4Y4T0のオーダーを遂行するために全力の日々だった。


「元気そうだね。さっきまで配信してたでしょ? 疲れてない?」

「全然。久遠こそ元気か? しばらく連絡取ってなかったし」

「あ~、ずっとチームの練習にかかりっきりだったからねぇ。新顔だから連携とか合わなくて」

「そりゃなぁ。チームが変われば動きかたもガラッと変わるだろうしね」

「うん。あっ、そういえば新しいメンバー見つかったんだね」

「そうなんだよ。紹介したいからちょっと待っててよ。もうじき訓練場に来るだろうし」

「う、うん」 


 H4Y4T0の嬉しそうな声を聞くと、罪悪感で胸が押し潰されそうになる。これから僕がしようとしていることを考えると。


「んぁ? おい! なんか聞いた声がすると思ったら久遠じゃんか! 元気してたか?」

「Seto、久しぶり。元気にしてるよ。Setoは…今の声聞いたら元気って分かったよ」

「はは、まぁな。懐かしいなぁ」

「そうだね。1ヶ月ちょいぶりだけど、すごく懐かしく感じる」


 Setoも変わらないなぁ。元気そうでよかった。Sleeping Leoの3人が揃って会話するのは1ヶ月ちょいぶりだっけ。大して経ってないはずなのに、今の僕には遠い昔のことのように感じる。きっと2人も懐かしく感じてくれてるんだろうね。でも、ごめんね。多分これが最後なんだ。だから…だから許してね。今くらい、楽しいって感じちゃうのはさ。


「も~ど~り~ましたよ~っと」


 声が聞こえた。僕がいたころにはなかった声。違う。僕があの時、選択を間違えていなければここに存在しなかったはずの声だ。はは、まぁそうだよね。いつまでもこんな幸せな気分でいさせてくれるはずないか。シンデレラの魔法が解ける時間のように、僕が幸せな気分を噛みしめられる時間も終わりってことだね。


「あっ、ひより丁度良かった。紹介するよ、こちらは久遠。Sleeping Leoのメンバーって言ったら分かるかな」

「楠 日和さん、だよね。初めまして、久遠です。ちょっと前までH4Y4T0とSetoのチームメンバーでした。今はTeam KERBEROSに所属してます」

「えっ、久遠さん!? こ、こちらこそ初めまして。楠です。あの大会、見てました。え~すごいびっくり」

「はは、ありがとう。あの大会はSetoが大暴れだったから僕はあんまり目立ってなかったけど」

「そんなことないです! すごく綺麗なエイムだったし、Setoのカバーも完璧で、見ててすごいなって思ってました。同世代のでこんなに強い人がいるんだって、見てて憧れました」


 配信を少し覗いたけど、やっぱりいい子だなぁ。僕のことも知ってくれてたんだ。憧れだなんて、やめてよ。今からそんな君の気持ちをぶち壊すような真似を僕はするんだから。ごめんね…本当にごめんね。



「久遠さんは今はKERBEROSにいるんですよね? 調子はどうなんですか?」


 楠さんから聞かれたとき、ズキリと胸を刺すような痛みが走ったような気がした。当然聞かれると思っていた質問。分かっていたはずだけど、やっぱり聞かれてみると堪えるなぁ。でも、悟られるわけにはいかない。冷静に。自然に。なんでもないように。


「…うん、まぁまぁかな」

「そっかぁ~、他のタイトルでもアジアの強豪だし、そこのメンバーに入るってすごいなぁ」

「まぁ僕のいるとこは元々のメンバーがFAになったから今度の世界大会はプロリーグ予選からだけどね」

「あっ、そうなんだ」

「プロリーグ予選が近づいてきたからファイト練習したいってことだったのか」

「うん…そうだね」


 そうだね。そう思うよね。でも、どうでもいいんだ。ファイト練習なんて。この場を生み出すためについた嘘なんだから。


「いいじゃん。お互いどんくらい強くなったか確かめよーぜ」

「あたしも、よかったら混ぜてください」

「じゃあせっかくだし久遠と総当たりでやっていこっか」


 強くなった…かぁ。僕、強くなったのかなぁ。まぁいっか、今更大した問題じゃない。でも、こうしてH4Y4T0やSetoとファイトするのもこれで最後なのかぁ。そう思うとなんだか名残惜しいや。弱くなってるって思われたらマズいし、ちゃんとやらなきゃね。


