第2章18・19裏

「…どういうことかな」

「何が?」

「さっきのは全部嘘だったって言いたいの?」

「うん、そうだよ。ちゃんと答えようか? 絶対に嫌!」


 知らず知らず、僕の声は強張ったものになっていた。当然の答えを返されただけなのになんでかな。あぁ、期待しちゃったからだ。でも、僕が言えた立場じゃないけど、君もなかなかひどいことするね楠さん。どうせ喧嘩別れになるんだし、理由くらい聞かせてもらおうかな。


「ふぅん…随分物分かりがいい人だって感心したけど、すっかり騙されちゃったってわけか」

「当たり前でしょ。いきなり席譲れって言われて、すんなりどうぞなんて言うわけないじゃない」

「じゃあ何? 君は僕より2人と組むのにふさわしいって言いたいの?」

「そう」

「へぇ…。随分自信満々だね。フィジカルでも、連携でも僕より劣ってる君が、どうしてそう思えるの?」

「そっくりお返しするね。わざわざ聞かなくても分かるでしょう?」

「どういうことだろうね。分からないから教えてよ」

「そう、じゃあ教えてあげる。さっきあたしがあなたの提案を呑んだフリをしたときの2人の反応が全てよ」

「……」

「あの時、H4Y4T0とSetoは必死になってあたしを止めようとしてくれた。それが答えじゃない?」


 そうだね、君の言う通りだ。さっきの2人の反応が十分に答えだよね。でもさ、君から突きつけられるのは、何だか嫌だな。


「なるほどね…。でも、僕が聞いたのは2人がどう思うかじゃない。君がどう思うかだよ」

「そんなの分かりきってるでしょ。あなたと組んだ方が強いわよ」

「っ、なら!」

「馬鹿じゃないの? 強い人と組んだ方がいいなら、別にあなたとじゃなくってもいいじゃない。そもそも、あたしと比べて優れてるから何? 1ヶ月前までダイヤだったあたしより強いから2人にふさわしいなんてよく言えるね」

「ぐっ…でも、少なくとも僕の方が結果が出ると思うなら」

「何度も言わせないで。絶対に嫌」


 はっきり言うなぁ。何でだろう。H4Y4T0とSetoから突きつけてほしかったことのはずなのに、君から言われると無性にイライラしちゃうのは。


「随分強情な人なんだね。君と組んだせいで2人が勝てなくてもいいって言うんだ」

「嫌に決まってるでしょ。だから必死に練習し…」

「それで勝てるほど甘くないんだよ!」


 イライラする。上だけ見てるその感じが。足りないって分かってるのに強くいられるその自信が。2人の隣にいられることが。僕が無くしたものを全部持ってる君が。


「KERBEROSにいて学んだことを教えてあげるよ。この世界、結果が全てなんだ。どれだけ頑張ろうが、結果を出せなければ容赦なく切り捨てられる。過去の実績があれば多少の猶予はあるかもしれないけどね。少なくとも、18歳以下の大会で勝ったってことは話題性には使えても大した実績としては見てもらえなかった。まぁ、あの大会で大活躍したのは僕じゃない。H4Y4T0かSetoなら、話は違ったのかもしれないね」

「……」

「KERBEROSでは上手くできなかった。でも、2人とならやれる。だから…どいてよ」

「嫌だ」

「分からず屋だなぁ!」

「今のを聞いて絶対嫌だったのが死んでも嫌に昇格したわ。今のあなたに、2人と組む資格なんてない」

「…ほんとイライラさせてくれるね君。僕より弱いくせに、よくそんなことを堂々と言えるね」

「うん。確信できるもん。H4Y4T0とSetoが、今のあなたと勝ちたいなんて思うわけない」

「……」

「Sleeping Leoの頃、きっとH4Y4T0とSetoは、あなたと勝ちたいって言ってたはずよ」

「っ!…」


 僕の見苦しい八つ当たりに、この子はどこまでも的確に僕の心を抉ってきた。胸がズキズキと疼くように痛む。あの頃、お互いに何度もそう言って励まし合ってきた。みんなで勝とう。俺たちで、僕たちで勝とうって。


「どんな事情があったのかは知らない。けど、あなたがチームを離れたあとも、2人はどこにも所属せずに最後の1人を探し続けた。それは、ただ勝つんじゃなくて、誰と勝つかに拘ったからよ」

