第2章17 了承
久遠の言葉を続けまいと大声を張り上げたSeto。その声は俺の靄がかった思考を噴き散らす弾丸のようで、お陰で俺はハッと我に返ることができた。
「Seto、そんな大声上げなくても聞こえてるよ」
「久遠、今のは聞かなかったことにしてやる」
「ははっ、優しいねSetoは。でもさ、僕が何を言おうとしたかなんて分かり切ってるでしょ?」
「分かんねぇな。だからそこまでにしとけ。H4Y4T0、動揺するのは分かるけどしゃんとしてくれ」
「あぁ、悪かった。助かったよ、Seto」
本当に助かった。Setoが遮ってくれなかったら、取り返しがつかないことになっていた。俺は一度深呼吸して気持ちを落ち着け、努めて冷静に振舞う。
「久遠、Setoの言う通り、さっきのは聞かなかったことにする。だから、落ち着いてくれ」
「僕は落ち着いてるよ。冷静じゃないのはH4Y4T0達の方じゃない?」
「あぁ、そうだな。でも、今は大丈夫だから。KERBEROSで上手くいかなかったのは残念だ。だけど、もう俺たちも動き始めたんだ。悪いけど、久遠と組むことはできない」
「ふ~ん」
久遠は不満げに小さく息を吐く。さっき言いかけた言葉を改めて言うことはなく、Setoの静止が届いてくれたことに俺は心から安堵していた。でも、それは俺の甘い希望でしかなかった。
「じゃあさ、本人に聞いてみることにするよ」
「久遠! いいかげんに…」
「ちょっと黙っててくれないかな」
今日何度感じただろう。耳に届くのは間違いなく聞きなれた久遠の声なのに、喋っているのが久遠だと思えないこの感覚を。話を途中で遮るようなことを、俺やSetoの知る久遠は絶対にしなかった。
むしろ、俺が意思疎通に課題を感じていた時に、まずちゃんと相手の言葉を聞くようにってアドバイスをくれたのは久遠だった。あんな冷たい声で、途中で断られたことなんて一度もなかったのに。Setoも面食らったようで二の句が継げないでいると、久遠はとうとう標的を変えた。
「楠さん、H4Y4T0とSetoに聞いてもしょうがないからあなたに聞くね。すごく強くなったのは認めるよ。その努力も。ポテンシャルも。でもさ、楠さんはどう思う? 僕とあなたのどっちと組んだ方がこのチームは強いかなぁ?」
「っ!…」
「楠さんならさっきのファイトで分かったよね? Setoには負け越しちゃったけど、僕と君のあいだにもちゃんとした実力差があるって。フィジカルだけじゃない。連携だって、僕と君じゃあ2人と組んできた期間が違う。2か月ちょっとのブランクなんて、すぐに埋められる。答えなんて、わざわざ聞かなくても分かるよね」
「……」
「僕も口に出して言えってほど酷なことはしないよ? だって、その沈黙が十分に答えだもん。だからさ、悪いんだけどその場所、僕に返して? お願いだよ」
押し黙るひよりに、久遠は言葉を浴びせかける。さっきSetoに正気に戻してもらったのに、結局ひよりを矢面に立たせてしまった。俺が自分の情けなさに歯噛みしながら、今からでも久遠を止めようと口を開きかけたその時。
「分かった」
ひよりの短い呟きのような答えに、また俺の言葉は引っ込んでしまう。何を…ひよりまで一体何を言ってるんだよ!
「たしかに、さっきのファイトであたしよりフィジカル強いっていうのは悔しいけど分からされたし、組んでた期間もあたしより長いんだもんね。あたしより、久遠さんが組んだ方がチームの総合力は高くなると思う」
「……」
ひよりの回答が予想外だったのは、俺とSetoだけじゃなかったらしい。問いかけを振ったはずの久遠まで黙ってしまっていた。
「久遠さんの言うとおり、あたしが席を譲るのがいいと思う。リザーブとして頑張るから2人のこと、よろしくね」
「う、うん…ありがとう」
「ひより、何言ってんだ! そんなことしなくていい! 間違ってるのは久遠だ。ひよりが譲る必要なんてない」
「そうだ。何物分かりよくこんなバカげた提案飲んでんだ」
こんな結末でいいはずがない。俺とSetoが纏まりかけた話にようやく割って入る。事情があったにせよ、チームを抜ける選択をしたのは久遠だ。それなのに、ひよりを押しのけて元の体制に戻るなんて、そんなことがあっていいわけないだろうが!
言葉を継いでひよりに翻意させないとと考えていると、
「なぁ~んて、あたしが言うと思った? ふふっ、そんなわけないじゃんバァ~カ!」
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