第2章19 嘘つき
ひよりの力強い宣言に、久遠はしばらくの間何も言葉を発することはなかった。言い返すことが出来ないのか、言い返す言葉を探しているのか。重たい沈黙が場に立ち込めた。
「君に質問したのが間違いだった。あんな期待させるような嘘までついてさ。とんだ大嘘つきだ」
「嘘つきはあなたの方でしょ」
久遠が嘘つき? 俺はひよりの言葉に引っ掛かりを覚える。久遠は何か嘘をついていただろうか。確かに様子は明らかに変だったけど、ひよりが何を指して嘘つきと言ったのかが分からない。けど、俺の中で嘘つきというワードを聞いた瞬間に、頭の歯車が唸りを上げ始めた気がしていた。
「変なことを言うね。僕が嘘つき? 僕がいつ嘘をついたっていうのさ。最初から最後まで、みんなに掛けた言葉は全部僕の本心さ」
「それも嘘」
「嘘じゃない! 分かったような口きかないでよ! 今日初めて話した君に、一体僕の何が分かるって言うのさ!」
「そうだね。あたしはあなたのことを何も知らない。知ってるのは2人の元チームメイトってことだけ」
「ほら! そうでしょ? 何も知らないくせに、適当なこと言わないで。これ以上、イライラさせないで」
落ち着いたひよりと狼狽えた久遠。ひよりから嘘つきと言われてから、動揺がさらに濃くなったように感じる。どうしてこんなに動揺してるんだ。ただ俺が確信しているのは、俺が今日ずっと感じていた違和感と、久遠の動揺は絶対に繋がっているということだった。あと少し、あと少しで辿り着けそうなのに。
「あなたがイライラしてるのは怖いからでしょ」
「だから! 知った風な口きかないでって」
「あたしはあなたのことは全然知らない。でも、今日のあなたがあたし達にぶつけた言葉が本心じゃないってことははっきり分かる。だって…」
「やめて!! …やめてよ」
今日一番の大声のあとに続いたのは、まるで哀願するかのような弱々しい声だった。銃口を心臓に突き付けられ、両手を挙げて情けなく命乞いするかのように。
「分かった…僕が悪かったよ。せっかく新しいチームを組んだのに、邪魔してごめん。3人でプロリーグ頑張ってね。じゃあ、僕は落ちるよ」
「久遠」
「おい、待てよ」
さっきまでひよりを押しのけてまで俺たちと組もうとしていたのが嘘のように去ろうとする久遠。
「逃げないで」
「……」
「今逃げたら、あなたは絶対に後悔する。だから、ちゃんとここにいて」
「……」
久遠は何も話さない。ただ、通話を切ることはしないみたいだ。ひよりはそれを確認して、ほっと一息ついた。
「ねぇ、H4Y4T0」
「うん」
「久遠さんは嘘をついてる。きっと、何かを隠してるんだと思う。けど、あたしにはそれが何なのか分からない。あたしはこの人のことを何にも知らないから」
そりゃそうだ。久遠とひよりはさっきが初対面というか初絡みで間違いない。なのに、どうしてひよりは久遠が嘘をついてるって断言できるんだ?
「でもね、唯一分かることがある。それは、H4Y4T0とSetoが信じて選んだ人が、こんなことを本心でするわけないってこと」
聞いた瞬間、これまで頭の中でぐちゃぐちゃに絡み合っていた糸が一気に解けていくような感覚を覚えた。さっきまでのやりとりが、久遠の言葉が何度も高速でリフレインされていく。
俺はずっと、久遠がどうして暴言のような言葉の数々を言うように変わってしまったのかということに囚われていた。KERBEROSから戦力外通告を受けたことで焦り、なんとか俺たちのもとに帰ろうとしたから? 確かに辻褄は合う。でも、あまりに俺の知る久遠の人物像とかけ離れ過ぎていた。
そうだ。俺は目の前の久遠じゃなくて、俺の知る久遠を信じるべきだったんだ。久遠はあんなひどいことを平気で言える奴じゃない。ましてや、苦楽を共にした俺たちに言えるはずがない。
ひよりはさっき言っていた。何かを隠していると。
久遠は何を隠してる? あんな提案をして、俺たちが受け入れるわけがない。あんな自分勝手でひよりを傷つけるような真似をして、Setoが怒らないわけがない。俺が悲しまないわけがない。久遠なら全部分かってたはずだ。
違う。分かってたからわざとそうした。どうして自分から俺たちとの関係を壊すような真似をして…
「ひより」
「ん?」
「本当にありがとう。やっと…やっと分かった」
「そっか。じゃあ、あとは任せていい?」
「うん。ごめんな? 辛い役回りさせちゃって」
「気にしないで」
今日は本当にひよりに助けられっぱなしだなぁ。でも、改めて心から思う。ひよりを誘ってよかったと。
「久遠」
「……」
久遠は俺の問いかけに応えない。悄然と、突きつけられた銃口を受け入れたかのように。
「お前は、俺たちとの関係を断ち切りに来たんだな」
ようやく辿り着いた銃弾答えを込め、俺は引き金を引いた。
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