「……」

「そんな2人があたしを選んでくれた。Ragnarok Cupの後、2人があたしと勝ちたいって誘ってくれた時、嬉しくて涙が止まらなかった。だからあの時誓ったの。これから先、どれだけ辛いことがあっても、あたしから離れるような真似だけはしないって。だからこの場所は、この場所だけは、絶対誰にも譲らないから!」


 楠さんの力強い宣言で、はっきり理解してしまった。TBの実力では勝っていても、僕はこの子には勝てないと。こんなつもりじゃなかったのになぁ。もっと傷ついて、それを見たH4Y4T0とSetoが僕を拒絶してくれるとばかり思ってったのに。なんで君そんなに強いんだよ。君が一番強いじゃないか。


「君に質問したのが間違いだった。あんな期待させるような嘘までついてさ。とんだ大嘘つきだ」

「嘘つきはあなたの方でしょ」


 そういわれた瞬間、僕の心が総毛立つのを感じた。なんでそんな言葉が出てくるのさ。H4Y4T0とSetoは上手く騙せたのに、どうして君が! 


「変なことを言うね。僕が嘘つき? 僕がいつ嘘をついたっていうのさ。最初から最後まで、みんなに掛けた言葉は全部僕の本心さ」

「それも嘘」

「嘘じゃない! 分かったような口きかないでよ! 今日初めて話した君に、一体僕の何が分かるって言うのさ!」

「そうだね。あたしはあなたのことを何も知らない。知ってるのは2人の元チームメイトってことだけ」

「ほら! そうでしょ? 何も知らないくせに、適当なこと言わないで。これ以上、イライラさせないで」


 何も知らないくせに、どうしてそんな確信した様子でいるのさ。こんなの、考えてたのと全然違う。こんなはずじゃなかったのに。君のせいで台無しじゃなんか!


「あなたがイライラしてるのは怖いからでしょ」

「だから! 知った風な口きかないでって」

「あたしはあなたのことは全然知らない。でも、今日のあなたがあたし達にぶつけた言葉が本心じゃないってことははっきり分かる。だって…」

「やめて!! …やめてよ」


 お願い。お願いだから、それ以上は言わないでよ。傷つけて、嫌われて2人との思い出をぶち壊して終わるつもりだったのに、知られたらそれが出来なくなっちゃう。


「分かった…僕が悪かったよ。せっかく新しいチームを組んだのに、邪魔してごめん。3人でプロリーグ頑張ってね。じゃあ、僕は落ちるよ」

「久遠」

「おい、待てよ」


 これ以上ここにいたらいけない。気づかれるわけにはいかない。


「逃げないで」

「……」

「今逃げたら、あなたは絶対に後悔する。だから、ちゃんとここにいて」

「……」


 うるさい。僕の思惑を粉々にしてくれたくせに、偉そうなこと言わないで。無視して通話から抜ければいい。それで3人をブロックして、それで終わろう。マウスを通話の終了ボタンに合わせる。どうして…左クリック1つで逃げられるのに…楠さんの後悔するって言葉が頭のなかでガンガン反響して指が固まったように動かない。


 後悔なんてここ最近ずっとしてきた。今だってしてる。何に対しての後悔さ。2人の誘いを断ったこと? KERBEROSを選んだこと? こんなことして2人を傷つけたこと? 楠さんを巻き込んだこと? 


「ねぇ、H4Y4T0」

「うん」

「久遠さんは嘘をついてる。きっと、何かを隠してるんだと思う。けど、あたしにはそれが何なのか分からない。あたしはこの人のことを何にも知らないから」


 僕に話しかけるとばかり思ってたのに、楠さんはH4Y4T0に語り掛けた。


「でもね、唯一分かることがある。それは、H4Y4T0とSetoが信じて選んだ人が、こんなことを本心でするわけないってこと」


 あぁ、そういうこと。君はH4Y4T0とSetoを通して僕を見てたんだね。2人のこと、どれだけ信頼してるのさ。こんなの、初めから騙せっこない。


「ひより」

「ん?」

「本当にありがとう。やっと…やっと分かった」

「そっか。じゃあ、あとは任せていい?」

「うん。ごめんな? 辛い役回りさせちゃって」

「気にしないで」


 しばらく黙ってたH4Y4T0との声はとても穏やかだった。さっきまで僕の言葉に呆然としてた様子は微塵も感じられない。そっか、結局バレちゃったんだね。


「お前は、俺たちとの関係を断ち切りに来たんだな」


 大正解。あぁ、こんなはずじゃなかったのに。ここから先は完全にノープランだ。どうしよう、どうしたら僕は君たちのことを諦められるの?

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