第2章30 帰路
茜さんの提案によって、久遠はひとまずRising Leoに籍だけ置くことになった。スポンサー契約などには特に追加はしない。
事務所に戻ってから委任状を提出することにして、現段階で出来る話は終わりだ。コーチングについては今日茜さんから話を通しておいてくれるらしい。
プロリーグ予選に参加したいって言ってたのはひよりの新衣装配信に来てくれてた柊さん、白樺さん、朝顔さんの3人だ。あの配信のあと、3人から意向を聞いて、ちょくちょく時間を取ってコーチングをやってきた。
3人とも、どっかの誰かさんに触発されてとにかくやる気がすごい。最近は案件とか以外はひたすらTBに打ち込んでいる。
俺やSetoがひよりの頑張りに刺激を受けたように、久遠にも何かしらの心境の変化があるかもしれない。俺が久遠に提案を受けるよう勧めたのはそれが理由だ。
懸案事項もすべて片付き、昼食も終盤。エビマヨやスープ、北京ダックに炒飯などがどんどんとテーブルに置かれ、結構お腹一杯だ。
「H4Y4T0、炒飯食べたいから回していい?」
「ん? あぁ」
さっきから久遠の手が止まってない気がする。というか止まってない。話が終わってひと段落ついてから、ノンストップだ。口に運んでは
「美味しい~」
と幸せそうな顔で平らげている。そういや忘れてた。久遠はめちゃくちゃよく食べるんだった。初めて一緒に3人でご飯を食べたときは隠してたみたいだけど、焼き肉の食べ放題に行ったときついに明らかになったんだっけ。一人で俺とSetoより食べてたからな。
俺たちは知ってたけどひよりはびっくりした表情を浮かべている。
「久遠、普段からこんなに食べれるの?」
「いや~お恥ずかしい。僕太りにくい体質みたいでさ、食べ放題とか大人数でご飯に行って余ってるの見るとつい食べちゃうんだよねぇ」
「で、でも…そんなに細いのに!」
「な、ほんと不思議だよ」
「どこに消えてんだろうな」
「み、見ないでくれるかな。さすがに食べてるときはぽっこりしちゃうんだから」
恥ずかしそうに机に体を近づける久遠。おい、言いながら小籠包一口でいったぞ。
「ケーキとか食べても?」
「……(こくこく)」
「ずるい! あたしすっごい我慢してるのに!」
「……(こくこく)…(ぱくっ)」
「2個目いってんじゃないわよ!」
女子だからこそ許せないことがあるんだろうな。ひよりも全然細いと思うけど、ケーキ食べても太らないってのはチート扱いなのかもしれない。
最後にデザートの杏仁豆腐が出され、幸せそうなに食べる久遠と色彩の消えた瞳で口に運ぶひよりのコントラストがえぐかった。このあとひよりはジムに行くらしい。
テーブルの上がきれいさっぱりなくなり、茜さんにお礼を言って俺たちは再び事務所に戻る。用意されていた委任状に久遠がサインして、白樺さん達から返事があればすぐに伝えるということになって解散となった。
「茜さん、今日は本当にありがとうございました」
「ありがとうございました。本当に、なんてお礼を言ったらいいのか」
「お気になさらず。お安い御用ですから。久遠さん、またいつでも遊びにいらしてくださいね。歓迎しますから」
「はい、ぜひまたお邪魔させてください」
「うふふ、それではまた。皆さん、気をつけてお帰りくださいね」
玄関で見送ってくれた茜さんにお辞儀をして事務所を後にする。ひよりはマネージャーさんと打ち合わせがあると残った。俺たちは最寄りの駅の方向へ歩き出す。
「茜さんには今度なにかお礼の品とか持ってかないとだな」
「だな。なんか考えよーぜ」
「ぼ、僕が買うからね? さすがに2人に出させるのは申し訳ないし」
「またそんなこと言って。気にすんなって。久遠だけの問題じゃないんだ」
「抱え込みすぎなんだよお前。ちょっとずつでいいから頼ること覚えろっての」
「うん…そうだね」
「またあんな真似されちゃたまったもんじゃないし」
「そ、それはごめんって! 許してよぉ」
眉をハの字にする久遠に俺もSetoも思わず笑ってしまう。
「ははは、久遠のこーいう顔見るのなんか新鮮だな」
「それな。定期的に弄るいいネタが出来たんじゃね?」
「やめてよ! 女の子を虐めるなんて最低だよ」
「ちょっと黙っててくれないかな」
「っはははは! Setoお前…死ぬ…w」
「~~~!!」
逃げるSetoを顔を真っ赤にして追いかける久遠。今まで自分の気持ちに蓋をしてきた分、これからはもっと俺たちも頼れるようにならなきゃな。そんなことを考えながら先を行く2人を追いかけた。
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