第2章16 怪演

「また、僕と組んでくれない? 一緒に出ようよ。世界大会」


 久遠は別に大声を出したわけじゃない。でも、その言葉は訓練場の端まで響き渡ったような気がした。さっきまで大騒ぎしていた2人もぴたりと動きを止めていて、まるでこの場が凍り付いたみたいだ。


「な、何言ってんだよ」

「ん? 久しぶりに会ったらやっぱりH4Y4T0達とやりたいなと思って」


 なんとか絞り出すように発した俺の問いかけに、さも当然かのように返答する久遠。まるで当惑する俺がおかしいみたいな反応だ。


「だから、何言ってんだよ! KERBEROSはどうしたんだ!」

「う~ん、加入したはいいけどなかなか調子上がらなくて。必死にメンバーで練習してようやく連携が形になってきたと思ってたんだけどね。ついこの間、FAになってた有名選手と契約するからリザーブに回れだってさ。ひどいと思わない?」

「……」

「それでどういうことって食い下がったら、嫌なら出てっていいってさ。僕、お払い箱になっちゃった」


 あっけらかんととんでもない事実を打ち明ける久遠。リザーブ? 契約解除? 意味が分からない。


「他にFA選手を探してるチームを紹介するって言われたけど、こんなことするチームからの紹介なんてご免だしね。ちゃんと報告さえすれば自分でも探していいって言われたから、H4Y4T0達に会いに行こうと思って」

「それで、俺に連絡してきたのか」

「そう。さすがに配信中にお邪魔するのは気が引けるし、配信閉じてからすぐ送ったの。それならH4Y4T0も気付くと思って」


 確かに、今思えばタイミングが良かった。というか良すぎた。俺が一息ついたところを見計らってチャットが来たといわれれば合点がいく。久遠の思慮深さならむしろそっちの方が自然だ。


「H4Y4T0、さっき僕がいて助かったって言ってたよね?」

「……」

「Setoも、ファイトして僕が強くなってるの分かったよね?」

「……」

「ならいいじゃん。前より強くなった3人で、プロリーグに挑もうよ! 僕らなら、またあの大会みたいに勝てるよ」


 目の前にいるのは本当に久遠なのか? 久遠と声のよく似た別人なんじゃないか。そんなあり得ないことを考えてしまうくらい、俺の記憶の中にいる久遠と今明るく話し続ける久遠はあまりにかけ離れていた。俺はぐちゃぐちゃの頭をなんとか奮い起こして提案に答える。


「久遠、そんなことをいきなり言われても無理だ。俺たちはひよりとプロリーグに挑むことにしたから」

「それはもちろん知ってるよ? こないだのRagnarok Cupもアーカイブ見たし。すごく熱い展開だったね。僕も手に汗握ったよ」

「なら」

「でもさ、?」

「……は?」


 意味が分からなかった。それが何って何だよ。俺たちが組んだことを知ったうえで、どうして…どうしてそんなことが言えるんだ。


「H4Y4T0はさ、勝ちたくないの?」

「……どういう意味だよ」

「どういう意味って、そのまんまだよ。どうしてそれだけ優れたIGLとしての能力があるのに、わざわざ負けるような選択をするのさ」

「お前…」

「たしかに楠さんは強い。1ヶ月前までダイヤだったなんて悪い冗談だね。2人が楠さんのことを買ってるのはファイトしてみてよく分かった。すごいポテンシャルだよね。1ヶ月でここまで強くなったんなら、プロリーグ開幕までにはもっとすごくなってると思う。でもさ、?」


 いよいよ俺は何も言葉を発することができなかった。誰だこいつは。久遠はこんなことを言う奴じゃなかった。冷静で、常に周りのことをよく見て、チームの和を大事にして、雰囲気を作ってくれるのが久遠だ。その久遠が、どうしてこんな言葉を吐けるんだよ!


「僕なら強くなったSetoと前よりもっと上手く合わせられるし、H4Y4T0のオーダーを実現できる。の方が、チームとしての総合力が高くなるっていうのはH4Y4T0ならすぐに分かるんじゃないかなぁ」

「やめろ」


 やめてくれ。それ以上、口を開かないでくれ。


「どうして? あぁ、そういえば楠さんの事務所にスポンサーに付いてもらったんだっけ。でも大丈夫じゃない? 楠さんがリザーブに回れば…」

「久遠!! てめぇ、それ以上言うなよ」

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