「しゃあ、勝ち越しぃ!」

「あちゃあ~、慣れてたはずだけど久しぶりに見るとやっぱりとんでもないねSetoは」

「たりめぇだろ。でも久遠もさすがだなぁ。すげぇやりにくかったわ」

「まぁ僕もちゃんと練習してるからね」


 久々にみるSetoのキャラコンはさらに凄くなってた。癖とかは知り尽くしてたはずなのに、それでもエイムが追いつかない。やりいくかったかぁ。これだけ腕を上げたSetoにそう言ってもらえるってことは、僕のフィジカルも上がってたんだろうね。

 H4Y4T0にはギリギリで勝ち越せた。はは、そんなに悔しそうにしなくてもいいじゃん。完全に五分五分だったし、IGLやりながらその火力ってのがおかしいって自覚しなよ。


 でもそっか。僕、強くなれてたんだね。よかった。2人にそう思ってもらえただけで、苦しかったあの日々が少しだけ報われた気がするよ。ありがとう、どこまでも自分勝手だけど救われた気分になれた。


「じゃあ楠さん、やろっか」

「は~い、なんか緊張するなぁ。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」


 最後は君とだね、楠さん。なんだか眩しいなぁ。そんなに楽しそうにTBできて、羨ましいよ。やってるのは同じゲームのはずなのにね。さて、切り替えないと。さすがに負けないとは思うけど、不審に思われたくないから全力で勝たせてもらうよ。


「うあぁ~負けちゃったぁ。悔しい~」

「……」

「久遠さん、どうかしましたか?」

「…楠さん、ホントに1ヶ月前はダイヤだったの?」


 勝った。けど、頭を思いっきりぶん殴られたような感覚だよ。なんだよ君、どんだけ練習したらダイヤが1ヶ月でこんなキャラコンを使いこなせるようになるっていうのさ。なんでH4Y4T0とSetoが強くなったって認める僕から2本も取ってるんだよ。


「そうですよ。H4Y4T0とSetoにコーチングしてもらうようになって、改めてTBにドハマりして、めちゃくちゃ練習しました」

「はは、まぁ配信のアーカイブをちょろっと覗かせてもらったから知ってはいたけどすごいね。1ヶ月でここまで強くなれるもんなんだ」


 すごい子がいたもんだなぁ全く。でも、君なら2人ととても素敵なチームになれる。今もすでになってるけど、これからもどうかそのままでいてね。


「師匠がいいからな」

「あんたはあたし相手にストレス発散してただけでしょ」

「何言ってんだ。師匠として厳しく接してただけだ」

「本当は?」

「ちょうどいいサンドバッグあるなぁって」

「おらぁあ!」


 はは、Setoとこんな風に楽しくはしゃぎ合ってるのか。Setoは優しいから僕に合わせてああいう風なことはあんまりしてこなかったなぁ。


「騒がしいだろ」

「そうだね。僕はあんな風にSetoとはプロレスやれなかったし」

「まぁキャラが違うしな。でも、久遠のお陰で多少ギスっても冷静に話し合えたりしたし、助かってたよホント」

「そっか、そう言ってもらえると嬉しいよ」


 あぁ、嬉しいなぁ。H4Y4T0、君はいっつもそうだよね。そうやっていつも僕に優しい言葉をかけてくれた。僕に意見を求めてくれたし、尊重してくれた。Setoもそう。明るく、元気よく、僕を鼓舞してくれたよね。


 本当にありがとう。そして、本当にごめんね。


「H4Y4T0は、僕がいたことで助かってたんだよね?」

「ん? あぁ。助かってたよ」

「そっか、じゃあさ…」


 僕の我儘に巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。


「また、僕と組んでくれない? 一緒に出ようよ。世界大会」


 どうかお願いします。君たちで、僕の未練を断ち切ってください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る