第2章18 逆襲
「「「……」」」
ひよりの言葉に俺たちは一様に押し黙る。ただ、俺の心はホッとしていた。ひよりが本心から久遠に譲ろうとしていなかったことへの安堵だ。
「…どういうことかな」
「何が?」
今日初めて久遠の表情が歪んでいる気がした。さっきまでの声音は鳴りを潜め、ひよりの真意を問うその声は固く重苦しい。逆に、ひよりはあっけらかんとしたいつも通りのものだった。
「さっきのは全部嘘だったって言いたいの?」
「うん、そうだよ。ちゃんと答えようか? 絶対に嫌!」
改めてひよりは久遠の提案をはっきりと拒絶した。
「ふぅん…随分物分かりがいい人だって感心したけど、すっかり騙されちゃったってわけか」
「当たり前でしょ。いきなり席譲れって言われて、すんなりどうぞなんて言うわけないじゃない」
「じゃあ何? 君は僕より2人と組むのにふさわしいって言いたいの?」
「そう」
「へぇ…。随分自信満々だね。フィジカルでも、連携でも僕より劣ってる君が、どうしてそう思えるの?」
「そっくりお返しするね。わざわざ聞かなくても分かるでしょう?」
久遠がさっきひよりに放った言葉の鸚鵡返しだ。ひよりからの強烈なカウンターに、いつしか久遠のさっきまでの余裕は消え失せていた。
「どういうことだろうね。分からないから教えてよ」
「そう、じゃあ教えてあげる。さっきあたしがあなたの提案を呑んだフリをしたときの2人の反応が全てよ」
「……」
「あの時、H4Y4T0とSetoは必死になってあたしを止めようとしてくれた。それが答えじゃない?」
俺たちはあの時ひよりを止めた。それはつまり、ひよりをチームから抜けさせたくないという明確な意思表示だ。ひよりは久遠にその事実を突きつけた。
「なるほどね…。でも、僕が聞いたのは2人がどう思うかじゃない。君がどう思うかだよ」
「そんなの分かりきってるでしょ。あなたと組んだ方が強いわよ」
「っ、なら!」
「馬鹿じゃないの? 強い人と組んだ方がいいなら、別にあなたとじゃなくってもいいじゃない。そもそも、あたしと比べて優れてるから何? 1ヶ月前までダイヤだったあたしより強いから2人にふさわしいなんてよく言えるね」
「ぐっ…でも、少なくとも僕の方が結果が出ると思うなら」
「何度も言わせないで。絶対に嫌」
今日はどれだけ驚けばいいんだろう。あの久遠が舌戦でコテンパンにされるなんて。しかも、その相手がひよりだなんて。
「随分強情な人なんだね。君と組んだせいで2人が勝てなくてもいいって言うんだ」
「嫌に決まってるでしょ。だから必死に練習し…」
「それで勝てるほど甘くないんだよ!」
叫ぶようにひよりの言葉を遮る。いつの間にか、劣勢に立たされた久遠はイライラとした様子を隠すことも出来なくなっていた。
「KERBEROSにいて学んだことを教えてあげるよ。この世界、結果が全てなんだ。どれだけ頑張ろうが、結果を出せなければ容赦なく切り捨てられる。過去の実績があれば多少の猶予はあるかもしれないけどね。少なくとも、18歳以下の大会で勝ったってことは話題性には使えても大した実績としては見てもらえなかった。まぁ、あの大会で大活躍したのは僕じゃない。H4Y4T0かSetoなら、話は違ったのかもしれないね」
「……」
「KERBEROSでは上手くできなかった。でも、2人とならやれる。だから…どいてよ」
「嫌だ」
「分からず屋だなぁ!」
「今のを聞いて絶対嫌だったのが死んでも嫌に昇格したわ。今のあなたに、2人と組む資格なんてない」
「…ほんとイライラさせてくれるね君。僕より弱いくせに、よくそんなことを堂々と言えるね」
「うん。確信できるもん。H4Y4T0とSetoが、今のあなたと勝ちたいなんて思うわけない」
「……」
「Sleeping Leoの頃、きっとH4Y4T0とSetoは、あなたと勝ちたいって言ってたはずよ」
「っ!…」
久遠が小さく呻いたのが分かった。形勢は、もはや完全にひよりに傾いている。
「どんな事情があったのかは知らない。けど、あなたがチームを離れたあとも、2人はどこにも所属せずに最後の1人を探し続けた。それは、ただ勝つんじゃなくて、誰と勝つかに拘ったからよ」
「……」
「そんな2人があたしを選んでくれた。Ragnarok Cupの後、2人があたしと勝ちたいって誘ってくれた時、嬉しくて涙が止まらなかった。だからあの時誓ったの。これから先、どれだけ辛いことがあっても、あたしから離れるような真似だけはしないって。だからこの場所は、この場所だけは、絶対誰にも譲らないから!」
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